11.前世の罪
夜会の会場となったフォルテリア侯爵邸は、いつもよりも華やかな光に満ちていた。
天井から吊るされた大きなシャンデリアが、磨き上げられた床にいくつもの光を落としている。楽団の奏でる音楽に合わせて、着飾った貴族たちが談笑していた。
今夜の夜会は、リュミリアが主催するものだった。
皇太子ライアンの婚約者として、社交の場を設けること。それ自体は決して珍しいことではないし、皇太子や、その婚約者と縁づきたい貴族たちは、こぞって参加した。そんな彼らに微笑みを返しながら、リュミリアはライラを探す。
今回の夜会には、これまでに集めた情報をもとに、クラウス伯爵家とダルク男爵家、そしてリーテン子爵家の令嬢を招待していた。
——しかし
(……空振りでしたわね)
ダルク男爵家の令嬢は黒い瞳こそ持っていたものの無属性。リーテン子爵令嬢は黒髪だが地属性。クラウス伯爵家の令嬢は黒髪黒目、闇属性ではあるようだが、そこにライラの気配はない。それねもリュミリアは、リーテン子爵令嬢が家族にエスコートされ、仲の良さそうに笑い合っていることにホッとした。
とはいえ、いずれの令嬢もライラではなく、彼女に繋がる手がかりは、また無くなってしまった。
もちろん、たった一度の夜会で見つかるとは思っていない。必ずライラを見つけなくてはいけないのだから、また、少しずつでも情報を集めていく必要がある。
「リュミリア」
声をかけられ、リュミリアは自分をエスコートするライアンを見上げた。夜会の主催者であるリュミリアをスマートにエスコートする姿は、優雅で堂々としていて、さすが皇太子という風情だった。
「ライアン様。お楽しみいただけていますか?」
「あぁ、君の主催する夜会だからね。盛況で何よりだ」
穏やかな笑みを浮かべるライアンに、最初より彼との距離が近づいたような気がしながら、リュミリアも微笑みを返す。
「それはよかったですわ」
「例の令嬢たちは?」
「残念ながら、どなたも違うようです」
「……そうか」
ライアンはそれ以上、追及しなかった。
彼もまた、ライラを探している。きっとリュミリアに声をかけるより前から、ずっと。けれど、その手掛かりが見つからないことに、この場で焦りを見せるようなことはなかった。
「引き続き、探してみますわ。まだお会いしていない方もいらっしゃいますし、今日の夜会でも噂を探してみます」
「……あぁ、頼りにしているよ、リュミリア。もちろん、俺も探ってみる」
ライアンの言葉にリュミリアは少し驚きながらも、小さく頷いた。
そのとき会場の入口が少し騒めいた。
新たな客人が到着したのだろうと視線を向けたリュミリアは、そこで一人の令嬢を目にした。
夜会の灯りを受けて、輝く柔らかな色の金の髪は、まるで月光を紡いだかのようだった。煌めく瞳も、リュミリアと同じ青。白い肌に、控えめな装飾の、けれど品の良い青色のドレスがよく似合っていた。華やかな場にあっても、どこか静かな印象を与える清廉で美しい令嬢だ。
——その姿を見た瞬間、リュミリアの胸が大きく揺れた
(……まさか)
闇属性でも、黒髪黒目でもない。それでは、見つかるはずもない。
——リュミリアの魂が、彼女こそが片割れだと叫んでいた
何度も巡る元は一つの存在であるリュミリアだからこそ分かる真実だ。懐かしく愛おしい気配——同時に冷たい感情が湧いてくるのはルミアとルミナリアの影響だろう。
(……ライラ……ノクティラ……私の片割れ)
間違えるはずがなかった。何よりも大切だった片割れ。彼女さえいれば、何だって乗り越えられる気がしていた。けれど何度も繰り返すうちに記憶は消え、運命は歪み、ついにルミアとノクティラは憎しみあった。その影響は次の生にも及びルミナリアでは悪女としてライラを虐げた。
——懺悔と悔恨と……追慕と
自然と潤む瞳を瞬きすることでリュミリアは誤魔化した。胸の内に込み上げた感情を静かに押し込める。驚きも、慕情も、後悔も押し殺す。彼女がライラであると確信したことを、誰にも——特にライアンには、悟られてはならないと思った。
「……ライアン様」
「どうかした?」
「あのご令嬢をご存知ですか?」
衆目を集める彼女について、リュミリアは出来るだけ自然な口調を装ってライアンに尋ねた。
「あぁ、君は彼女に会うのは初めてだったか……最近は少し調子が悪かったみたいでね。元気になったみたいで良かった。ノクトス公爵令嬢のレイラだよ、俺の従妹だ」
「あの方がノクトス公爵家の。……ご紹介頂いても?」
「あぁ、もちろん」
ライアンとリュミリアの周りにいた人々が、ゆっくりとレイラのために道を開け始める。国で2つしかない尊き公爵家の令嬢だ。
「久しいね、レイラ。……彼女は婚約者のリュミリアだよ」
「お初にお目にかかります、ノクトス公爵令嬢。フォルテリア侯爵家のリュミリアと申します」
リュミリアの微笑みに、レイラも柔らかく微笑んだ。
「ノクトス公爵家のレイラと申します。この度は、ご婚約おめでとうございます、殿下、リュミリア様」
「おや、ずいぶんと余所余所しい言葉だね。いつものようにライアン様と呼んではくれないのかい?」
「婚約者のいらっしゃる殿方に、そんな不躾な呼び方はできません」
「……それは、そうだね」
(……あら?)
少し寂しげなライアンにリュミリアは笑顔を貼り付けつつ、内心で首を傾げた。しばらく一緒に居るが、こんな風に感情を揺らしたライアンを初めて見た気がした。
「……ぜひ、レイラ様からライアン様の今までのお話をお聞きしたいわ。レイラ様、お話を聞かせて頂けます?」
「……えぇ、もちろんです」
「ライアン様、お側を離れても?」
「……あぁ、いっておいで」
リュミリアはレイラを促し、会場の近くに、いくつか用意した小さな休憩室へと案内した。扉が閉じると、楽団の音楽や貴族たちのざわめきが遠くなる。
「どうぞ、お掛けになって」
「ありがとうございます」
レイラがソファに腰を下ろすのを見届けてから、リュミリアは手早く二人分のお茶を淹れて、彼女の向かいに座る。
(……やっと、見つけた)
——目の前に、ずっと探していた彼女がいる
けれど、今の彼女はレイラであり、リュミリアもまたルミナリアではない。過去の記憶を取り戻しているかも分からない。リュミリアは、とりあえず無難な話題を探った。
「レイラ様は、普段から帝都にいらっしゃるのですか?」
「えぇ、領地は兄が継ぎますから、私は社交を任されることが多いのです。……リュミリア様は?」
「私は姉妹しかおらず跡取り娘でしたので、領地にいることも多かったですわ。……だから、今まで、こうしてお会いする機会がなかったのですね。残念なことですわ」
早く会いたかったという気持ちを滲ませたリュミリアに、レイラは少し驚いた後微笑んだ。
「……殿下のご婚約者が、リュミリア様のような方で良かったですわ」
その控えめな言葉と表情には寂しさが含まれていて。リュミリアは胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。
彼女は面影はあれどライラ自身ではない。リュミリアもまた前世の彼女自身ではない。けれど蘇った記憶が——ライラを虐げていた過去が、リュミリアを責める。……前世の彼女がライラに意地悪をした時、ライラは寂しそうに笑っていた。
「……リュミリア様?」
「え?」
「何か……気になることでも?」
レイラの問いに、リュミリアは、はっとした。知らず知らずのうちに、彼女を見つめすぎていたらしい。
「……あなたは、ライラの記憶を思い出しましたか?」
真っ直ぐに問いかけたリュミリアにレイラが息を呑む。
「……リュミリア様、それは」
「思い出しているのでしょう?」
首を降り表情も冷たくリュミリアを見返したレイラに、リュミリアは、なお言い募る。
静かな部屋で、しばらく二人は見つめあった。
先に根を上げたのはレイラだった。
「……先日、思い出しました」
「先日……もしかして私とライアン様の婚約が整った頃……?」
「……えぇ」
(なら……私とレイラ様は、多分、同時に記憶を取り戻したのね)
すんなりとリュミリアは、その事実を受け入れながら立ち上がり……レイラの足元に跪いた。
「リュミリア様?」
「……私は貴女に謝らなくては。ライラとノクティラにした仕打ちを。もちろん謝罪だけで済む話ではないのですけれど」
「謝罪は不要です。……リュミリア様は、ルミナリアでもルミアでもないでしょう」
それはリュミリアがライアンに主張した事実だった。けれどライアンに対しては、そう言えても、直接の被害者だったレイラには、そう言えない。
今のリュミリアには優しい両親がいて、妹たちがいる。彼女たちへの家族愛を、ライラにも知って欲しかった——伝えたかったと願ってしまうのだ。……そして、そう願うたびに前世の自分の罪を突き付けられる。
「……それでも、謝りたかったのです。貴女に。そして今度こそ誓いたいのです。私は何があっても、貴女の味方だと」
「……あなたは。……私も……今度こそ、あなたと仲良くなりたいです。今回は姉妹は無理ですけど……お友達に、なれませんか?」
レイラの言葉に、救われたような気がして。リュミリアは泣きそうな顔で笑った。




