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第3章 もう一皿

昼を過ぎた広場で、ユーゴはようやく腰を下ろした。


 腰掛けにした木箱は少し低い。膝が上がり、その上に器を置くと、鍋からよそったばかりの湯気が鼻先へ届いた。


 最初の一口は熱すぎた。


「食べる前に分かるでしょう、それ」


 隣に座ったロゼットが笑った。彼女も器を両手で持ったまま、まだ口はつけていない。


「朝から匂いだけだったから。桶を運ぶたびに、もう煮えたかなって鍋を見てたんだ」


「私は畑から戻ったら、もう始まってた。店を閉めようとすると最後の一人が来るのよ。最後の一人が、なかなか最後にならなくて」


 広場の真ん中では、笛の音に太鼓が重なっていた。調子が合ったところで誰かが手を叩き、その隣も同じように叩き始める。屋根の間に渡した紐の飾りが、秋の風に裏返った。


 ユーゴは今度は息を吹きかけてから、柔らかく煮えた根菜を噛んだ。肉の汁が染みている。朝、酒樽を運んだ腕にまだだるさがあったが、器を持つくらいなら気持ちよかった。


「それ、私にも頂戴」


 ロゼットが、木箱の上のパンを指した。


 半分に割って渡すと、彼女は器に浸し、こぼさないよう身をかがめて食べた。髪の脇の花飾りが揺れた。


「おいしい」


 口に入っているので、それだけだった。


 通りかかった村人が、ロゼットの皿に焼いた肉を一切れ載せた。


「いつも店を開いてばかりだからな。今日は食べていけ」


「まだ食べる場所ある?」とユーゴが聞いた。


「食べる場所はあるわよ。相談を始めなければね。気になったところを聞いてると、皿を置いたまま道具を取りに戻っちゃうから」


「じゃ、灯りの具合はまた今度な」


 村人は笑って、酒のほうへ行った。ロゼットも笑いながら、その肉をパンの端で押さえた。


 向かいでは子供が大きな器を持て余していた。縁まで入れた飲み物が歩くたびにこぼれる。ユーゴが片手を添えてやると、子供は両腕を伸ばしたまま、家族のところへ一緒に歩いた。


 戻ると、座っていた木箱が一つ増えていた。リネットが持ってきたらしい。片方の膝を擦りながら腰を下ろす。


「私の分、残ってる? 屋台の片づけをちょっと頼まれただけなのに、戻るたび別の皿を渡されるの。手が二本じゃ追いつかない」


「パンなら」


「肉も食べたい。働いた人から順に食べていいなら、私、もう座ってていいはずだよね」


 ユーゴとロゼットが同時に広場の奥を指した。


「取りに行ってくる」


 腰を下ろしたばかりのリネットが、すぐに立ち上がった。ロゼットが自分の皿の一切れを持ち上げかけたが、もう人の間へ消えていた。


「早いね」


「あれは待てない」


 ユーゴが答えると、ロゼットは持ち上げた肉を自分の口へ運んだ。


     *


 皿を返したあとも、座りっぱなしにはなれなかった。


 酒の台の下で、朝噛ませた薪がずれていた。ユーゴが持ち上げ、ロゼットが新しい木片を探す。片膝をついた彼女が何か言ったが、太鼓の音に消された。


「何?」


「もう少し、上!」


 台を持ち上げる。彼女が木片を差し込み、手を引いた。


「いいよ!」


 置いてみると、揺れなくなった。ロゼットは立ち上がり、膝の土を払った。ユーゴも手を払ったが、酒で湿った台に触れたせいで指がべたついている。


 洗い場の水を順に使い、戻る途中で楽器の周りに引き込まれた。


 知らない節だった。ユーゴが隣の人に合わせて手を叩くと、途中で間が一つ空いた。一人だけ早く叩いた音が広場に響く。


 ロゼットが吹き出した。


「笑うなら教えてよ」


「私も知らないわよ。でも、一回間違えれば、次は分かるでしょう。今のところ、もう一回来るはずだから」


 次の節で、今度は二人とも間違えた。


 笛を吹いていた男が笑って、わざとそこだけ長く伸ばした。周りから手が鳴る。ユーゴは合うまで隣の肩の動きを見た。三度目には、ロゼットと同時に叩けた。


 手のひらが温かくなったころ、焼いた肉を何本も載せた皿が目の前に出てきた。


「働いた分は食べたか」


 マルタンだった。片袖をまくったまま、空いた木箱へ腰をかける。


「一皿は」


「じゃあもう一皿だな」


 隣からアンヌが、彼の皿をのぞき込んだ。


「それ、自分がもう一皿食べたいだけでしょう」


「俺も働いた」


「知ってるわよ。だから座って食べてていいの。皿を持ったまま次の仕事を探しに行かないでちょうだい」


 彼女はあっさり言って、一切れ取った。リネットが戻ってきて、その反対側に座る。今度の皿には、欲しかった肉も載っていた。


 マルタンは娘を見てから、ユーゴへ皿を回した。


「今年は本当に助かった。収穫の荷もだが、あの雨のあとにな、溝をさらってくれただろう。俺一人だったら、片方を掘ってるうちに日が暮れてたよ。お前が向こうから掘り進んでくるのを見て、今日は終わるぞと思った」


「泥が重かったですね。運ぶたびに底へくっつくから、最後は泥を持ってるのか、泥に引っ張られてるのか分からなくなって」


「お前、最後は靴を片方置いてきただろう」


「抜けたんです。置いてきたんじゃなくて」


「拾ったの、私。助かったって言うから手を出したら、脱げたほうを渡そうとしたんだよ。自分の足より先に、靴を持ってもらおうとするんだもん」


 リネットが指を上げた。


「あれは、置いたらまた沈むから。引っ張ってもらうにも、先に手を空けたかったんだ」


「まあ、靴は洗えば済む。リネットに助けられたのは、お前だけじゃないぞ」


 マルタンが娘のほうへ体を向けた。


「畑から戻ると、家の仕事が片づいてる。あれだけで、もうひと働きできるんだ。手伝ってもらうつもりでいたのに、気がついたら、こっちが頼りにしてる」


 リネットは皿を見たまま、パンの耳をちぎった。さっきまで次々と言い返していたのに、今度はすぐに言葉が出てこない。ユーゴが肉の皿を寄せると、彼女は小さくうなずいて一切れ取った。


「お母さんもやってるよ。……でも、前より任せてくれていいんだからね。何でも終わってから呼ばれると、手伝いたくても残ってないし」


「そうか。じゃあ、次は最初から数に入れさせてもらう。母さんと取り合いにならんように決めてくれ」


 言ってから、マルタンは妻へ目を向けた。


「じゃあ明日の片づけは、リネットに段取りを決めてもらおうか。どの器をどこへ返すか、一番よく知ってるもの」


 アンヌが言うと、リネットはパンの欠片を皿へ戻した。


「分かった。父さん、勝手に重ねないでね。下から抜くの、大変なんだから」


「おう。先に聞くよ」


「来年も頼めるな、二人とも。任せられるところが増えれば、その分、畑のほうにも手をかけられる。だが重い荷となると、そのうち俺が先にへばるかもしれん」


「じゃあ、父さんは靴を拾う係ね」


「まだ負けんよ。先に荷車を直しておけば、靴を拾う役まで回ってこんで済む」


 ユーゴは肉を噛みながらうなずいた。あの荷車の車輪は、たしかによく鳴る。来年まで待たず、手が空いたときに見ようと思った。


 ロゼットがユーゴの靴へ目を落とした。


「それが、拾ってもらった靴?」


「そうだけど」


「ちゃんと両方ある」


「祭りには履いてくるよ」


 マルタンまで笑ったので、ユーゴは反論をやめてパンを取った。


     *


 日が傾き始めても、広場には人が残っていた。


 大鍋の底が見え始め、アンヌは残った分を小さい鍋へ移している。リネットが皿を重ね、ユーゴはそれを水場まで運んだ。ロゼットは店をのぞきに来た客に、食べ終わるまで待ってと空の器を見せ、結局その場で一緒に笑っていた。


 戻ると、マルタンが立って北の道を見ていた。


「どうかしました?」


「ん。畑のほうが、ちょっとな」


 ユーゴも見た。家の間から、森の手前の畑が細くのぞいている。ここからでは、何が気になったのか分からなかった。


 マルタンは少し首をかしげ、それから妻に声をかけた。


「畑を見てくる」


「戻ったら、この鍋をお願い」


「ああ」


 彼は手を一度上げ、北へ向かう道へ入った。


 ユーゴは積んだ皿をアンヌの横へ下ろした。ロゼットが最後の一枚を差し出す。皿の端に少し汁が残っていたので、洗い場へ戻すほうの山に載せた。


 笛の音がまた高くなった。今度の節なら、もう間違えずに手を叩けそうだった。


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― 新着の感想 ―
料理を囲み、祭りの音楽に合わせて手を叩く賑やかな光景がとても微笑ましいですね。 マルタンが家族や若者たちの働きを認め、頼りにしている気持ちを伝える場面など、日常のなにげない助け合いと絆の深さに胸が暖…
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