8.お茶会
日々はあっという間に過ぎ去り、リュミリア主催のお茶会の日がやってきた。朝からお茶会の最終確認をする。今日のお茶会は、前回とは別の庭で開くことにしていた。前回ノワールとお茶会をした場所とは少し離れた、もっと広く庭師たちが完璧に管理してくれている場所だ。
リュミリアは庭に用意された、お茶会の席を確認し、侍女たちが運んでくる茶器のチェックをした。料理人が用意したお菓子がリスト通りか目を通し、招待客の名前と顔を再確認する。
(思っていた以上に、大きなお茶会になってしまったわね)
皇太子の婚約者となったフォルテリア侯爵令嬢と縁を結びたい貴族は山ほどいるとは思っていた。何度もこのようなお茶会を開くつもりはなかったから『よければお友達と一緒にどうぞ』とも付けた。それでも帝都中の貴族令嬢が揃うのではないか、という規模になるとは思っていなかった。北に領地を有しフォルテリアとは別派閥に属するフィアノス侯爵令嬢からも参加の返事が来ていた。
(今回もノクトス公爵令嬢は、いらっしゃらないのね。……お体でも悪いのかしら?)
先日の夜会も欠席していたことを思い出しながらリュミリアはそんなことを思い……けれど、首を振って、その思考を追い出した。一つの思考にゆっくり時間を割くのも惜しいほどの忙しさだった。
庭には、いくつものテーブルにリュミリアの瞳の色に似た青いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルが並べられている。テーブルの真ん中には美しい花がセンスよく飾られていた。お茶会スペースの一角には、令嬢たちの好みに合わせた茶葉と菓子が用意されている。その中にはノワールに前回振舞ったフォルテリア産の茶葉もある。
(……ノワール様、いらっしゃるかしら?)
参加の返事はもらっている。それでも不安で、リュミリアは庭の入り口へと目を向けた。……前回の夜会での最後、口数の少ない様子がリュミリアの胸に引っ掛かり続けていた。
今日、このお茶会を開いたのには、実は二つ理由があった。
一つ目の理由は、もちろん黒髪黒目、闇属性の令嬢を探すこと。このお茶会に参加してくれれば良いが、そうでなくても情報の一つくらい見つかれば良いなとリュミリア思っていた。
もう一つは……ノワールの立場を少しでも強くすること。ソレイユ侯爵家の令嬢として社交界に姿を見せることが少なかったノワールには、味方が少ない。ならば、まずは自分の友人として紹介して、社交界での立場を確立すれば、ソレイユ侯爵家での彼の扱いも少しはマシになるはずだ。
「リュミリアお姉様!」
声をかけられて振り向く。メティル・テラステラ伯爵令嬢が友人を連れてこちらへ歩いてきていた。ガイアスの妹で、リュミリアの妹たちとも歳が近く仲が良い令嬢だ。
「まぁ、ごきげんよう、メティル。来てくれて嬉しいわ」
「こちらこそ、お招きいただいて嬉しいです」
「今日は随分と、たくさんのお友達といらっしゃいましたのね?」
「ええ、ぜひ、私のお友達をお姉様に紹介したいと思いまして」
キラキラとした瞳は純粋にリュミリアを慕い、友達を紹介したいと言うよりは、リュミリアを自慢したいのだと雄弁に語っていた。そんな純粋なメティルの好意に微笑みながら、リュミリアは彼女の友達へと挨拶を交わす。
「ごきげんよう、皆様。フォルテリア侯爵家のリュミリアですわ。メティルと仲良くしてくださって嬉しいわ。今日は楽しんで頂けると良いのだけれど」
それを皮切りに、次々と令嬢たちが庭園へと姿を現した。リュミリアは1人1人の名前を呼び、笑顔で迎える。
(皇太子の婚約者という立場は、本当に便利ですわね……)
少し前までなら、こんな人数のお茶会を開こうと思っても、ここまで人は集まらなかっただろう。
「リュミリア様、本日はお招きありがとうございます」
「まぁ……ノワール様! ごきげんよう!」
お茶会に現れたノワールに、リュミリアはほっとした。彼は柔らかな令嬢らしい笑みを浮かべていて、あの夜会の最後のような冷たい雰囲気はない。夜会の時とは違い淡い青のドレスを着た彼は涼やかで美しかった。
「来てくださって嬉しいですわ」
「えぇ。……今日を楽しみにしていました」
ほんのわずかに、ノワールの口元が緩む。その柔らかさに、リュミリアも釣られるように微笑んだ。
「では、こちらへ。私の……友人達を、ご紹介いたしますわ」
「……えぇ」
リュミリアはノワールを先導し、令嬢たちの座るテーブルへと案内した。そこはリュミリアの庇護下にある令嬢たちが座るテーブルだ。メティルもいる。
「皆様、ご紹介させてください。こちらはソレイユ侯爵家のノワール様です」
「まぁ……あのソレイユ侯爵家の?」
「ええ、どうぞお見知り置きを。皆様に会えて幸せに思います」
「初めまして、テラステラ伯爵家のメティルです。お噂はかねがね伺ってました。仲良くして頂けると嬉しいです!」
メティルの挨拶を皮切りに、令嬢たちが次々と挨拶を始める。ノワールも完璧な笑顔で応じていく。
皇太子の婚約者であるリュミリアが親しくしている相手ということで、誰もがノワールを無下にはできないだろう。リュミリア自身とも親しく、性格も良い令嬢たちのテーブルを選んだ甲斐もあったのかもしれない。
和やかな様子を見てリュミリアは、ノワールの役に立てたかもしれないとホッとした。……ホッとしたはずなのに。
(……なんだか、胸がモヤモヤするような)
仲良く談笑しているノワールの姿を見て、喜ばなければいけないはずなのに、心が重い。ノワールの隣に今すぐ座って、1番の友人は自分なのだと宣言したいような衝動をリュミリアは飲み込む。
ここはリュミリア主催のお茶会で、このお茶会が成功するか否かで、リュミリアは評価される。それはフォルテリア家や皇太子、リュミリアの友人の評価に繋がる。……ノワールの評価にも。失敗は出来ない。
やがて茶会が始まり、令嬢たちはそれぞれの席についた。
話題は流行のドレスから始まり、最近、帝都で評判の菓子の話、夜会の話へと次々に移ろっていく。リュミリアも相槌を打ちながら、さりげなく耳を傾けていた。どの話も大切な情報源だ。
けれど——
(黒髪の令嬢や闇属性の話は……出ませんわね)
今日の参加者にも、黒髪や闇属性の令嬢はいない。そもそも光属性もだが、闇属性というのは稀少な属性だ。
(そう簡単にはいかないわね……)
リュミリアが内心で嘆息した時だった。
「そういえば、皆様、リーテン子爵令嬢の話を聞きまして?」
北辺領のフィアノス侯爵令嬢が、ふと思い出したように口を開いた。
「なんでも、お母様は平民の出だとか。リーテン子爵はお優しい方のようですわね。あぁ、そういえば、ソレイユ侯爵令嬢のように見事な黒髪だとか」
ノワールの黒髪を見て冷笑したフィアノス侯爵令嬢を、リュミリアは大輪の笑顔を咲かせた。けれど、その目は恐ろしいほどの冷たさを持っていた。
「まぁ、それではリーテン子爵令嬢は、きっと素晴らしい方なのでしょうね。子爵がご自身の娘として大切にされているのですもの。黒髪ということは、もしかしたらノワール様のように稀少な闇属性もお持ちなのかもしれませんわね。……そういえばフィアノス侯爵令嬢の属性は、水でしたかしら?」
「……そうですわ」
「フィアノス領らしい、素晴らしい力ですわね。……そういえば、ご両親やご兄弟は、たしか水と風の双属性持ちだとか?」
瞳に冷たい光を帯びながら、笑顔でリュミリアはフィアノス侯爵令嬢を追い詰める。ノワールを侮辱したことが許せなかった。
「……属性の話など、このような場で軽々しく告げる話では、ないのではなくて?」
「まぁ、確かにそうですわね。私としたことが、お友達を褒められて口が軽くなってしまったようですわ。申し訳ありません」
小さく震えるような声で言ったフィアノス侯爵令嬢にリュミリアも一度、怒りを飲み込む。
(……それにしても、リーテン子爵令嬢)
そしてようやく得た手がかりを胸に刻んだのだった。




