9.お茶会2
フィアノス侯爵令嬢は、それ以上何も言わなかった。周囲の令嬢たちも、リュミリアと彼女のやり取りに気づいたのか、わずかに口を閉ざしている。
そんな風に重くなりかけた空気を変えたのは、ノワールだった。
「リュミリア様。こちらのお菓子は、とても美味しいですが、あまり帝都では見かけませんね」
穏やかな声と微笑みに、リュミリアははっとして彼を見た。
「まぁ! お気に召して頂けました? そちらはフォルテリアで良く食べられる巻き菓子と呼ばれるお菓子ですのよ。今回はベリーの の実と生クリームを中に入れてありますの」
リュミリアは嬉しそうに微笑み、ナイフとフォークで切り分けて巻き菓子を食べてみせる。ノワールもまた、何事もなかったかのように微笑んで、リュミリアと同じように巻き菓子を食べた。その表情に、フィアノス侯爵令嬢の冷笑を気にした様子はない。
(……本当に、ノワール様はお優しいのね)
リュミリアも熱くなりすぎたと自戒しつつノワールに微笑む。それでも彼を侮辱した相手を簡単には許せるわけではなくて、彼女は、それ以上フィアノス侯爵令嬢に目を向けず、近くに座るノワールへと話しかけた。
「以前のお茶会でもベリーのお菓子が出されていましたね。そちらも、とても美味でした」
「まぁ、覚えていてくださったのですか?」
「もちろんです。リュミリア様との大切なお茶会ですから」
さらりと告げられた言葉に、リュミリアはわずかに目を瞬かせた。
(……そういうことを、自然におっしゃるのですから)
胸の奥が、ほんの少しだけくすぐったい。自然と上がった口角を誤魔化すようにリュミリアはお茶を飲む。ノワールはそんな彼女に気づいていない様子で、同じようにお茶を飲んでいた。
やがて、周囲の令嬢たちも再び会話に加わり、茶会は何事もなかったかのように賑わいを取り戻していく。
その後も、リュミリアは招待客たちと話を交わしながら、さりげなく黒髪や闇属性に関する情報を集めた。けれど、新たな手がかりは得られなかった。
茶会がお開きになり、招待客が順番に退席していく。
「本日はお招きいただき、ありがとうございました」
ノワールもまた、帰りの馬車を待つために玄関へと向かおうとしていた。
「ノワール様」
リュミリアが呼び止めると、彼は足を止めて振り返る。
「今日は来てくださって、ありがとうございました。皆様とお話しするのは、楽しかったかしら?」
「……ええ。リュミリア様のお友達は、皆様お優しい方ばかりですね」
「それならよかったですわ」
リュミリアはほっと胸を撫で下ろした。ノワールを紹介したことが、彼の負担になっていなければいいと思っていたのだ。
「……ですが」
ノワールが、ほんの少しだけ目を伏せる。
「……リュミリア様には私以外にも、たくさんご友人がいるのだなと、思いました」
リュミリアは驚いてノワールを見た。リュミリアにとって友人というのは、派閥内の利害関係で結ばれた人脈のことだった。
そんなリュミリアの常識を変えたのはノワールで、友達と呼べるのは彼だけだとリュミリアは思っていた。
傷ついた瞳をしたリュミリアに、ノワールは驚き口を開く。
「……申し訳ありません、リュミリア様。……あなたと仲の良い様子ご令嬢たちを……少し、妬ましく思ってしまったようです」
「……妬ましく?」
ノワールの言葉はストンとリュミリアの中にも落ちてきた。リュミリアの友人たちと和やかに話しているノワールを見て、感じた胸が重くなる気持ち……あれは、たぶんノワールと同じものだ。そのことに気づいてリュミリアは苦笑した。
「……私も同じです、ノワール様。あなたが私の友人たちと仲良くするのを見て、少しモヤモヤしてました。ノワール様のお友達は私なのに、と。私が紹介したのに……変ですね。……でもノワール様も同じ気持ちだったと知って……嬉しいです」
ノワールは一瞬驚いた顔をして、それから優しく笑った。柔らかな笑みにリュミリアも微笑む。
「あなたは、このような私でも受け止めてくれるのですね、リュミリア様。……では、もう一つ」
秘密を打ち明けるようにノワールは小さな声で続けた。
「黒髪を揶揄されるのは慣れているのです。……けれど、あなたが私の代わりに怒ってくださって、嬉しく思いました。……ありがとう、リュミリア」
いつもより少し低い、ノワール自身の声で告げられた言葉に、リュミリアは思わず俯いた。嬉しいのに、目が潤んでしまう。あんなことくらいで、こんなに真摯に感謝してくれる彼に、幸せになって欲しいと思ってしまう。
(慣れている、だなんて。それが当然だと思わないで……)
彼がどれほどの言葉を浴び、どれほどのものを諦めてきたのか。リュミリアには想像することしかできない。
それでも、彼が自分の前では、少しでも心穏やかに過ごせるように。
——そう願ってしまう。
「また、お茶にお誘いしても良いかしら?」
「もちろんです。私も、またリュミリア様とお話ししたい」
その返事に、リュミリアの頬が自然と緩む。
「……次は私から手紙を出します、リュミリア様」
「えぇ、お待ちしております」
ノワールは優雅に一礼すると、迎えに来た侍女と共に玄関を出ていった。その背を見送りながら、リュミリアは胸元に手を添える。
(……また、お会いしたいわ)
友人として——そう思っているはずなのに。
——なぜか、その言葉だけでは足りないような気がした




