第16章 届ける相手
村長宅の戸を開けると、アルマンが立ち上がった。
ユーゴは足を止めた。領主が来るという話は聞いていなかった。窓の近くに見慣れない護衛がひとり立ち、外へ向けていた顔を戻す。
「結果を、直接聞きたかった。君たちとは別に来た」
アルマンは席を示した。
「私まで畑へ出れば、何が起きたのかという噂だけが先に立つ。村長には、ここで待たせてもらった」
リシュアンが五枚の記録を広げた。
民生魔導を使わない条件で、三枚は作動し、二枚は作動しなかった。領都の結果とは違っている。
アルマンは紙から目を離し、ロゼットへ向いた。
「ここまで、よく確かめてくれた」
ロゼットは頭を下げた。礼を言い返そうとしたのか唇が動いたが、声にはならなかった。
「ただし、製品側に不具合がある可能性が高い、という段階です」
リシュアンが続けた。
「なぜ場所によって結果が変わるか、どこまで影響するかは分かりません。意図的な不正があるかも、今は判断できません」
村長は、交換後の確認と警備の継続について尋ねた。
リシュアンが管理人へ伝えた手順を説明し、アルマンが臨時の見張りを急に引き上げないことを確かめる。村長が外へ知らせに出ると、戸が閉じられた。
アルマンが窓際の護衛へ目を向けた。護衛も戸口へ移り、一礼して外に出た。
部屋には四人が残った。
*
「ほかの村でも、確かめてほしい」
アルマンの言葉に、ユーゴは顔を上げた。
「君たちへ頼みたいのは、まず私の領内だ。同じような異常が起きていないか。起きているなら、人が傷つく前に見つけたい」
「調査団を送るのではなく、私たちが、ですか」
ロゼットが聞いた。
「大勢が入れば、何を調べるのかと注目される。原因が分からないまま、使っている人が巻物を捨てたり、記録がなくなったりすれば、かえって確かめにくくなる」
アルマンは机の上の五枚の結果を指した。
「君は普段から、村を回っているね」
「基本は二か月に一度です。村によって、一か月から三か月ほど。必要なものと、調整の時期で変えています」
「その仕事を続けながら、異常も聞き取ってほしい。ユーゴ君は護衛と運搬を。危険があれば住民を守り、現場を確かめる。調べるために、何でも二人で引き受けろという意味ではない」
ユーゴはロゼットを見た。
行く、と言いかけた言葉を、そこで止めた。ロゼットはまだ返事をしていなかった。
「いつもの仕事と、一緒にできるかな」
ロゼットがこちらを見返した。少しして、帳面を開く。
「使えないとか、前と違うとか、そういう話は普段から聞く。修理や交換の前に、今より詳しく残すことはできると思う。ただ、私には中を触れない承認品も多いから」
「その記録を、私が技術面から確認します」
リシュアンが言った。
「異常な品は使用を止める。その前後の状態と番号を残し、調べるために勝手に書き換えないでください。住民の安全を先に確保したうえで、相談を」
ユーゴは畑で並んだ巻物を思い出した。動かないものを、動くように直してしまったら、分からなくなることもある。
「見るだけでも、役に立ちますか」
「何があったかを、失わずに持ち帰ってもらうことが必要です」
*
「報告は、クラリスへ送ってほしい」
アルマンは、王都の領地事務所の宛先を示した。
ユーゴには、遠くなったように感じられた。
「ここへ送るほうが、近いのでは」
「私と魔導局へ別々に送ると、違う内容が伝わったり、一方だけで止まったりする。クラリスが最初の記録を保存し、同じ内容を私と、王都の指定した二人へ届ける」
リシュアンが紙を手前へ寄せた。
「技術的に追加で確かめてほしいことも、そこから返します。誰に何を答えたか、二人が追えるようにしましょう」
「ルネさんへは?」
「渡しません。今後の窓口もクラリスです」
ロゼットが宛先を書き写す。筆を止めずに尋ねた。
「何を、どこまで書けばいいでしょう。原因が、私の調整不足かもしれない段階でも?」
「その段階で構わない」
アルマンが答えた。
「間違いかもしれないと思って、知らせるのをやめないでほしい」
ロゼットはルヴィエで使った頁を開いた。
「場所と用途、製造番号と時期。設置と保管は、ここに。気づいた時刻と周りの様子も聞いています。ただ、雨の日に湿ったという持ち主の話と、扉を閉め忘れたのかもしれないという私の考えが、同じ欄です」
「そこを分けてください。実際に見たこと、聞いたこと、考えたこと。それから、まだ確かめていないことも」
リシュアンが空いた紙を寄せた。ロゼットは手元の記録を消さず、別の紙へ補足を書いた。ユーゴも、その書き分けを覗き込んだ。
「うまく書けなかったら、順番が変になっても?」
「起きた順が分かるように、後から補ってくれればいい。クラリスが書式を整えるときも、最初の紙は残す」
アルマンは言った。
「君たちが書かなかったことを、書いたことにはしない。そのためでもある」
ロゼットのペンが、一度止まった。
*
人が傷ついたとき、複数の品が一度に止まったとき、記録がなくなったり調査を妨げられたりしたときは、急を要することが分かるよう伝える。クラリスから領主と魔導局へ、同時に知らせる。
当面は領内に限る。確認していない原因を、公に断定しない。
決めることは多かった。ユーゴは、覚えるだけにせず、ロゼットの帳面の横へ自分でも書いた。
「俺は、村に巻物を持ち帰ったら、畑へ戻るつもりでした」
書き終えてから、ユーゴは言った。
「でも、別のところでも同じように止まるなら、そこで待ってる人がいる。ロゼットが仕事をしながら確かめるなら、俺も一緒に行きたい」
ロゼットは帳面を閉じた。
「私も。使ってもらっているものを、知らないままにはしておけません。ただ、調整と修理の仕事は、きちんと続けます。調査のためだからといって、注文を放ってはおけないので」
「その仕事を続けてほしい。それが、村の暮らしを知る道でもある」
アルマンの返事を聞き、ロゼットがユーゴへうなずいた。
ユーゴも、今度は言葉にした。
「二人で、引き受けます」
リシュアンは五枚の記録をまとめた。
村長が戸を叩き、住民へ話す場所の用意ができたと告げる。アルマンは席を立った。
「村の人たちへは、今分かっていることを話そう。君たちにも、立ち会ってもらいたい」
ユーゴは宛先を書いた紙を折った。
買い付けの書付を入れてきた包みの中へ、今度はそれを収めた。




