第17章 また、ここへ
領主が村長宅から出てくると、人々の話し声が小さくなった。
集まった場所は、収穫祭で料理を並べたところに近かった。台はもうなく、踏み固められた土の上に、仕事着の村人が立っている。
ユーゴはアンヌとリネットを見つけた。
二人は少し端にいた。リネットがこちらへ目を向け、すぐに隣のロゼットを見た。手を振りかけたように見えたが、その腕は途中で下りた。
ロゼットも、足を止めた。
ユーゴは何か言おうとして、言えなかった。村長が前へ出て、集まった人々へ領主を紹介する。
「詳しい調査は、今も続いている」
アルマンは、遠くの人にも届く声で話し始めた。
「今日、この村で、複数の国家承認結界スクロールを、同じ場所、同じ条件で確認した。正常に機能しない品が含まれていた」
誰かが、隣の者へ顔を向けた。アルマンは話す速さを変えずに続ける。
「その間、原因とされたロゼット君の民生魔導は使っていない。今回の事件が彼女の魔導によって起きたものではない可能性は、非常に高いと考えている」
ユーゴはロゼットを見た。
彼女は前を向いていた。目を閉じるでも、顔を伏せるでもなく、アルマンの言葉を最後まで聞こうとしているようだった。
「前の職員からは、あの巻物のせいだと聞かされたんですが」
村の男が言った。
アルマンはそちらへ体を向けた。
「その断定を、今回の結果は支えていない。停止した時刻と救援の順序も、改めて確認した。ロゼット君が来てから結界が壊れたという説明は、記録に合わない」
「じゃあ、もう何も心配しなくていいんですか」
今度は、後ろから声が上がった。
リシュアンが一歩前へ出た。
「まだ、原因のすべてが分かったわけではありません。正常に動く品を確かめたうえで交換し、管理人さんと確認を続けます。詳しい調査は、魔導局が進めます」
「また止まったら」
「異常があれば知らせてください。見張りと連絡の手配も続けます」
アルマンが答えた。
ユーゴは、期待していた言葉と少し違うと思った。これでもう安心だ、誰が悪かったか全部分かった、と言ってもらえたら、どれほど楽だろう。
それでも、誰かが確かめていないことまで断言するのは、もう聞きたくなかった。
*
話が終わっても、人はすぐには散らなかった。
管理人へ交換後の扱いを尋ねる者、畑の見張りについて兵へ聞く者がいる。何人かがロゼットの方へ来かけて、足を止めた。
最初に声を掛けたのは、畑の道でよく会う男だった。
「来てくれたとき、熊が戻ったのは見たんだ。そのあと、ああ言われて……何を言えばいいか、分からなくなっちまって」
ロゼットは、ゆっくり首を横へ振った。
「私も、分からなかったんです」
「また、道具を見てもらっていいか。急ぎじゃない。帰ってきたときでいいから」
彼女の口が開き、少しして声が出た。
「はい。どこが使いにくいか、残しておいてください。次に伺ったとき、聞かせてもらえれば」
言い終わってから、ロゼットは一度だけ深く息を吸った。
ユーゴは少し離れて待った。彼女の前に、もうひとりが立つ。いつもの行商の日のように列ができたわけではない。言いたいことを探しながら、人が寄ってきていた。
リネットとアンヌは、まだ端にいた。
ユーゴが近づくと、アンヌが彼の腕に触れた。
「戻ってきたのね。顔を見てから、そう言おうと思ってたのに」
「ただいま」
「怪我はしてない?」
「少し擦っただけ。もう、平気です」
アンヌは袖を見て、うなずいた。リネットは黙ってロゼットの方を見ていた。
「リネット」
呼ぶと、彼女は小さく返事をした。
「父さんのことが、ロゼットのせいじゃないかもしれないって」
「うん。確かめてもらった」
「うん」
リネットは、その一言をもう一度繰り返した。
目から涙が落ちた。慌てて手の甲で拭い、顔を伏せる。
「よかったって、思ったの。今。……父さんは帰ってこないのに、よかったって」
ユーゴは返事ができなかった。
アンヌが娘の背へ手を置いた。撫でずに、そのまま置いている。
リネットは息を整え、ロゼットを見た。
「ロゼットが来たら、何を思えばいいのか分からなくなってた。でも、来てくれてよかったって、思っていいんだね」
ユーゴはうなずいた。
ロゼットがこちらへ歩いてきた。誰かに促されたのではなく、話の切れ目を待って、ゆっくり来た。
「リネット」
呼ばれて、少女は目を上げた。
「……おかえり」
ロゼットの足が止まった。
ユーゴは少し横へよけた。二人の間に何も言葉を足さず、アンヌの隣に立つ。
「ただいま」
ロゼットは答えた。
リネットはうなずき、言葉を探すように一度唇を結んだ。
「父さんのこと、話したら、また泣くと思う」
「うん」
「でも、あなたにも聞いてほしい。祭りの日に、父さんが何を言ってたか。あの日の話を、怖いところだけにしたくないの」
ロゼットはすぐに謝らなかった。
しばらくしてから、目を伏せた。
「また、話しかけてもいい?」
「うん。私からも、話す」
アンヌが、二人を見たまま言った。
「今日は、うちへ寄って。お茶くらいなら、あるから」
いつものように、食事まで食べていけとは言わなかった。ロゼットも、大きく笑って返事をすることはなかった。
「お邪魔しても、いいですか」
「いいから呼んでるのよ」
アンヌが先に歩き出す。リネットが隣へ並び、ロゼットがその後へ続いた。
ユーゴは最後から歩いた。
家へ向かう道の分かれ目で、リネットが一度振り返った。ロゼットとユーゴが来るのを待ち、隣の母親と歩幅をそろえた。




