10.候補
ノワールを見送ったリュミリアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(……友達)
じわりと、その言葉がリュミリアの心を温かくする。
先ほど、ノワールはリュミリアの友人たちことを妬ましく思ったと言った。リュミリアもまた、ノワールが友人たちと和やかに話すのを見て、同じ気持ちを抱いたことを伝えた。
——二人の思いが重なっていたことが、どうしようもなく嬉しかった
自分だけが特別なのではなく、ノワールにとっても自分が特別な存在なのだと、そう思えたから。けれど同時に、それでは何か足りないという気もしてくる。
「リュミリアお嬢様?」
傍らに控えていた侍女に声をかけられ、リュミリアは我に返った。
「……なんでもありませんわ。片付けをお願いね」
「かしこまりました」
リュミリアは微笑み、茶会のために整えられた庭を振り返った。令嬢たちの帰った庭は静かで寂しげだ。
今日の茶会は、黒髪の令嬢や闇属性に関する情報を集めるために開いたものだった。実際、リーテン子爵令嬢という新たな手がかりを得られたのだから、目的は果たせたと言えるだろう。
……けれど、それ以上にリュミリアの心に残っているのは、ノワールと過ごせた事実だった。
(……いけませんわね。今は、ライラ様を探すことが先決ですわ)
リュミリアは小さく首を振り、気持ちを切り替えようとする。
ライアンとの約束を果たすためにも、これ以上、捜索を滞らせるわけにはいかない。黒髪の令嬢がライラの生まれ変わりである可能性は低いかもしれないが、確かめなくてはならない。
それから……。
(……ノワール様のことも)
彼が女性として振る舞わなければならない理由も知りたいと思ってしまった。彼にとっては触れられたくないことだろうとも思う。……それでも、知りたい。
(ノワール様が、いつか何も隠さずに過ごせるようになればいいのですけれど)
そんなことを考えながら、リュミリアは屋敷へと戻った。
————
翌日、リュミリアはライアンの執務室を訪れていた。
「それで、昨日の茶会では何か得られたのかな?」
書類から顔を上げたライアンに、リュミリアは頷いた。
「ええ。リーテン子爵令嬢という方が、見事な黒髪をお持ちだそうですわ。闇属性かどうかはわかりませんけれど、一度、お会いしてみたいと思いますの」
「リーテン子爵令嬢か……」
ライアンは少し考えるように目を伏せた。
「確か、近頃は社交の場に姿を見せていないらしいね。……何か事情があるのかもしれない」
「ご存じなのですか?」
「帝国貴族の名前と家のことくらいは頭に入ってるよ。残念ながら、詳しい事情までは把握できていないけどね。君に任せて良いかな?」
「えぇ、もちろん。……彼女を招待した夜会を、我が家で開くのはどうかと思っておりますの」
彼は手元の書類を脇に置くと、リュミリアへ視線を向けた。
「それはいい考えだね。……それにしても、リーテン子爵令嬢か。ずいぶんと範囲を広げて探しているみたいだね」
「手がかりが少ないのですもの。少しでも可能性があるのなら、確かめておきたいですわ」
「……そうだね。こちらでも引き続き調べておくよ」
「よろしくお願いいたしますわ」
リュミリアは礼を述べると、ふと思い出したように続けた。
「そういえば……ライアン殿下の方は、何か情報はありまして?」
「……クラウス伯爵家に、闇属性の令嬢がいるそうだ」
「まぁ……それでは、その方も夜会に招待いたしましょう。……そういえば、ダルク男爵家にも黒い瞳のご令嬢がいらっしゃるみたいですわ」
昨日の夜、ガイアスから手紙で知らされた情報も共有する。ライアンは少し驚いた顔をする。
「……随分と手広く調べてるんだな。じゃあ、彼女も招待リストに入れておいてくれるかな?」
「えぇ、もちろんですわ」
リュミリアは頷く。少しだけ、ライアンの雰囲気が柔らかくなったように感じられた。愛おしい人と会えるかもしれないという気持ちが、ライアンを浮き足立たせているのか……それとも、少しはリュミリアを信用しようと思えてきたのか、あるいは、その両方か。
(疑われたままというのは、不快ですし、我が家に不利益があっても困りますし……少しでも信用してくださったなら良いのですけど……)
とはいえライアンが、そう単純な男でもないとも、リュミリアは理解していた。もっとも今のリュミリアに後ろ暗いところはないから、互いに利用し、監視しながら、それでも同じ目的のために協力できれば十分なのかもしれない。
「それでは、私はこれで失礼いたしますわ」
「ああ。引き続き頼む」
リュミリアは一礼し、執務室を後にした。
廊下を歩きながら、彼女は夜会のことを考え始める。
令嬢たちを招いた夜会の企画は、先日のお茶会より大規模で気が抜けないものとなるだろう。
(忙しくなりそうね……)
そんな中でも、ふと脳裏にノワールの柔らかな笑顔が横切る。
(……ノワール様を、次の夜会もお招きしたいわ。……でも、ご迷惑ではないかしら?)
今回の夜会なら、お茶会の時よりも、さらに大勢の友人を紹介できるはずだ。……けれど、また自分は嫉妬してしまうかもしれない。ノワールも、嫉妬してくれるかもしれない。そんなことを考えかけて、リュミリアは小さく首を振った。
(……今はライラのことが先ですわ)
自分に言い聞かせるようにリュミリアは歩みを速めた。




