第18章 手になじむ剣
次に村を出る支度は、最初のときとは違っていた。
買い付けの代金を何度も確かめる代わりに、ユーゴは荷の重さを左右で分けた。紙を濡らさない包みと、歩いている途中で取り出すものを別にする。ロゼットの帳面には、領都で揃える品が並んでいた。
「村を回り始める前に、いったん領都へ戻りたいの」
彼女は包みの数を確かめながら言った。
「調べるための道具や、参照できる資料も要る。いつもの巡回より長くなるかもしれないから、消耗品も。途中で足りなくなって、確認できないまま進むのは避けたい」
「じゃあ、まずグランジュを通って領都へ」
「うん。仕入れと準備は、私に任せてもらっていい?」
「そのほうが助かる。俺に運べる量は、一緒に見てほしいけど」
ロゼットは包みをひとつ持ち上げ、また下ろした。
「それは出る前に確かめる。あとから全部持てるって言わないでね」
「言う前に、持ってみるよ」
そう答えると、彼女は少し笑った。
村で尋ねられれば、行商の護衛と荷運びを手伝うと答える。本当の仕事でもある。領主から頼まれた調査については、二人の間だけで行き先と報告の手順を確かめた。
*
出発前に道場へ寄ると、ベルナールが剣を用意していた。
先の旅で借りた剣だった。鞘の形にも、鍔にも覚えがある。ただ、手元へ差し出されたとき、柄の巻きが違うことに気づいた。
「握ってみろ」
ユーゴは両手で受け取り、右手を柄へ回した。
掌が、いつもの場所で止まる。
木刀を持つときのように、親指と指の間へ収まった。まだ振ってもいないのに、握りを探り直さずに済んだ。
「革を、替えたんですか」
「おまえが狩ったシガゼルだ。祭りの日の。猟師から、残っていた分を譲ってもらった」
ユーゴは柄を見た。
あの朝、森で仕留めた獲物。肉は広場へ運ばれ、村の人たちが食べた。革がどこに行ったかまでは、考えていなかった。
その下に、小さな印がはめ込まれていた。
稽古で見覚えのある、流派の印だった。誰でも剣へ付けてよいものではない。
「師匠、これ」
「すべての型を修めた者へ与える印だ」
ユーゴは顔を上げた。
ベルナールは、普段と同じ距離に立っていた。朝の稽古で剣を合わせるときと、変わらない距離だった。
「この剣は、初めからおまえに授けるつもりで選んでいた。一度使わせて、手に合うか確かめたかった」
「借りたときから?」
「それだけではない。村の外で、何のために使うかも見ておきたかった」
ユーゴの指が、柄から少し離れた。
「試されていたんですか」
「最後の見極めだ。人を倒した数を聞いていたのではない。教えたことを使って、人を守り、戻ってこられたかを聞いた」
ベルナールは剣へ目を落とした。
「ロゼットの前へ回る敵を止めた。怪我人を助けた。家畜を失う村のために戦った。剣の扱いも、乱れてはいなかった」
「狼のときは、一人で行ってしまいました」
「そこは覚えておけ。型を修めたことと、すべてを正しく判断できることは違う」
ユーゴは、白い狼が横へ跳んだ瞬間を思い出した。体より先に目が引かれ、横から来た牙へ遅れたことを。
「まだ、うまく見られない相手もいます。護衛の人と並んだときも、邪魔をしそうになって」
「外へ出れば、そういう相手に会う。人は、おまえが見ているものを利用してくる。型を覚えたから、もう学ばなくていいという話ではない」
ベルナールは言葉を切った。
「それでも、教えたすべての型を修めたことは認める。免許皆伝だ。これからは、その剣を自分のものとして持っていけ」
ユーゴは返事をしようとした。
喉のところで止まったので、一度頭を下げた。剣を落とさないよう、握り直す。革は指の下でずれなかった。
「ありがとうございます」
ようやく言うと、ベルナールがうなずいた。
「抜いてみろ。周りを見てからだ」
ユーゴは道場の空いたところへ移った。いつもの足場へ立ち、ゆっくり抜く。剣先の重さは知っている。手だけが、前より迷わなかった。
ひとつ、型を通した。
踏み出す足に刃が続き、切り返しで肩が開く。剣先が戻るまで、柄を探り直さずに済んだ。最後の一歩を収めても、指を強く握り込む必要がない。
ベルナールは足と手元を見ていた。ユーゴは剣先を静め、息を吐いた。
「どうだ」
「手を、確かめなくて済みます」
「そうか」
ベルナールはそれ以上褒めず、ユーゴが刃を収めるところまで見ていた。
*
アンヌの家では、リネットが食べ物の包みを作っていた。
ユーゴが来ると、紐を結ぶ手を止めずに言った。
「途中で潰さないでね。下に重いものを入れて、その上。逆にしないで」
「分かってる」
「前に分かってるって言って、底からパンを出したの、誰」
ユーゴは答えず、差し出された包みを受け取った。横でロゼットが荷の口を開けてくれる。
リネットは新しい柄を見つけた。
「その剣、返したんじゃなかったの?」
「もらった。師匠から」
印を見せると、彼女はしばらく黙って見た。それから、小さく息を吐く。
「そっか。毎朝、あんなにやってたもんね」
褒められるより、照れた。ユーゴは鞘の位置を直すふりをした。
アンヌが戸口から出てきて、リネットの結んだ包みを確かめた。
「足りなくなったら、途中でちゃんと買いなさい。二人で遠慮して食べない、なんてことはしないで」
「そこは大丈夫です。旅費と食糧は、分けて考えますから」
ロゼットが答えると、アンヌは頷いた。
「ユーゴのこと、お願いね。でも、何でも代わりに引き受けなくていいから」
「はい。私も、助けてもらいます」
リネットがロゼットの方へ向いた。
「次に来たら、また、うちへ寄って」
昨日、茶を飲みながら、リネットは父が祭りの日に食べすぎた話をした。笑いかけたところで泣いてしまい、湯が冷めるまで誰も席を立たなかった。
今日は、泣かずに顔を上げている。
「お母さんも、私も、ここにいるから」
「うん。寄る」
ロゼットは答えてから、少し間を置いた。
「マルタンさんを助けられなかったことを、忘れて先へ行くつもりはないの。分からないことは、これからも確かめる。戻ったら、また聞いてほしい」
「聞くよ。だから、帰ってきてから話して」
リネットは、ロゼットのリュックの紐がねじれているところを直した。
「こうなってると、肩が痛くなるでしょ」
「ありがと」
それからリネットはユーゴを見た。
「道、ちゃんと見てね」
「うん」
「人の分まで全部持とうとして、転ばないでよ」
ユーゴは、二人で分けた荷を見た。
「重くなったら、持ち方を相談する」
ロゼットが横でうなずいた。リネットは、まだ少し心配そうに見たあと、道を空けた。
*
村の出口まで、何人かが見送りに来た。
次の巡回で頼みたい品を口にする者がいて、ロゼットが帳面へ書き留める。ユーゴはその隣で待った。売ることと、確かめること。その両方をする旅だった。
腰の剣が、歩き出す拍子に揺れた。
村へ帰ってきたとき、一度は空いた場所だ。同じ剣なのに、自分で確かめる重さが少し違う。
「最初は、グランジュね」
「うん。それから領都」
ユーゴは答え、後ろを振り返った。
リネットが手を振っていた。アンヌはその隣に立ち、道場の方へ戻るベルナールの背が少し離れて見えた。
ユーゴは手を上げた。
顔を前へ戻すと、ロゼットが待っていた。
「行こうか」
「行こう」
ユーゴは鞘が足に当たらない位置を確かめ、彼女と並んで村の外へ踏み出した。




