18.今を生きる
——豪華で煌びやかな夜会ではなく、ライアン皇太子の自室で、静かにその婚約解消は行われた
「リュミリア・フォルテリア侯爵令嬢。これで君との婚約を解消する」
満足そうなライアンと、同じく満足そうにリュミリアは微笑んだ。
(やっと婚約破棄できたのね!)
正確には穏便な婚約解消ではあるのだが。リュミリアの中では、長らく破棄を望んでいた婚約なので、今日くらい婚約破棄と呼んで喜んでも良いだろうと思った。
柔らかなソファに、ゆったり凭れ掛かりたい気分になりながらリュミリアは、ここまでの長い道のりを思い出す。出来れば、このままゆっくりと身を沈めていたいところだ。
けれど、まだそれは許されない。
——最後の仕上げが残っていた
「では行こう、リュミリア」
「はい、ライアン様」
「……その前に、一つだけ確認しておきたい」
「何でしょう?」
「本当に、これでいいんだね?」
ライアンの問いに、リュミリアは迷いなく頷いた。
「えぇ、もちろん」
この婚約は、最初から二人にとって必要なものだった。
ライアンには前世の恋人を探すために、自由に動ける理由——婚約者が必要だった。リュミリアもまたライラに贖罪するため、彼女を探したかった。
その目的は無事に終わり、リュミリアもライアンも愛を見つけ——愛した人の側にいることを望めた。それだけで、この契約婚約をした甲斐もあるというものだ。
「今度こそ、私たちはそれぞれの人生を歩めますもの」
「……そうだね」
ライアンが、静かに笑った。
「君にも、待っている人がいるしね」
「……まぁ」
思い浮かんだ黒髪の青年に、リュミリアの頬が僅かに緩む。
「ライアン様こそ、レイラとお幸せに」
「あぁ。……さて、その為にも頑張るとするか」
「えぇ」
二人は大広間に向かう。
————
大広間には帝国中の主要な貴族たちが集められていた。そこにライアンの声が響く。
「このたび、皇太子である俺、ライアン・ノクティスとリュミリア・フォルテリア侯爵令嬢との婚約を、正式に解消する」
ざわりと広間の貴族たちが、さざめき揺れる。
皇太子と侯爵令嬢……しかも、これまで何度も夜会に連れ立って仲の良い姿を見せていた二人である。広間は驚きに包まれていた。
何か問題が起きたのか……そんな言葉が飛び交うより早く、ライアンは再び口を開く。
「そして、改めて発表する」
ライアンが広間に視線を向けると、静かにレイラが彼の隣へと歩み寄った。
「俺の婚約者として、ノクトス公爵令嬢レイラとの婚約を宣言する」
大きな、どよめきが起こった。ノクトス公爵家は名門だ……それもフォルテリア侯爵家よりも歴史ある家で、この場で否と言えるものはいない。けれど普通、こういう宣言は、もっと根回しをして行われるものだ。
「俺がこの婚約を隠していたのは、誰かがレイラの命を狙っているという情報を掴んだからだ。そこで俺は身代わりの婚約者となるよう、フォルテリア侯爵令嬢リュミリアに頼んだ」
ライアンとレイラ、リュミリア、ノワールで立てて、王家、フォルテリア侯爵家、ノクトス公爵家に許可を得た嘘の筋書きを、さも本当であると言うようにライアンが告げる。
「私なら、侯爵家で戦闘訓練も受けておりますし、治癒の光魔法も使えます。なので、お二人のために協力することにしました」
ニッコリと補足するようにリュミリアが言う。こういう時は虚勢も大事だ。
自分たちの未来を掴み取るために、ここで嘘だとバレる訳にはいかない。
「結果、ソレイユ侯爵令嬢オリアンヌを、ノクトス公爵令嬢レイラ、フォルテリア侯爵令嬢リュミリア、ならびにソレイユ侯爵令息ノワールの毒殺未遂の罪で捕らえることが出来た」
またざわりと大広間の中が、さざめき揺れる。正確にはオリアンヌが狙ったのはノワールの命だけだったのだろう。けれど、結果として毒の紅茶はレイラとリュミリアにも振る舞われた。他家の……それも皇太子の婚約中のリュミリアや、公爵家のレイラを害そうとした罪は重い。ソレイユ侯爵家が断絶されても、おかしくないほどには。
「その罪ゆえソレイユ侯爵の代替わりを命じる。現侯爵家の者たちの処断は、新たなソレイユ侯爵に委ねよう。新しいソレイユ侯爵はノワール・ソレイユを叙爵する」
すっと、黒髪の麗しい青年が貴族たちの中から進み出た。見知らぬ青年の登場に貴族たちの、ざわめきは広がる。
「皆さん、ご機嫌よう。ソレイユ侯爵を賜りましたノワール・ソレイユです」
「……ソレイユ侯爵令嬢?」
「でも、あのお姿は?」
耐えられなくなった貴族たちの騒めきに、ノワールは表情を曇らせて見せた。
「……私は闇属性を持つ故に、ソレイユ侯爵家では冷遇されてきました。それでも命を奪われることなく生きてこられたのは、亡き母が私を女として育て、侯爵家の継承権を下げてくれたからです」
ノワールは別に貴族たちの言葉に傷ついたわけではなかった。少しでも彼らの同情を買い、味方につけ、自分たちの有利に話を進めるために、その麗しい顔を曇らせる。不遇な侯爵令息の話を、貴族たちは案の定、可哀想だという表情で聞く。
続きはライアンが継いだ。
「リュミリアから、彼の現状を聞いた時は、なんと嘆かわしいことかと思った。我が国は遠い昔より、闇属性の重要さを知り尊重し、ここまできた。それを未だ拒んできたソレイユ侯爵家の再生のためにも、ノワール・ソレイユ侯爵令息が新しい侯爵に相応しいと、俺は思う」
断絶よりも、よほど優しい断罪に貴族たちも頷く。
「とはいえノワール・ソレイユ侯爵令息は、まだ年若く、後見役が必要だ。エリオス・フォルテリア侯爵をその任につけ、フォルテリア侯爵令嬢リュミリアとの婚約をここに認める」
ソレイユ侯爵家の後見にフォルテリア家がついたことを、ライアンが大々的に宣言する。貴族たちはライアンの信を得て、契約婚約していたリュミリアの夫となるノワールが、今後帝国で重用されるだろうと理解する。
ノワールは貴族たちの視線を静かに受け止めている。けれどリュミリアには分かった。ほんの少しだけ、彼の手が緊張に震えていることを。リュミリアはその手に、そっと自分の指を重ねる。
「……大丈夫です、私が側にいます」
「……はい」
ノワールが平静取り戻した穏やかな声で答える。
家族の処断に侯爵家の取りまとめと、これから沢山の仕事がノワールを待っているだろう。その道は決して平坦ではない。それでも、今、彼は自分で未来を選べる立場になった。
凛と貴族たちを見る黒い瞳は、以前よりずっと強い。
「……ありがとうございます」
ノワールの声は小さかったのに、リュミリアへと確かに届いた。
その言葉にリュミリアはここに辿り着けた幸せを噛み締める。
前世に縛られ、罪悪感に潰れそうな日もあった。
それでも最後には、自分自身の人生を選ぶことができた。
リュミリアは柔らかく笑って隣にいるノワールを見上げた。ノワールも、こちらを見る。
「……リュミリア様」
「はい?」
「これからも、私の隣にいてくださいますか?」
「えぇ、もちろんですわ」
今度は誰かに決められた婚約ではない。誰かを探すための契約ではない。前世の贖罪ではない。
ただ、リュミリアが望んだ婚約だ。
ノワールを巻き込んでしまったことだけは申し訳なく思っているが、だからと言って諦めるつもりはない。
(私って、やっぱり悪女かもしれないわね?)
ふと、そんなことをリュミリアは思う。
同時に、彼を手に入れるためなら3度目も悪女で構わない、なんて思いながら。今度はこの婚約を解消されないように願いながら。彼の側で幸せを守りたいと祈りながら。
——リュミリアは今を生きていく
本日は2回更新となっています
(こちらが2度目で最終回です)
リュミリアたちの前世の話が『闇王女〜』なので、良ければそちらもご覧いただけると嬉しいです
(ライラが主人公の話です)
それでは最後まで、ご愛読ありがとうございましたm(_ _)m
評価頂けると今後の励みになりますm(_ _)m




