13.公爵家のお茶会
それから数日後、リュミリアのもとに、一通の手紙が届いた。差出人は、ノクトス公爵家のレイラだった。金の封蝋には、見知ったノクトス公爵家の紋章が刻まれている。封を切ると、流麗な文字で綴られた招待状が現れた。
先日の夜会でのお礼を兼ねて、今度は自分の屋敷でお茶会を開きたい。ぜひリュミリアにも来てほしい。そんな内容だった。
「まぁ……」
思わず、リュミリアの頬が緩む。レイラからお茶会に誘われるのは、これが初めてだ。二人の距離が少しずつ近づくような感覚が嬉しい。
リュミリアは返事を書くために便箋を取り出した。けれど、ふとペンを止める。
(……ノワール様も一緒に招待してもらえないかしら?)
ふとリュミリアは、レイラにノワールを紹介したいと思った。レイラの実家はノクトス公爵家だ……その影響が悪い方に働くことはないだろうという打算もあった。レイラ自身も穏やかで、相手の立場や噂だけで人を判断するような人ではない。ノワールにとっても、きっと心地よい相手になるはずだ。
リュミリアは、招待への感謝とともに、ノワールを同伴しても構わないか尋ねる一文を添える。
返事が届いたのは、その翌日のことだった。レイラは快く了承してくれた。むしろ、ノワールに会えることを楽しみにしている、と書き添えられている。
「ふふっ、よかったですわ」
リュミリアはさっそくレイラにお礼の手紙と、ノワールへと手紙を送った。
お茶会当日は、あっという間にやってきた。
リュミリアのフォルテリア侯爵家から出した馬車でノワールを迎えに行き、ノクトス公爵家で共に馬車を降りた。
「こちらがレイラ様のお屋敷なのですね」
「ええ。とても素敵な方なのでノワール様とも、きっと仲良くなれるはずですわ」
ノワールはノクトス公爵家を見上げ、感心したように目を細めた。ノクトス公爵家の邸宅は華やかで美しかった。手入れの行き届いた前庭がリュミリアたちを迎える。出迎えた侍女に案内され、2人は庭園へと向かった。
そこには、すでにレイラが待っていた。
「リュミリア様。お越しいただき、ありがとうございます」
静かな微笑みを浮かべたレイラが優雅に礼をする。
「お招きいただき、ありがとうございます、レイラ様。こちらは、先日お手紙でお伝えしたソレイユ侯爵家のノワール様ですわ」
「初めまして、ソレイユ侯爵令嬢。ノクトス公爵家のレイラです」
「初めまして、レイラ様。ソレイユ家のノワールと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。お会いできて光栄です、ノワール様」
ノワールがレイラに丁寧にお辞儀をする。その様子を見てリュミリアは、ほっとした。
ノワールは社交の場で、常に隙のない振る舞いをしている。けれど、それは彼が心から他者との交流を楽しんでいるという意味ではない。むしろ、余計なことを悟られないために身につけた仮面なのだろう。だからこそ、彼がレイラにどのような——冷たい態度を取らないか、少しだけ気になっていた。
けれど今の彼は、社交場で見る時よりも数段柔らかい雰囲気で、3人の間には和やかな空気が流れた。
「お二人とも、どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます、レイラ様。……本日は手土産にフォルテリア産の茶葉をお持ちしました。先日、フォルテリア侯爵家で頂いたのですが、とても素晴らしい茶葉でしたので」
ノワールの言葉にリュミリアの頬が自然と弛んだ。あのお茶会で出した茶葉を、こんなに気に入ってくれるなんて嬉しかった。
「まぁ……フォルテリアの茶葉は美味しくて有名ですものね、私も頂くのが楽しみです。それにしても、お二人は、随分と仲が良いのですね」
そう言って、レイラは微笑ましく二人を見た。ノワールがその笑みに柔らかく微笑み返す。リュミリアはその表情に、以前の茶会を思い出した。
あの日、ノワールはリュミリアから贈ったブローチを嬉しそうに受け取ってくれた。そのブローチは今日も彼の胸元で淡く輝いていた。そのことを嬉しく思いながら席に着くと、侍女たちが紅茶と菓子を運んできた。
「ノワール様は、甘いものがお好きですか?」
「……そうですね。ベリーの巻き菓子は好んでおります」
「それでしたら、こちらはいかがですか? ベリーを使ったタルトです」
「ありがとうございます。とても美味しそうですね」
ノワールが微笑むと、レイラもまた穏やかな表情を見せた。その後、リュミリアたちは他愛のない話を続けた。
ノワールは聞き上手で、レイラの話にも静かに相槌を打っていた。レイラもまた、ノワールの言葉を急かすことなく、ゆっくりと会話を楽しんでいる。
侍女たちがお茶のお代わりを用意する様子を、リュミリアは、ぼんやりと平和な気分で眺めていた。
(やはり、お二人をお引き合わせしてよかったですわ)
リュミリアがそう思った、その時だった。
「……っ、飲んではいけません、リュミリア……」
最初にお茶に手をつけたノワールが、顔を上げてリュミリアを見た。その手が口元に添えられる。
「ノワール様?」
リュミリアが呼びかけても、返事がない。彼の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……ノワール様!?」
ノワールの身体が、ぐらりと傾いた。リュミリアは咄嗟に手を伸ばした。倒れていくノワールの身体を、一緒に転がるようにして庇う。二人で芝に倒れてから、そっとノワールを横たえて、リュミリアは彼の顔を覗き込む。
「ノワール様! しっかりなさって!」
「……っ、う……」
ノワールの呼吸は浅く、唇の色が明らかに悪い。リュミリアは慌てて彼の手を取った。




