第11章 売ったあとの仕事
領都で迎えた朝は、荷車の音で始まった。
フルーリでは鶏か、誰かが戸を叩く音だった。宿の窓を開けると、もう通りの向こうで商人が声を張っている。ユーゴは腰の剣を確かめ、まだ暗さの残る部屋を振り返った。
帰りの荷は、まだ増えていなかった。
認定販売所の所在と在庫を見に行ったロゼットも、結界スクロールは買わずに戻ってきた。代わりに机へ帳面を広げ、預かっていた修理品と注文の品を一つずつ確かめていた。
「それ、今度行く村の?」
「ルヴィエ。領都から別の街道を行くの。もう、約束の日を過ぎてる」
彼女は返事をしながら、小さな部品を包み直した。
「でも、呼ばれるかもしれないだろ」
「だから、勝手には出ないわよ。行っていいか、先に伺う」
包みを結ぶ指が止まり、ロゼットは帳面に残る一行を見た。消さずに閉じる。
*
王都へ向かう朝、クラリスは異議申立書と報告書の写しを別々の束にして確かめていた。村長と管理人の証言も、その間に挟まれている。
足の怪我は治っていなかったが、回復を待たずに出発する。途中の宿場で馬を替える公用の速達馬車で、一日ほどかけるという。
「向こうで資料を見てもらい、日程を合わせます。来る方は通常の馬車になりますから、二日ほど。こちらを出てから、おおむね五日前後を見てください」
ユーゴには、王都までの道は想像しづらかった。領都まででも、十分遠くへ来たと思っていた。
「その間、村は」
アルマンが、彼の方へ向いた。
「臨時の領兵と、連絡を運ぶ者を送る。管理人には応急スクロールを毎日確認させ、変化があれば知らせるよう伝える。ロゼット君の応急措置だけに、村の守りを任せはしない」
ユーゴの手が、剣の柄から離れた。
アルマンは続けて、領都を離れる場合は必ず行き先を知らせ、呼べば戻れる範囲に留まるよう言った。そこでロゼットが帳面を開いた。
「ルヴィエ村へ納品に伺いたいのです。片道は歩いて三時間ほどです。飼料庫へ設置したものの初回調整が遅れています。明朝に出て、作業が延びれば一泊、遅くとも翌日の昼頃までには戻ります」
「届け先と、泊まる場合の連絡先を残してほしい。予定が早まれば使者を向かわせる」
「はい。ユーゴにも、運搬と護衛を頼みます」
アルマンは二人の予定を確かめ、了承した。
クラリスが資料を持ち上げる。足をかばう動きはまだ少し残っていた。
「私がいない間に困ったら、ここへ知らせてください。戻ってから、またお話を聞きます」
ユーゴはうなずいた。役に立つ返事をしたかったが、今できるのは自分たちの行き先を、間違いなく伝えておくことだった。
*
翌朝、ロゼットのリュックは、領都へ来たときより膨らんでいた。
ユーゴも修理品の包みを受け取った。木の枠が脇へ当たるので、紐を掛ける向きを変える。
「重かったら、途中で持ち替えるから」
「重さは平気。揺れるのを止めたいんだ。中のもの、当たると困るだろ」
「そう。それだけはお願い。直した品を、持っていく間に壊したくない」
ロゼットは紐の余りを短くまとめた。結び目を見て、ユーゴも自分の包みを直した。
グランジュから来たときとは別の道を進む。街道の両側にあった家々が減り、風が広く当たるようになった。
「待ってる間くらい、休んでもいいんじゃないか」
少し歩いてから、ユーゴは言った。
「巻物のことを聞かれて、また話さないといけないんだろ。今のうちに」
「休むのも仕事のうち、って言う人はいるけどね」
ロゼットは肩紐を緩めた。
「前に飼料庫へ入れたスクロールが、最初の調整の時期なの。置いたときには、まだ庫内が空いてた。今は収穫した飼料が入って、人が出入りしてる。その状態で確かめたいのよ」
「冷たくするもの?」
「冷やして保存するものじゃないの。暑さや湿気が急にこもったり、逆に乾きすぎたりするのを、和らげる。外の空気から大きく離れた温度にはできないから、何をどれだけ入れるかも大事」
ユーゴは、雨のあとで草を返したことを思い出した。表が乾いていても、下には湿った塊が残る。
「積む量が増えたら、同じようにはいかないか」
「そう。扉を開ける回数も違う。最初は広さと壁を見て合わせたけど、暮らし方までは、使ってもらわないと分からないから」
ロゼットは道の先へ目を戻した。
「いつもならフルーリの次にグランジュで仕事をして、領都へ戻る。それからこっちへ来るの。グランジュから直接来られる道はないし、品物も一度補充したいから」
「グランジュでは、何もできなかったね」
「ええ。干し草の乾燥用も、見てあげないと」
歩幅が少しだけ狭くなった。
「フルーリのことがあったんだ。遅れたって、責める人はいないよ。クラリスさんも、怪我をしてたし」
「村の人は、そう言ってくれるでしょうね」
ロゼットは、ユーゴが持つ包みを一度見た。
「でも、自分では調整できないものを、私を信用して買ってくれたの。代金をもらったのは、紙を置いて帰るためじゃない。そこで使えるようにするところまで、私の仕事だから」
包みの結び目が緩んでいた。ユーゴはロゼットを呼び止め、道端へ荷を下ろした。
「ここ、もう一度結ぶ。中で当たりそうだから」
彼女は待っていた。ユーゴが紐を締め直すと、押さえていた枠から手を離した。
「次に来るときも、ちゃんと使えてるように?」
「そう。困ったまま次の巡回を待たせたら、その間に飼料が駄目になるかもしれない。次も私から買おうと思ってもらうには、売ったあとが大事なの」
語尾が、少しだけいつもの調子に戻った。
「ずっと無料で面倒を見る、という話ではないからね。そこは、勘違いしないで」
「俺、まだ何も言ってないよ」
「あなたは言いそうなの」
「着いたら、これを先に下ろせばいい? それとも、飼料を動かすほうから?」
「まず、使っている人の話を聞く。動かす前のところを、見ておきたいから」
「そっか。じゃあ、下ろす場所を聞いてからにする」
道の向こうで、獣の鳴く声が重なった。牛や羊のいる村が近いのだろうと、ユーゴは思った。




