6.ガイアス
それから数日後。
リュミリアは、また夜会へと来ていた。
あの日から連日のように連れ出される夜会に、彼女は辟易としながらも笑顔を貼り付ける。
今夜の会場は、ノクトス公爵家だ。ノクティス帝国が王国だった頃から続く由緒正しい家柄である。
(確かご子息が2人と、ご令嬢が1人いらっしゃるのよね)
子息たち2人はライアンの腹心の部下として会ったことがあるが、令嬢の方は会ったことがないなと思いながら会場を見渡す。
煌びやかなシャンデリアの下、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが談笑し、貴族たちが皇太子へと挨拶をするために円を作っていた。
思わず溜息をつきかけてリュミリアは笑顔を貼り付け直す。
「今夜も随分と賑やかですわね」
「そうだね」
隣に立つライアンは、いつものように涼しい笑みを浮かべている。
リュミリアはその麗しい横顔を見上げた。
彼のことはライラを見つけるまでの婚約者……そう諦めて、こうして連日夜会を飛び回っているというのに目ぼしい成果はない。それだけでもストレスだというのに、最近、リュミリアは気づいてしまった。
(……この男、私を信頼する気などないのだわ)
天下の皇太子を、胸中で、この男呼ばわりして、ようやく少し胸のざわめきが治まった。誰かに聞かれれば、不遜だと思われるだろうが、残念ながら彼女の胸中を覗ける者はなく。彼女の心は彼女だけのものだった。その美しい顔に貼り付けた笑顔からは、不快のふの字も覗かせない。
リュミリアを決して信用することなく、彼女に婚約者という大義名分を与え、自分自身で愛しい人を探す。……それは、とても彼らしいとも思った。
「リュミリア」
「はい」
「今夜も楽しんでくれると嬉しいよ」
「……楽しまれているのは、殿下では? 本当に夜会がお好きなのですね」
当てこするようにリュミリアが言うと、ライアンは、ほんの少しだけ目を細めた。
「そう見えるかい?」
「ええ」
リュミリアはにこりと笑った。
「婚約者の私を、毎夜、こうして連れ歩いてくださいますもの」
「……理解ある婚約者で嬉しいよ」
ライアンが少し驚いた顔をした後、頷きながら微笑む。それは一見すると仲の良い婚約者たちの、やり取りで。周りは微笑ましく2人を見ていた。
(本当に食えない男だわ……理解ある婚約者ね?)
——理解ある婚約者のままでいろ、と。
リュミリアにはライアンの副音声が正しく届いていた。
別に、それに否やはない。彼自身が探すと言うなら、大いに結構だと思う。彼女の手間が省けるのだから。そうは思うが同時に、こうも成果がないことに不安も覚える。
(私を監視するために側に置き、自分で夜会を飛び回り、あの子を探す。……でも、それが上手くいかなかったら?)
彼はリュミリアが妨害したと思わないだろうか? そこまで愚かではないと思うが、かといってリュミリアだって彼を信頼しきれない。
(少し無理してでも、私も動くべきね……)
幸いにも仮初の婚約者……お妃教育はまだ始まっていない。連日の夜会の疲れにも少し慣れてきた。ライアンが得づらい、女性同士のコミュニティを使うことを考えながら、リュミリアはライアンの傍ら微笑み続ける。
「リュミリア、こちらへ。紹介したい者たちがいるんだ」
「はい」
ライアンに促され、リュミリアは次々と貴族たちへ挨拶をしていく。
——その時、視界に漆黒の髪が見えた気がした。
「……あら?」
少し離れた場所に、リュミリアは見覚えのある姿を見つける。
黒い髪に、黒い瞳——夜会用の美しいドレスは青。その胸元には、先日送ったブローチが飾られていた。
「……殿下。少し、お傍を離れても?」
「あぁ。……ソレイユ侯爵令嬢に用があるの? 随分、仲良くなったみたいだね。……行っておいで」
ライアンがノワールを見ながら頷いた。ここで拒否するのは得策じゃないと考えたのだろう。
リュミリアは、ノワールがライラではないことを彼に伝えていた。ライアンの本音としては、ノワールと仲良くするよりも、ライラを探して欲しいと思っているはずた。けれどリュミリアは、そんなライアンの気持ちよりも、ノワールとの交流を優先したかった。
踊るような足取りでリュミリアはノワールへと歩み寄った。
「ノワール様、ごきげんよう」
「……ごきげんよう、リュミリア様」
ノワールは、話しかけられると思わなかったとばかりに、少しだけ驚いたような顔をした。けれど、その表情はすぐに消えて、令嬢らしい美しい微笑みを浮かべる。もっと、お茶会の時のように自然な笑顔が見たいと思いつつ、それが、この場で難しいこともリュミリアは理解していた。
「先日はありがとうございました。とても楽しかったですわ」
「こちらこそ、楽しい一時でした。……素敵なものまで頂いて」
ほんの少しだけ、ノワールの声が柔らかくなって、その指先がブローチに触れる。それを見て、リュミリアは自然と笑顔を浮かべた。
「今日も、そのブローチを付けてくださったのですね、嬉しいです」
「えぇ、貴女に貰った、大切なものですから」
リュミリアの柔らかな笑顔を見て、ノワールの胸も温かくなる。
彼も先日の庭園での時間が思い出していた。
穏やかな2人で過ごした午後、他愛のない話。
——そして、彼だけのために作られた魔術具。
「ふふ。嬉しいですわ」
リュミリアは本当に嬉しそうだった。そこに1人の青年が近づいてきた。大地の色をした髪がシャンデリアに煌めき、若葉を思わせる緑の瞳が印象的な青年だった。
「よう、リュミリア嬢」
「……ガイアス様、ご機嫌よう。……こちらはソレイユ侯爵家のノワール様ですわ。先日、お誕生日の夜会でお友達になりましたの。ノワール様、こちらはテラステラ伯爵家のガイアス様です」
「……あぁ、ソレイユ侯爵家の。先日は挨拶できなかったが、ここで、ご挨拶させてください。ガイアス・テラステラと申します」
「……ノワール・ソレイユです」
リュミリアと随分親しい様子のガイアスに、ノワールの胸は騒めいた。それを押し隠しながらノワールは仮面のように笑う。
「……今日はそろそろ失礼いたします」
「……えぇノワール様。その……また、お茶会にお招きしても、よろしいですか?」
「……えぇ、もちろん」
突然よそよそしくなったノワールに、リュミリアが尋ねる。自分のことで不安そうな表情になった彼女に、ノワールはどこか暗い喜びを覚える。彼が、それを押し隠すように頷くと、リュミリアはホッとしたような顔をした。
「それでは、また」
優雅に礼をしてノワールは夜会を後にした。
今別れたばかりだと言うのに、早く彼女にまた会いたかった。




