4.秘密
「よろしくお願いいたしますわ!」
リュミリアがキラキラと目を輝かせて笑うと、ノワールはほんの少しだけ口の端を上げた。
友人——その言葉が、妙にくすぐったい。
これまでノワールの周囲にいた者たちは、彼をソレイユ侯爵令嬢として扱ってきたし、彼自身もそう生きてきた。
闇属性を持つことも、男として生まれたことも、病弱ではないことも秘密で。全ての秘密を知っている者はごく僅かで。そのごく僅かな人たちすら、その秘密を口にすることはタブーだった。
けれど、目の前の少女は違う。全てを知った上で、友人になろうと言ってくれたのだ。
「……では、私からも一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「……今夜の私の失態は、どうか忘れてください」
ノワールが唇に人差し指を当てるとリュミリアは首を傾げる。
「あら……それは、難しいお願いですわね」
リュミリアは少し考えるように、唇に手を当てると、真っ直ぐとノワールを見返す。ノワールが、その表情に警戒を滲ませると、彼女は慌てたように首を振った。
「もちろん、あなたの秘密を、誰にも言うつもりはありません。けれど、忘れたくはないのです。せっかく初めてのお友達になった方との思い出ですもの」
リュミリアが困ったような顔で言うと、ノワールの瞳が揺れた。それを見てリュミリアは微笑む。
「だから、いくらノワール様のお願いでも、忘れるつもりはありませんわ。ノワール様にも、覚えていて、一緒に秘密にして欲しいのです」
「それは……」
ノワールは言葉を止めた。リュミリアの言葉に、胸の奥が、妙に、さざめいた。
(結果は同じ。……ただの言葉遊びです)
ノワールは自分に言い聞かせると、静かに頷いた。
「……分かりました」
「ふふっ。よろしくお願いいたしますわ」
リュミリアの笑顔を見て、ノワールの口角がほんの少しだけ上がる。
そのときだった。
「リュミリア」
背後から、よく通る声が響いた。
二人が振り返ると、バルコニーの入口にライアン皇太子が立っていた。
室内にいた時と変わらない、穏やかな笑みを浮かべている。けれど、目はリュミリアとノワールを静かに観察していた。
「こんなところにいたのかい?」
「申し訳ありません、殿下。ノワール様と少しお話をしておりましたの」
「そうか……随分と仲良くなったようだね」
ライアンの言葉にリュミリアは抑えきれないように笑みを浮かべる。
「ええ! つい先ほど、お友達になりましたの」
「……友達?」
「はい! 初めてのお友達ですのよ!」
リュミリアは侯爵令嬢だ。身分の釣り合う者も少なかったし、領地で過ごすことも多く、庇護する者はいても、今まで友人には恵まれなかったのだ。
「それは良かったね、リュミリア。ノワール嬢、彼女と仲良くしてくれると嬉しいよ」
「……勿体ないお言葉です、殿下」
ノワールは優雅に礼をした。それは完璧な令嬢の姿だった。
リュミリアはその変化に少し感心する。
(すごいですわ……)
リュミリアも先程のことがなければ、ノワールを男性と疑うことはなかっただろう。
「さて、リュミリア、君を探していたんだ。そろそろ戻ろうか」
「まぁ、まだ少しノワール様とお話したいのですけれど……」
「残念だけれど、今夜は君に紹介したい相手がまだいるんだ」
「……そうでしたわね」
リュミリアは渋々頷いた。
「それでは、ノワール様。失礼いたしますね」
「ええ。……また、お話しできるのを楽しみにしています」
「私もですわ!」
リュミリアはライアンの差し出した手を取った。歩き出す直前、ふとノワールを隠れ見る。
ノワールは一人、バルコニーに残っていた。先ほどまでの柔らかな表情は消え、静かにリュミリア達を見つめていた。
(……心配ですわね)
同じ日に暗殺者がくることはないだろうと、リュミリアの理性は告げていた。けれど、やっぱり心配は尽きない。
「どうしたんだい?」
「……何でもありませんわ」
隣から聞こえたライアンの声に、リュミリアは思いを隠すように笑顔を貼り付けた。ライアンも、いつもと同じ笑顔で、貴族たちへの対応を再開した。
「リュミリア、こちらの方が、君にぜひ挨拶をしたいそうだ」
ライアンに促され、リュミリアは目の前の貴族へと向き直った。いつものように令嬢の笑みを貼り付ける。
「初めまして。フォルテリア侯爵家のリュミリアと申しますわ」
「これは……先日、成人なさったとか。おめでとうございます」
こうして、長い夜会は再び始まった。
けれどリュミリアの頭の片隅から、ノワールのことは離れることはなかった。




