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第20章 空いた一日

領都へ近づくにつれ、道の傷み方が変わった。


 草に隠れていた轍が二本、くっきりと続いている。干し草を高く積んだ荷車が来ると、ユーゴは端へ避けた。荷を押す男は礼を言う暇もないように顎を動かし、そのまま門へ向かった。


 門の向こうから、別の車輪の音がした。


 村では、一台通ればしばらく道が空く。ここでは空いたところへ、すぐ次の誰かが入ってくる。前にも歩いた通りなのに、今度は行き交う荷まで気になった。グランジュの畑で刈られた草も、こうして運ばれるのだろうか。


「立ち止まるなら、もう少し端」


 ロゼットに袖を引かれた。ユーゴの背の荷が、後ろから来た籠に当たりかけていた。


「悪い。やっぱり領都は人の数も建物の大きさもフルーリとは全然違うな」


「うん。見るものは多いからね」


 彼女も人の流れを確かめてから、通りを渡った。


     *


 同じ宿に別々の部屋を取り、まずロゼットの部屋へ荷を運んだ。荷を下ろすと、肩が妙に軽かった。ユーゴは背負い紐の当たっていたところを揉んだ。ロゼットは机の椅子を引くより先に、運んできた品を一つずつ手で確かめた。


「ここに七日ほど、いてもいい?」


「七日。何か届くのを待つのか」


「待つものもあるけど、道具とスクロールを揃えて、取引先に顔を出して、図書館でも調べたいことがある。旅を始めてから足りないと分かって、また戻ってくるのは困るでしょう」


 ロゼットは紐をほどいた荷から帳面を取り出した。グランジュで挟んだ細い紐は、そのままだった。


「分かった。俺は構わない。買ったものが増えるなら、持つよ」


「重いものを運ぶときもお願いするね。でも、本を読んでいるあいだ、後ろに立っていてもらう必要はないから」


「座ってても駄目か」


「一日、座って待つつもり?」


 想像してみた。読む本も決まっていないのに、知らない机に一日座っている。畑で雨宿りをする方が、まだ空の様子が変わる。


「……それは、ちょっと困る」


「でしょう。私も急いで切り上げなきゃって気になる。用事があるときには言うから、ユーゴはユーゴで過ごして」


 任せてもらえないのとは違う。今ここで彼女の帳面をのぞき、一軒ずつ道順を聞いたところで、役に立つ答えは出せそうになかった。


 ユーゴは自分の荷へ戻った。上に入れておいた包みを取り出す。リネットから持たされたパンは、少し角が欠けているだけだった。


「こっちは無事だ」


「潰さずに運ぶ方法は、上手になったね」


「最初から気をつけてたって」


 包みを開くと、歩いていたときには感じなかった空腹が戻ってきた。ユーゴは欠けた端を自分の方へ寄せ、もう一方をロゼットへ渡した。


 机に落ちたパン屑を手のひらへ集めていると、ロゼットが布をよこした。帳面を広げる場所を空けて、ユーゴは椅子を引いた。


     *


 翌朝、二人は宿の食堂で一緒に朝食をとった。食後、ロゼットは帳面と仕事に使う荷を持ち、ユーゴと宿の戸口へ向かった。


「先に出るね。戻るのもお互い合わないかもしれないから夕食も別々でいいよね」


「分かった。気をつけて」


 言ってから、ユーゴは少し変な気がした。護衛を引き受けて一緒に村を出たのに、宿の戸口で見送っている。


 ロゼットは通りへ出る前に左右を見た。昨夜机に広げていた荷のうち、必要なものだけを持って、人の流れへ入っていく。迷わず曲がる背中を、ユーゴは見送った。


 自分の部屋へ戻り、剣の手入れをした。


 鞘の口に入った細かい砂を払い、刃を確かめる。旅の間、剣が荷紐へ触れていた箇所も見た。狩りに使う鉈を確かめ、緩みかけていた荷の結び目を締め直す。これから歩く道で困らないよう、思いつくことを済ませた。


 まだ、午前だった。


 村なら、畑へ出れば誰かの仕事が見える。家へ戻れば薪があり、水が要る。ベルナールのところへ行けば、木剣を取るだけで稽古が始まった。昨日通った踏み込みが、今日は通るとは限らない。師は相手にするたびに間合いを変えた。


 ユーゴは椅子に座った。


 立ち上がった。


 窓から、パンを焼く匂いが入ってきた。朝は食べたばかりだ。腹が減っているのではなく、通りに何があるのか見たかった。


 剣を腰へ戻し、宿の主人に大通りへ出る道を聞いた。


「そこの角を右。戻るときは、屋根の継ぎ目にある白い板を目印にするといい。看板は車が前に止まると見えなくなるからね」


 言われて外から見上げると、古い屋根に一枚だけ明るい板があった。覚えておく。村では家の屋根を目印として見上げたことなど、ほとんどなかった。


 通りでは、仕立屋の前で布が広げられていた。窓から下ろした物差しを受け取り、店の女が上にいる男へ寸法を叫ぶ。二人の間を、焼きたてのパンを載せた盆が通り過ぎた。


 ユーゴは荷運びの邪魔にならない場所で足を止めた。誰もが、自分の行く先を知っているようだった。


 自分には、今日の用事がない。


 左右を見比べた。ロゼットが向かったのは左だ。右の道からは、何人もの掛け声が重なって聞こえてくる。


 何を運んでいるのか、見に行ってみよう。


 ユーゴは来た道を一度振り返り、白い板の位置を確かめてから、声のする方へ歩き出した。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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