17.贈り物
それから、数日が経った。
ようやく完成した魔術具を前に、リュミリアは小さく息を吐く。
机の上には、二つのブローチが並んでいる。
一つは、以前ノワールへ贈ったものとよく似た、黒い宝石を嵌め込んだ金のブローチ。もう一つは、それよりも一回り大きく、青い色の宝石が嵌め込まれている。
「……これで、よし」
何度も魔力を流し、魔術印の反応を確認してきた。以前のものよりも複雑で、強くなった魔術具に満足する。
攻撃を防ぐための魔術具……そして、毒などの異常を浄化するための魔術具。
ライアンの助言に従って二つに分けることで、満足する出来になった。
「……今度こそ、あなたを、守れますように」
リュミリアは、黒い宝石へそっと触れる。
最後に魔力をギリギリのラインまで込め直して、二つのブローチを小箱へ収め、立ち上がった。
向かう先は、ノクトス公爵家……今、ノワールが保護されているレイラの実家だった。
————
「……リュミリア様?」
出迎えた使用人に案内され、リュミリアは部屋へ入る。
そこには、以前と変わらぬ様子のノワールがいた。いや、黒い髪は艶やかさを増し、顔色が以前より良い。それはノクトス公爵家でノワールが手厚く保護されていた証で、リュミリアはほっとした。
「ノワール様、お久しぶりです」
「……本当に久しぶりですね」
ノワールの声は、いつものように静かだった。
けれど、ほんのわずかに、その声が硬い。
「……本当にご無沙汰してしまいました」
その態度も仕方ないと思いながらもリュミリアのが曇ると、ノワールは静かに目を伏せた。
「……お元気そうで、安心しました」
「……ノワール様も。体調はいかがですか?」
「問題ありません。おかげさまで毒の影響もありません」
「よかった……」
リュミリアは、ほっと胸を撫で下ろす。
ノワールはそれ以上何も言わず、ただ、じっとリュミリアを見つめる。その様子にリュミリアは首を傾げた。
「……どうして」
ぽつりと、ノワールが零した。小さな、小さな声だった。
「……どうして、会いに来てくれなかったのですか?」
リュミリアの胸が、きゅっと痛む。言い訳ならばあった。魔術具を作るために、毎日、それこそ倒れるまでリュミリアは奔走していた。けれど、それが言い訳であることも理解していた。
(……私は、本当は怖かった)
毒のことでリュミリアを責める人ではないとは分かっている。けれど、それでも怖かったのだ。会いたいと望んで、ノワールに拒絶されるのが。だから、魔術具が出来るまではと、リュミリアは再会を引き延ばした。拒絶されても、魔術具の話をすれば、ノワールなら最後に一度は会ってくれるだろうと、打算した。結局、その奥の手を使わなくても、彼はリュミリアに会ってくれたのだけれど。
「……私が、何か……貴女の気に触ることをしてしまったのでしょうか……?」
「いいえ! 違います! 私は……あなたを危険に晒しました。……そのことで、あなたに嫌われるのではないかと……怖かった」
ノワールの言葉にリュミリアは慌てて首を振った。彼は、そんな風にいつも、自分が悪いと思わされてきたのだろうか。そんな彼に、独りよがりな思いで、会いに行かなかったことを、リュミリアは後悔した。
「でも、もっと早く会いにきて、謝罪すべきでした。申し訳ありません、ノワール様」
「……いいえ、ならば良いのです。私が貴女を不快にしてなくて良かった」
少し表情を綻ばせたノワールが、何かに気づいたように眉を寄せた。
「……リュミリア様、お痩せになりましたか?」
心配そうな声にリュミリアは首を傾げる。確かに、ここのところ魔術具の調整に忙しく食事を抜くこともあった。けれど彼女にしてみれば、良くあることで気にしていなかった。
「……少しだけ、魔術具の研究に夢中になってしまって」
「魔術具の研究……?」
「えぇ」
リュミリアは小さく頷き、それから持ってきた箱を取り出した。
「……今日はノワール様に、その魔術具を、お贈りしたくて来たのです」
「……私のために?」
「えぇ」
持参した箱の蓋を開ける。そこには、リュミリアが完成させた二つのブローチが並んでいた。ノワールの瞳が、わずかに見開かれる。
「以前お渡しした魔術具では、毒を防ぐことができませんでした。あのブローチは、外部からの物理的な攻撃を一度だけ防ぐためのものですから。今回のように、体内へ入った毒には反応しなかったのです……」
「リュミリア様……」
「苦しい思いをさせて、申し訳ありませんでした。私が、もっときちんと考えていれば良かったのです。ですから、今度はこちらを……」
リュミリアは二つのブローチに視線を向ける。
「攻撃を数回防ぐものと、毒を防ぐものです。合わせて使えるようにデザインは揃えましたし、別々に使うことも可能です。また以前のものと違い、光魔力を補給することで繰り返し使えます」
「……リュミリア様……貴女からの贈り物は、大変嬉しく思います。貴女が時間をかけ、努力してくれたことも感謝しています。けれど……あれは貴女のせいではないのです。……私などのために、貴女が苦労する必要はないのです」
小さく呟くようなノワールの言葉は震えていて、リュミリアの体を案じてくれているのが痛いほど伝わってきた。けれど私などというセリフをリュミリアは見逃せなかった。
「私、貴女のためだからこそ努力をして、多少の無理を押し通しました。私など、なんて悲しいこと、言わないでください、ノワール様」
「リュミリア様……貴女が会いに来れなかったのは、このためだったのですね。私は、貴女に迷惑をかけ、失望させ、避けられたのかと思っていました……」
「そんなこと、絶対にありません。でも……私たち、また同じ気持ちだったのですね」
「そうですね」
ふわりと泣きそうな顔で笑ったリュミリアに、ノワールも柔らかく笑う。その笑顔を見て、やっぱり彼を守りたいとリュミリアは思った。……同時に、この笑顔を守る方法を思い付いてしまった。ついでに自分の思いにも。
(私……ノワール様が好きなのだわ)
気づくと同時にリュミリアの思いは口から溢れていた。
「……ノワール様、私と結婚しませんか?」
「……は?」
目を見開いたノワールがリュミリアを見つめる。事前に何の情報もない彼には、さぞかし驚いたことだろう。けれどリュミリアの中ではパズルのように全てが当てはまっていく。守る方法が出来上がっていく。どこまで話して良いか悩み、レイラとライアンが無事想いを伝え合った辺りは、後日許可を得てからにしようと思いながらリュミリアは口を開く。
「実は皇太子殿下との婚約が、もうすぐ解消されるのです。フォルテリア侯爵家に婿に来て頂くのも良いですけれど……私のオススメはノワール様にソレイユ侯爵家の嫡男として、私を妻にして頂く方ですね。その方が、ソレイユ侯爵家を断罪できますもの」
「……リュミリア様?」
「もちろん、フォルテリア侯爵家に来て頂いても大切にしますし、出来る限り報復はしますけど」
ニコリと笑ったリュミリアに、ノワールは戸惑ったままだ。彼としては初めての友人であるリュミリアが、自らを犠牲にして報復しようとしているようにしか見えなかった。
「……ソレイユ侯爵家に危険を冒して来てもらうよりは、フォルテリア侯爵家に婿入りの方が良いとは思いますが。……リュミリア様は、それで良いのですか?」
「あら、もちろん。この結婚は私の望むもので……あぁ、まだ言ってませんでしたね、ノワール様。私、あなたを愛してます」
目を白黒させ、微かに頬を染めるノワールが可愛らしく愛おしい。リュミリアはニコニコとそれを眺めながら、彼がどちらを選んでも良いように計画を考え始めた。




