逃避行前日
昨日の夜はまるで寝られなかった。安眠することを許されなかったような、訪問者がいた。結局なにも進展することはなかった。
「連れ出してくれればよかったのに。」
自由に外に足を踏み出すことができるくせに、喉の楽器を少し鳴らして、生き物が共通で持つ窓を開いて、憂えた硝子玉を微妙に下に向ける。今日も憂鬱な、強くて甘ったれな日が始まる。資料室の窓を見れば、息が詰まるような変わらないどんよりとした赤い空。聞こえるのは相変わらずうるさい機械業務の旋律。
「誰だったんだろうな。」
1人でまたぽつりと呟いてしまう。資料室の本を読む気にはなれなかった。かと言って外に出る気にもなれなかった。それならば孤児院内を歩き回ろう。写真機を移動させるかのように、自分の足で歩いて1番いい動画を脳みそに留めさせて、白い紙に描くのだ。実はそれが1番良い…写実的な物になるのかもしれない。実物と本当は全然違っても記憶のそれは本物なのだ。自分の中では本物だったのだ。
そんなことを思いながらよくよく目を回して孤児院内を眺めていく。石英で出来た、少し薄汚れた柱や壁が同じデザインで、等間隔は均一に作られている。それは結構質素なもので、昨日見た人影と似たようなものを感じた。ふと、肩に手が置かれた。
「よお。何してるんだ?」
見上げるとアゼル先生であった。相変わらず表情は見えない。まるで靄がかかったように見えないのだ。でも口元だけは信用を与える。
「お前も綺麗だと思うのか?薄汚れた孤児院が。」
アゼル先生は徐ろにポケットから紙タバコを取り出す。そして、タバコにライターで火をつけるところで我に返る。
「先生!!室内禁煙ですよ!!」
アゼル先生は猫のようにビクッとしながらタバコを焦ったようにしまう。
「あぁ…悪かった。教えてくれてサンキューな。」
そう言って俺の頭を撫でる。まるで外に行ってそのまま帰ってこないとでも言いたげなように。
「先生!先生は…」
口ごもってしまった。外に出てどこかに行くとは限らない。もし職員の業務で、室内にいるんだとしたらきっとアゼル先生は困ってしまう!
「…なあ、セレジア。もう外には無断で出るなよ。」
口ごもったことには指摘せず、昨日やったことを注意される。
「…はい。」
そう答えるしかないであろう。どうしても目を逸らしたくなった。廊下の曲がり角に縄が置いてあったのを視認した。




