第15章 動く三枚、動かない二枚
フルーリの入口に、見慣れない兵が立っていた。
その横から村の男が顔を出し、ユーゴを見つけて手を振る。領主が約束した警備は、もう来ていた。畑へ続く道に人の姿が戻っているのを見て、ユーゴは肩の荷を持ち直した。
「持って帰ったのか」
「はい。魔導局の方に、ここで確かめてもらいます」
リシュアンが村長と管理人に挨拶する。ルネは近隣の番屋から来ており、荷を下ろす場所のそばで待っていた。
「本局の監督官には、ご足労をおかけして」
その言い方が、ユーゴには妙に耳へ残った。
検証の準備が整うまでに、ユーゴはベルナールのもとへ向かった。
*
「お借りした剣を、返しに来ました」
道場で剣を差し出すと、ベルナールは鞘ごと受け取り、刃を抜いた。
ユーゴは借りた剣で何をしたか話した。道でゴブリンに襲われていた一行を助けたこと。ロゼットの方へ回ろうとした敵を止めたこと。歩けなくなったクラリスを村まで運んだこと。
「ルヴィエでは、家畜を襲う狼を頼まれました。数頭なら退くと思ったんですが、大きい白いのがいて。周りの動きを見ながら、一頭ずつ減らしました」
「誰と行った」
「一人で。……帰りに、ロゼットに叱られました。相談してから決めろと」
ベルナールは刃の角度を変えた。鍔、柄、鞘を順に確かめる。
「それは、聞いておけ」
「はい」
「剣はどうだった」
ユーゴは、少し考えた。
「悪くはなかったです。でも、ほかの実用剣を使ったことがないので、比べてどうかは分かりません」
「手は」
「いつもの木刀の柄のほうが、馴染みます。シガゼルの革が巻いてあるからでしょうか。汗をかいたとき、握り直しました」
ベルナールは柄を見て、うなずいた。
「分かった」
剣を鞘へ戻し、脇へ置く。それで話は終わった。
ユーゴは腰に残る狩猟鉈の重さを確かめ、北の畑へ戻った。
*
北側では、試す場所から人を離していた。
兵と村の男たちが周囲を見張る。リシュアンは管理人に、停止した承認品と、ロゼットの応急品の位置を別々に示してもらった。時刻を確かめた際の記録も、もう一度読んでいた。
「今日は、原因とされた民生魔導を使わずに比較します。応急品を停止する間は、警備をお願いします」
ロゼットが停止の手順を説明した。彼女自身は新しい魔導を使わず、影響し得る民生品が作動していないことを、リシュアンと管理人が確認した。
ユーゴは、マルタンが倒れていた辺りを見た。
土には、人が歩いた跡が増えていた。畑の続きを誰かが片づけている。そこから目を離し、今立っている人たちを確かめた。
五枚の包みが開かれる。
「領都での記録と照合します」
リシュアンが番号を読み、ロゼットが写しを確かめた。数量は五枚。封の状態も、運んできた包みと一致していた。
管理人が設置の場所を示す。リシュアンは位置と手順を記し、一枚目を取り付けた。
巻物の線に沿って、淡い光が走った。
管理人はすぐには頷かず、リシュアンと作動を確かめた。起動しただけでなく、結界として働き続けているかを見るのだという。二人が同じ記録に確認を入れてから、ようやく管理人が大きく息を吐いた。
二枚目も作動した。
「問題ありませんな」
ルネが言った。
「続けます」
リシュアンは二枚目を止め、同じ場所へ三枚目を入れた。
管理人が手を止めた。
巻物へ目を落としたまま、誰もすぐには言葉を出さなかった。リシュアンが設置を確かめ、記録へ目を戻す。同じ手順を繰り返してから、管理人と結果を読み合わせた。
「……これは、今は動きません」
ロゼットが、三枚目の番号をもう一度読んだ。リシュアンも復唱した。
四枚目は正常だった。
五枚目は、動かなかった。
風が、畑に残った葉を鳴らす。ユーゴは五枚の包みを見た。見た目だけなら、どれも似ていた。領都では全部動いたと、ロゼットは言っていた。
「もう一度、順番を替えて確認します」
リシュアンが告げた。
正常だった品と、作動しなかった品を交互に確かめる。設置場所は変えない。誰が何を触ったかも、管理人がそばで見ていた。
管理人が一枚の番号を読み直した。先ほど動かなかった品だった。リシュアンが領都の記録へ指を置き、ロゼットも自分の写しを開く。
「同じ品です。領都では、動きました」
彼女の声が畑に通った。もう一度作動を試しても、結果は変わらなかった。
動く三枚。動かない二枚。
ロゼットは少し離れたところで、両手を体の脇へ下ろしていた。指が曲がったまま、袖の縫い目へ押し当てられている。
*
「設置との相性ということも、あり得ます」
ルネが口を開いた。
「土地の魔力が通常とは異なるか、保管中に何かあったのか。国家承認品であっても、偶発的な不良が全くないとは」
「その可能性も、調べます」
リシュアンは答えた。
「今の説明で、ロゼットさんの民生魔導が原因だと断定できますか」
ルネが口を閉じた。
「同じ場所、同じ設置方法です。領都では五枚とも作動しました。ここでは、民生魔導を使っていない条件で、同じ二枚だけ結果が異なる。確認したのは、そこまでです」
「ですが、以前に長期間使われていたものの影響は」
「それも未検証です。未検証のことを、原因が分かったという報告にしてはいけません」
ユーゴは、息を吐いた。
違うと言ってもらいたくて、ここまで来た。それでもリシュアンは、分かったことと、まだ分からないことを分けていた。どちらも同じ声で言うので、今度は途中で話が消えないと思えた。
管理人が、事件の日の記録を広げた。
「マルタンが畑へ来たあとに止まりました。その時点で、応急のものは置かれていません」
リシュアンは頷き、ロゼットの回収記録と並べた。
「救援時の民生魔導が停止を引き起こした、という順序は成立しません。今回の比較も、その断定を支えない結果です。公式報告は訂正が必要です」
ルネの手が、上着の前で止まった。
「仮説の誤りを、処分の理由にされるのですか」
「仮説を立てたことが問題なのではありません」
リシュアンは報告書を閉じた。
「停止時刻、製造番号、設置状態、目撃者の証言。断定する前に必要だった確認が、残っていない。死者の出た事故で、調べていない範囲を民間人の責任とした。その報告で、この人たちは自分を弁明する立場に置かれました」
ロゼットが顔を上げた。
「記録不足と聞き取りの省略については、以前から改善を求めていました。今回も確認できた以上、現地の権限をそのまま預けることはできません」
リシュアンはルネを見た。
「一時的に職権を停止します。番屋の記録と管理印、担当区域の引継ぎ資料を提出してください。以後の調査と、住民への指示から外れてもらいます」
ルネの口元が動いた。
「王都では、改めて説明する機会があるのでしょうな」
「あります。正式な処分は追加の調査と聴取を経て決まります」
縄も、捕らえる兵も出てこなかった。ルネはしばらく立っていたが、やがて手元の書類をまとめた。
*
検証を終えた品は、記録とともに分けられた。
リシュアンは正常に作動した一枚について、交換後も管理人が確認を続ける手順を確かめた。停止した旧品と、不作動だった品は、混ぜずに調査のため保管する。見張りも、すぐには解かれなかった。
ユーゴはロゼットのそばへ行った。
「何も使ってなかったよね」
「うん」
彼女の声は、かすれていた。
「何もしなかった。番号を読んで、見てただけ」
握りしめられていた手が、ゆっくり開いた。手のひらに爪の跡が残っていた。
ユーゴは自分の手を見た。剣も、鉈も、今日は抜いていない。
村長が二人を呼んだ。
「家へ来てくれ。結果を聞いてもらう方がいる」
リシュアンが記録を持ち上げた。ユーゴとロゼットは、その後について歩いた。




