14.もっと強い
リュミリアは触れた場所から苦痛が少ないように薄く魔力を流し、魔力の流れを探る。それが何かは、すぐに分かった。
(毒……!)
「誰か! 医師を呼んでくださいませ! それから、お茶と菓子には手をつけないで、そのまま保存してくださいませ!」
侍女たちが慌ただしく動き出す。リュミリアはノワールの身体を支えながら、彼の胸元に手を当てて、光魔法を展開する。苦痛が少ないようにと、思いやる余裕はもうなかった。淡い光が指先から溢れ、ノワールの身体を包む。ノワールの中にある毒の位置を探り、包むように、逃さないように彼の中に小さな光結界を作る。幸い、毒はまだ全身に回りきってはいなかった。けれど飲んで直ぐに、この症状だ。少しでも対処が遅れれば危険だっただろう。
ジリジリとした気持ちになりながら、リュミリアは毒に光魔法を使って消していく。ノワールの呼吸がゆっくりと静かに深くなった。
「ノワール様……」
「……リュミリア、様……?」
かすかな……けれど確かなノワールの声に、少しだけリュミリアは安堵した。
「ノワール様! 意識が戻られましたのね!」
リュミリアはもう一度薄く光魔力を流して、ノワールの身体を確認する。毒は完全に治癒できていた。そのことに安堵しながら、その胸元のブローチに目がいく。
黒い宝石は、いつもと変わらず静かに輝いている。守護魔法は、発動していなかった。
あのブローチは、危険からノワールを守るために作ったものだ。けれど、それは外傷に対して一度だけ……設定が甘く毒は防げなかった。
リュミリアが彼のためにと贈ったものは、彼を守ることができなかったのだ。
「リュミリア様……?」
ノワールがリュミリアを見上げる。その弱々しい声に、彼女は泣きそうな顔になった。
「……申し訳ありません」
「え……?」
「わたくしが、お茶会などにお誘いしたから……」
言葉が、喉につかえる。
ノワールが孤立しないように。少しでも多くの人と交流できるように。……社交界で力を持つように。そう願ってリュミリアは彼をお茶会に誘い、友人たちに紹介してきた。
けれど、それが彼を危険にさらしたのだとしたら?
(フォルテリア家が、彼に毒を盛ることはない。レイラのノクトス公爵家にも理由がない。なら、彼に毒を盛ったのは……彼自身の家……彼に、力を持って欲しくない者が、ソレイユ侯爵家内にいるの?)
今世で優しい家族に囲まれていたリュミリアは、その事実だけで胸が痛くなる。その上、リュミリアの好意が、彼を追い詰めたのだ。その罪悪感は果てしなかった。
「……私が、余計なことを」
「リュミリア様」
ノワールの声がリュミリアを遮った。けれど、彼女は彼の顔を見ることができなかった。
彼を守りたいと思っていた。
彼が傷つかないように、彼が笑っていられるようにと願っていた。
それなのに、リュミリアは逆に彼を傷つけたのだ。
彼の胸元のブローチが、ひどく無力なものに見えた。
やがて駆けつけた医師によって、ノワールはノクトス公爵家の客間へと運ばれた。毒は完全に治癒されているものの、念のため安静にする必要があるという。
公爵家の使用人たちが慌ただしく動くなか、レイラがリュミリアの傍らに立った。
「リュミリア……」
その声に顔を上げる。
「ノワール様は、助かったのですよね?」
「ええ。毒はすべて取り除きましたわ。命に別状はないはずですし、後遺症も残らないでしょう」
「よかった……」
レイラは胸に手を当て、深く息を吐いた。それから、リュミリアを真摯に見つめる。
「けれど、ノワール様をソレイユ侯爵家に帰すのは危険かもしれません。……あの方を狙った者が、ソレイユ侯爵家にいる可能性があります」
レイラも同じ結論に辿り着いたのだろう。その言葉にリュミリアは頷く。
「……そうですわね」
「ノクトス公爵家で、しばらくノワール様をお預かりしようと思います。リュミリアは後遺症はないと言いましたけれど、ひとまず治療の名目で」
その提案にリュミリアは目を見開いた。
ノワールを、レイラの家で保護する。
確かに、それが安全かもしれない。ノクトス公爵家は大きな権力を持つ家であり、警備も厳重だ。何より、今回の毒が侯爵家の人間によるものならば、彼を一時的に家から遠ざけることには意味がある。
「……お願いできますか?」
「もちろんです。私から父に話してみます」
レイラは迷いなく頷いた。
その優しさに、リュミリアは小さく頭を下げる。
「ありがとうございます、レイラ」
けれど、胸の奥に沈んだ後悔は、消えることがなかった。
(……私も、ノワール様を守らなければ)
今度こそ、彼を傷つけさせないために。
脳裏に先ほどの光景が蘇る。倒れたノワールの青ざめた唇。リュミリアの手の中で、弱々しく乱れていた呼吸。……そして、彼を守れなかったブローチ。
(……もっと、強い守護魔法を)
毒も、呪いも、魔法も。あらゆる危険から、彼を守れるものを作らなければ。
そのためには、たくさんの時間が必要だろう。
研究を重ね、素材を集め、魔法を練り直し、何度も試行錯誤を重ねなければならないだろう。
……ノワールと過ごす時間が減ってしまう。
それでも、リュミリアは決めた。次こそは、必ず守る。
たとえ、そのために彼と過ごす時間を手放すことになったとしても。




