第30章 宴のあとで
料理の皿が来るたびに、卓の上が狭くなった。
グランジュの人々は、家から持ってきた器を置き、空いた器を持ち帰って、また別の物を運んできた。酒を少しだけ注ぐ者も、収穫物を籠ごと寄せる者もいる。村長は、そのたびに無理はするなと声をかけていた。
「依頼のほかに、何か出せるほどではないが」
「食べさせてもらえるだけで、ありがたいです」
ユーゴが答えると、村長はようやく椅子へ腰を下ろした。
腕を曲げると布が引いた。それでも匙を口へ運べる。温かいものが喉を通ったとき、洞窟の中で水を飲んだだけだったことを思い出した。
向かいでは、鎌を取り戻した農夫が、明日は刃を研ぐと言っていた。
「森の縁まで行けるか、兵に聞いてからだがね。まずは、残した草からだ」
「うちのも運ぶとき、声をかけて」
隣の女が言った。二人が、刈る順と人を呼ぶ時刻を相談し始める。もう怖くない、と誰も大声では言わなかった。代わりに、明日する仕事が一つずつ卓へ出てきた。
*
ブリジットの周りでは、斧の話が続いていた。
家族や村の人に囲まれ、彼女は食べかけの皿を持ったまま、巨大な敵の武器の高さを手で示している。
「そんなのを受けたのか」
「受けた。けど、一人だったら潰されてたよ」
ブリジットが隣のノエを指した。
「こっちが、足を支えてくれた。途中で弱くなったら、本当に踏ん張れなくなったんだ。腕っぷしだけの話じゃない」
ノエは杯を置いた。
「でも、魔力を使いすぎて。ロゼットが戻してくれなければ、最後まで――」
「戻してもらった後、あんたがやったんだろ」
ブリジットの声は強かったが、笑ってはいなかった。
「ユーゴとあたしに、同じものをかけたわけじゃない。あたしが受けて、あいつが動けるようにした。あれが違ってたら、斧を上げる前に終わってたよ」
ユーゴは頷いた。脚が遅れた瞬間も、もう一度足が届いた瞬間も覚えている。
「俺も助かった。傷を隠して進ませなかったことも」
ノエは返そうとした言葉を飲み込んだ。向かいの老人が杯を持ち上げる。
「この子を連れて帰ってくれて、ありがとう」
ブリジットが、この子って歳でもないよ、と言った。周りで笑いが起きる。その間もノエは老人を見ていた。
「……はい。帰ってこられて、よかったです」
差し出された皿を、今度は遠慮せず受け取った。自分の前へ置くと、ようやく一口を食べる。
「熱いよ。急がなくても、まだあるから」
皿を運んだ女に言われ、ノエは口を閉じたまま頷いた。少し待ってから、次の一口を取る。その肩が下がったのを見て、ブリジットも自分の皿へ手を戻した。
ユーゴも、冷めかけた料理を食べ直した。
*
少し後、ロゼットが隣へ戻ってきた。
預けた荷の確認をしてきたらしい。ユーゴが空いた椅子を引くと、彼女は礼を言って腰を下ろした。
「さっき、追加報酬はないって話をしてたけど」
「村のご馳走のこと? これは別よ。ギルドで追加が認められるかも、まだ分からない」
ロゼットは皿を受け取り、湯気へ顔を近づけた。
「確かな分で計算すれば赤字。毛皮も今はお金じゃない。でも、あのまま筒へしまって帰れたとは思わないわ」
ユーゴは、帰れなかった、と答えかけた。彼女の目が卓の向こうへ向いているので、同じ方を見る。
農夫が籠を持つ女へ、明日の草を広げる場所を教えていた。ロゼットはそれをしばらく聞いてから、匙を持った。
「明朝、乾燥の具合をもう一度見る。安心して刈りに行けるようになれば、運ぶ量も変わるでしょう」
「俺も行く」
「重い束は持たなくていい。今日は、その腕を休めて」
ユーゴは頷いた。彼女も食べ始めたので、次の話は飲み込んだ。ユーゴも皿を寄せ、彼女と一緒に残りを食べた。
卓の向こうで、ブリジットがノエへ身を向けた。
「明日、ギルドへ戻るんだろ」
「はい。報告をして、次の依頼を探そうと思います」
「だったら、次も組まない?」
ノエの匙が止まった。
「僕と、ですか」
「ほかに誰に言ってるのさ。あたしは前で振る方がいい。あんたは、どこまで振っていいか見てくれる。今回一緒にやって、それが分かった」
ノエは自分の手を見た。今日、何度も上げていた手だ。
「まだ慣れていません。今日みたいに、早く使いすぎることもあると思います」
「知ってる。黙って倒れたわけじゃなかった。最後、続けられないって言ったろ」
ブリジットは皿を卓へ置いた。
「あたしは、あれを言ってもらえた方がいい。急に足が止まってからじゃ、振った斧は戻せないからさ」
「僕も、もっと早く言えるようにしたいです。効いている間は大丈夫だと思って、言うのを遅らせました」
「じゃあ、次は少しうまくやろう。あたしも、前へ出すぎる」
ブリジットが答えたあと、ノエは顔を上げた。
「止まってほしいときは、言います。報酬だけでなく、何人で行く仕事かも一緒に確かめたいです」
「いいよ。あたしが引き受ける前に、相談する」
「それなら……お願いします。僕も、一緒に続けたいです」
言ってから、ノエは少し身を乗り出した。
「今日みたいに、誰かが帰れるようにする仕事を、またしたいです」
「うん。あたしも、帰ってからこうして食べたいよ」
ブリジットは空いた杯を脇へ寄せ、ノエの皿を置く場所を広げた。笑うと、さっき村人へ斧の話をしていたときより、肩から力が抜けて見えた。
「決まり。まずは明日、二人で報告だね」
ユーゴはロゼットを見た。彼女も二人を見ていて、それからこちらへ頷いた。
*
翌朝、村長の卓には、昨日の地図と別の紙が並んでいた。
集落と洞窟の攻略、魔法を使う個体と巨大な首領の討伐、回収品の返還。村長が読み、領兵二人が四人から聞いた報告と持ち帰った品を照合する。参加者の欄には四人の名がある。
ユーゴは指で順に追い、自分の名だけでないことを確かめた。
「この大きい個体は、村の方で見かけたものと同じか」
領兵が尋ねた。ユーゴは紙の集落と洞窟をそれぞれ指した。
「外で倒したのも大きかったです。でも、奥のはそれより大きい。村で聞いた数に入っていたのかは、分かりません」
「では、分けておく。見ていないものまで、同じだと書かない方がいい」
領兵が村長へ紙を戻す。ユーゴは頷いた。初めに聞いた話だけでは足りなかったことも、次に読む人へ残しておきたかった。
「ギルドへは、あたしたちが持って戻る」
ブリジットが言った。ノエは討伐を確認する品と記録をまとめ、紙を汚さないように離して置いた。
「俺が受けた依頼だから、報告と精算を二人に任せる。よろしく頼む」
ユーゴは委任の記録へ名を書いた。村長と領兵の署名が入った確認書を渡すと、ブリジットが途中で折れないよう包んだ。
ロゼットは仮精算の証書を一枚ずつ確かめた。ギルドが発行した証書で、ユーゴとロゼットの取り分は依頼書の基本報酬を基準にしてある。
「こちらの二人分は、受け取ったと記録するわ。追加が認められた場合は、別で知らせて」
「分かりました。正式な確認の後で、ギルドを通して」
ノエの答えに、ロゼットは頷いた。ユーゴも自分の分を受け取り、濡れないようしまった。
硬貨を数えて受け取ったわけではない。昨日使った商品の穴が、これで消えることもなかった。
「ほかに、俺たちがすることは?」
「帰り道を引き返さなくていいように、忘れ物を見ておくことだね」
ブリジットが包みを持ち上げた。
「こっちは、あたしたちで届けるから」
「奥の広間のことを聞かれたら、俺が隣にいたときの話も、頼む」
「あたしも、あそこで受けてたんだ。分かるところは話せるよ。分からないところまで、あんたの代わりに決めたりしない」
ユーゴは包みへ手を出しかけて引いた。
「頼んだ」
ブリジットが頷き、確認書を自分の荷へ収めた。ユーゴはそれを見届けてから、席を立った。
*
干し草のところへ行くと、農夫は村側の作業場所を空け、昨日より薄く束を並べていた。
「薄くしたら、夜までにこっちは乾いた。こっちは、まだ少し」
ロゼットは両方へ手を入れ、茎を折り曲げた。表面だけを触って終わらず、内側の葉を指でほぐす。ユーゴも差し出された一掴みを受け取った。外は同じように見えるが、握ると冷たさが違った。
「今朝の量は、いつもと同じくらい?」
「今日はそうした。昨日の湿った分を一緒に入れるのは、待ってる」
「それでいいわ。先に混ぜると、どちらに合わせればいいか分からなくなるから」
ロゼットは、領都へ戻る前に調整した乾燥用スクロールの状態を確かめた。新しいものと交換せず、留めてある場所と術式を順に見る。近くの空気を確かめ、今の草の量をもう一度農夫へ尋ねた。
「今の厚さなら、前の強さでは外側が先に乾きすぎるわ。弱めて、内側を確かめながら進めましょう」
「弱くするのか。溜めた分を急いで片づけたくて、強めるものかと思ってた」
農夫が草を見下ろした。ロゼットはその束を開き、まだ冷たい内側を見せた。
「外だけ乾くと、できたと思ってしまうでしょう。この厚さで中まで進むようにするの。残りも一度に重ねず、分けて入れて」
農夫が頷くと、ロゼットは乾燥の働きを弱めるように術式を調整した。同じ厚さの草で動かし、三人で待った。
ユーゴはすぐ束へ手を伸ばしかけたが、ロゼットに目で止められた。昨日の剣の速さは、ここでは役に立たなかった。
待つ間に、農夫が次に刈る場所を話した。森に近い所は兵と確かめ、その後で皆に声をかけるという。
ロゼットが頷き、試した草の内側を開いた。さっきより冷たい湿りが薄くなっている。外側が先に乾きすぎていないかも確かめ、農夫へ渡した。
「触ってみて。いまの量なら、このくらいの進み方。湿った残りは、別にして同じ厚さで試して。雨や刈る量が変わったら、今日と同じと思わないでね」
農夫は二つを触り比べた。
「これなら、奥が湿ったまま運ばなくて済みそうだ」
「乾いたかどうかは、最後に中まで確かめて。道具の方を見ておいたからって、草を見なくていいわけじゃないの」
農夫が笑った。
「分かった。次に来たとき、また見てもらうよ」
ロゼットは使った道具をしまい、記録を閉じた。ユーゴへ向けた顔が、少し明るかった。
「終わった。待たせたわね」
「俺も見たかったから」
ユーゴは手についた草を払った。
*
村の出入口で、ブリジットとノエが待っていた。
ロゼットは預けていた商品を荷へ戻し、紐を引いて確かめる。ユーゴも長剣と鉈を、それぞれの場所へ収めた。昨日は二つとも必要だった。
「次は、どっちへ?」
ブリジットに聞かれ、ロゼットが森側の道を示した。
「ベルフォン。共同醸造所の、槽の温度を調整する道具を見てくる。そこからロレへ回る予定よ。行商をしながら、領内の不具合も調べる」
「葡萄を作ってるところだね。そっちは、飲みすぎないように」
「仕事をしに行くの。売り物を減らしたばかりなんだから」
ロゼットが荷紐をもう一度引く。ブリジットは笑い、自分の包みを抱え直した。
「領都へは戻らないんだね。じゃあ、報告のついでに追いつく、とはいかないか」
「また依頼で会うかもしれないだろ」
ユーゴが言うと、ブリジットは笑った。
「あたしたちが受けるのは、面倒な割に安い仕事になりそうだけど」
「それ、受ける前に相談するんでしたよね」
ノエに言われ、彼女は素直に、そうだった、と答えた。
ロゼットが笑い、最後にノエへ手を上げる。ノエはユーゴの腕を一度見てから、同じように手を上げた。
「痛みが強くなったら、休んでください。次に会ったとき、悪くしたと言われたくないので」
「分かった。そっちも、無理しないで」
ブリジットが斧の位置を直した。ノエが確認書の包みを確かめる。二人は領都へ向かう道へ出た。
ユーゴは少しだけ見送った。
後ろでは、村人が草を運ぶ場所を相談している。あの仕事をここへ残していける。自分たちがずっと立っていなくても、続いていく仕事だった。
「行こうか」
ロゼットが声をかけた。
ユーゴは頷き、彼女の隣へ戻った。ベルフォンへ向かう前に、もう少し腕を休める。村長が使っていいと言ってくれた寝床へ戻りながら、二人は出発までに確かめておく荷の話をした。
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