12.願い
「……ありがとう、レイラ様」
「こちらこそ。……あなたと仲良く出来そうで、嬉しく思います」
レイラは柔らかく笑った。その表情を見て、彼女はやっぱりライラではないのだと、リュミリアは改めて思った。
その魂はノクティラやライラと同じ物だ。けれど彼女の前世の記憶の中で、ライラは、いつも怯えていて。……微かに笑みを浮かべる時すら、その目には恐怖があった。それは彼女の前世がライラを虐め、冷遇に追いやった影響で……レイラが彼女と違うことにリュミリアはホッとする。
——だからこそ、今度こそ間違えてはいけない
「……それで、レイラ様」
「なんでしょうか、リュミリア様?」
「一つ、あなたにお話ししておきたいことがあります」
リュミリアがレイラを真っ直ぐ見つめると、レイラが不思議そうに彼女を見つめた。
「先ほど、ライアン様と私の婚約を祝ってくださいましたでしょう?」
「……えぇ。……お二人は、とてもお似合いだと思います」
静かに言いながらもレイラはリュミリアから視線を逸らす。そこには先程と同じ寂しさが滲んでいてリュミリアは困ったように笑う。
確かに、夜会での自分たちは、周囲から見れば仲睦まじい婚約者同士に見えるだろう。そう見えるように二人で演技をしているのだから。
けれど、そのことでレイラに誤解を与えたくはなかった。リュミリアはレイラの味方をすると決めたのだから。
「……レイラ様はライアン様を愛していらっしゃいますの?」
真っ直ぐにレイラを見てリュミリアは核心に触れた。レイラは驚いた目でリュミリアを見て、その目を伏せる。
「……それは、許されないことです」
「いいえ。貴女がライアン様を愛し、妃になりたいというなら、協力いたしますわ」
「……リュミリア様は。……あなたは殿下を、愛していないのですか?」
「先に私の質問に答えてくださったら、お答えしますわ」
ニコリと微笑んでリュミリアはレイラの質問を遮った。ここまできたら分かりきった答えだけれど、レイラの口から聞きたかった。
「……えぇ。私は殿下を愛しています」
「それなら、話は早いですわ。実は、私とライアン様の婚約は、契約によるものなのです」
「……え? 契約……ですか?」
レイラの目が大きく見開かれた。
「えぇ。ライアン様は、貴女を……ライラを探すために、自由に動ける大義名分が欲しかった。婚約者のお披露目なら、今まで婚約を厭い、夜会にあまり出なかった方が言い訳にしても、おかしくはありませんもの。そして私は、それに協力した。私もまたライラを見つけたかった。……謝りたかったのです」
リュミリアは零すように言った。ライアンが大義名分のためにリュミリアと婚約した——それはリュミリアの憶測だが、決して的外れな推論ではないはずだ。
(……ライアン様は最初から、私を信用する気などなかった)
全ては彼の手の上だったのだ。その策に乗ってしまった自分の愚かさに対して多少の悔しさをリュミリアは覚えた。けれど同時に彼らしいとも思った。彼女の知る彼は、ライラに関して、決して妥協しない男だ。……ルミナリアかもしれないリュミリアに任せるような男ではない。
(いずれ、私がルミナリアではないと、理解はして頂かないといけないけれど)
レイラとの婚約の協力をすれば、彼も無下にはしないだろうとも思えた。
「……侯爵家にも王家にも、表向きの事情しか伝えておりませんけれど。レイラ様が望むのでしたら、婚約は直ぐにでも決まるはずですわ」
「それは……」
レイラは言葉を探すように視線を落とした。
(……何か気がかりがあるのかしら?)
リュミリアは即答しないレイラを静かに見つめた。
先ほどレイラが彼を「ライアン様」と呼ばなかった時の、わずかに寂しげな表情と、レイラ自身の殿下を愛していますという言葉。二人はリュミリアの目から見れば想い合い、家格も釣り合うというのに。
「なにか気がかりがあるのですか、レイラ様?」
憂を帯び、視線を下げているレイラにリュミリアは単刀直入に聞くことにした。レイラは少し躊躇った後、口を開く。
「……私を、愛して欲しいのです」
「レイラ様?」
「前世がライラだからではなく……私自身を愛して欲しいと思ってしまったのです」
——あぁ、それは
それは、リュミリアが望んだことと、ある意味同じことだった。ルミナリアではなく、リュミリアであると認めて欲しい。ライラではなくレイラを愛して欲しい。レイラの気持ちがリュミリアには痛いほど分かってしまう。
「……私は、貴女がライラだということをライアン様に告げません。貴女が良いと思った時に、ご自分の口から仰るのが良いと思います」
「……けれど、それではリュミリア様のご迷惑になりませんか?」
「ふふ、成婚までには言って欲しいとは思いますけれど……まぁ、あのライアン様が私と実際に結婚するつもりはないでしょうし、悩む時間くらいは稼げるのではないかしら?」
冗談のように軽くリュミリアが返すと、レイラは驚いた顔をして……それから、ほっとしたように微笑んだ。
それを見てリュミリアも微笑み返して。レイラが納得する答えを見つけられると良いと願った。




