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第9話 肝試し本番の悲鳴事件

肝試し当日、旧校舎の廊下には、いくつもの手作りランタンが並んでいた。


 石灰で描かれたコースの矢印も、あの一年生実行委員の手で、きれいに描き直されている。


「思ったより、ちゃんとした企画になったね」


 和奏が言うと、生徒会の女子生徒がうなずいた。


「準備、みんなで手伝ってもらって助かりました」


 部室の六人は、今日は運営側として、コースの途中にある「チェックポイント」の担当をすることになっていた。


 彩羽は、担当場所を聞いた瞬間から、顔色が悪かった。


「べ、別に、この配置に文句はない」


「まだ何も言ってないよ」


「言われる前に言っておいた」


 信吾は懐中電灯を片手に、決め顔を作っていた。


「俺は先頭グループの案内役だ。カッコいいところを見せてやる」


「一番目立つ役、自分から立候補してたもんね」


 大地は、チェックポイントに置く用のお菓子を大量に持ってきていた。


「参加者に配るお菓子、これでいいよね」


「量、多すぎない?」


「余ったら、ぼくが食べるから大丈夫」


「その発想がすでに事件だと思う」


 優助は、暗がりの中でも変わらず静かにコースの確認をしていた。


「あの、僕は、最終チェックポイントを担当します」


「一番奥の、一番暗いところだよね」


「はい。得意なので」


「頼もしいけど、少し怖いね、その頼もしさ」


   ◇ ◇ ◇


 肝試しが始まると、生徒たちは二人一組になって、旧校舎のコースを進んでいった。


 和奏は、コースの中間地点で、彩羽と一緒に立っていた。


「彩羽、大丈夫?」


「べ、別に、大丈夫に決まってる」


「声、震えてるけど」


「気のせいだ」


 しばらくすると、廊下の奥から、参加者たちの楽しそうな悲鳴が聞こえてきた。


「きゃー!」「うわっ、脅かすなよ!」


 そのたびに、彩羽の肩がびくりと跳ねた。


「彩羽、震えてる」


「震えてない」


「震えてるよ」


「これは武者震いだ」


「その言い訳、無理があるよ」


 そのとき、コースの奥から、これまでとは違う種類の悲鳴が聞こえた。


 短く、鋭い、本当に驚いたような声だった。


「今の、なんか違う気がする」


 和奏が言うと、彩羽の表情が、一瞬で真剣なものに変わった。


「本当だ。楽しんでる声じゃない」


 二人は声のした方向、最終チェックポイントの近くへ走った。


   ◇ ◇ ◇


 到着すると、そこには、一人の女子生徒がしゃがみ込んでいた。


 二年生らしき参加者で、隣にいたはずのペアの相手は見当たらない。


「大丈夫ですか」


 和奏が駆け寄ると、女子生徒は震える声で答えた。


「ペアの子と、はぐれちゃって……。それで、暗い中で急に足音がして、悲鳴出しちゃいました」


 優助が、少し離れた場所から静かに近づいてきた。


「あの、大丈夫ですか」


「わっ!」


 女子生徒は、また小さく飛び上がった。


「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは……」


 優助が申し訳なさそうに謝る。


 和奏は、状況を整理した。


「つまり、悲鳴の原因は、はぐれたことと、優助が急に現れたこと?」


「たぶん、そうだと思います……」


「優助、いつからそこにいたの」


「最初から、このチェックポイントにいました」


「気配、消えすぎだよ」


 彩羽が、女子生徒の肩にそっと手を置いた。


「一人ではぐれるの、怖かったよな」


「はい……。本当に怖くて」


 彩羽は、いつになく落ち着いた声で言った。


「私が、ペアの子を探すの、手伝う。一緒に来てくれ」


「彩羽、大丈夫なの」


 和奏が聞くと、彩羽は少し強張った顔で、それでもうなずいた。


「怖がってる人がいるのに、私が怖がってる場合じゃないだろ」


 その言葉に、和奏は少し驚いた。


「彩羽、かっこいいこと言うね」


「べ、別に、当たり前のことを言っただけだ」


   ◇ ◇ ◇


 彩羽と和奏、女子生徒の三人で、旧校舎の廊下を戻りながら、はぐれたペアの相手を探した。


 彩羽は、時折、廊下の暗がりに視線を送りながら、それでも前に進み続けた。


「な、なあ、和奏」


「何?」


「話しかけててくれ。静かだと、余計に怖い」


「今、めちゃくちゃ怖がってるじゃん」


「怖がってるんじゃない。集中してるだけだ」


「集中って、そういう震え方するものなの」


 しばらく歩くと、廊下の角で、しゃがみ込んでいるもう一人の女子生徒を見つけた。


「あっ、いた!」


 二人は無事に再会し、抱き合って喜んだ。


「よかった……。急に見えなくなって、心配で」


「わたしも、暗くて動けなくなっちゃって」


 彩羽は、その様子を見て、ほっとした顔をした。


「見つかって良かったな」


「ありがとうございます」


 二人の参加者は、深く頭を下げた。


   ◇ ◇ ◇


 肝試しが終わったあと、六人は旧校舎の廊下に集まった。


 美空がホワイトボードの代わりに、持ってきたメモ帳に大きく書いた。


『肝試し本番の悲鳴事件――解決』


 その下に、少し小さく付け加える。


『犯人・優助の気配のなさ。動機・いつも通り』


「動機って言うほどのことじゃないと思う」


 優助が控えめに言った。


「僕は、ただそこにいただけです」


「それが一番怖いんだよ」


 大地が笑いながら言った。


 彩羽は、まだ少し息が上がっていた。


「今日は、頑張ったと思う」


 和奏が言うと、彩羽は照れくさそうに視線をそらした。


「べ、別に、たいしたことはしてない」


「はぐれた子を助けに行ったの、かっこよかったよ」


「そ、そうか」


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「俺の案内グループは、全員、無事にゴールしたぞ」


「唯一まともな報告、今日はあったんだ」


「毎回まともだ」


「毎回、途中でカッコつけて転んでるけどね」


 旧校舎の外に出ると、夜の校庭には、まだ生徒たちの楽しそうな声が響いていた。


 美空は空を見上げた。


「今日は、宇宙人説も購買部説も出さなかったね」


「そうだね」


「たまには、こういう夏も悪くない」


「その一言、地味に染みるね」


 優助が、静かに言った。


「あの、彩羽さん、今日、格好良かったです」


「お、優助まで!」


「本当のことなので」


「か、からかうな」


 彩羽の声が、また少し裏返っていた。


 でも、その表情は、いつもより少しだけ、誇らしげだった。


 今日の放課後――いや、今日の夜も、事件は笑いながらやってくる。


 そして今回は、悲鳴の先に、誰かの勇気があった。

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