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第8話 肝試し会場の消えたろうそく事件

夏休みに入って最初の登校日、部室に集まった六人を待っていたのは、美空の宣言だった。


「肝試しをやろう」


「唐突すぎるよ」


 和奏が言うと、美空はホワイトボードに大きく「肝試し」と書いた。


「生徒会が、夏休み中に『サマースクール』っていう補習イベントをやるらしいの。そのあと、希望者向けに、旧校舎を使った肝試し企画があるって」


「本当にあるの、それ」


「生徒会の掲示板に貼ってあった」


 信吾が窓際で前髪を払った。


「肝試しか。俺が先頭を歩いてやろう」


「珍しくやる気だね」


「カッコいいところを見せる、またとない機会だ」


 彩羽の顔が、みるみる青ざめていった。


「か、肝試し……」


「彩羽、来た」


「べ、別に、行事自体には反対しない。ただ、参加するかどうかは、また別の話だ」


「絶対苦手なやつじゃん」


 大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。


「肝試し、お菓子持っていく?」


「暗闇でお菓子食べる発想、やめて」


 優助が控えめに手を挙げた。


「あの、旧校舎、夜は真っ暗になると思います。運営の生徒会が、事前に懐中電灯とか、ろうそくとか、準備すると思うんですけど」


「詳しいね」


「図書委員つながりで、生徒会の子から少し聞いてました」


   ◇ ◇ ◇


 サマースクールの日、六人は肝試しの準備を手伝うことになった。


 生徒会の担当者に会うと、開口一番、困った顔をされた。


「実は、ちょっと困ったことがあって」


「何かあったんですか」


 和奏が聞くと、生徒会の女子生徒は肩を落とした。


「肝試し用に用意していたろうそくが、五本、なくなってるんです。倉庫に保管していたはずなのに」


「五本も?」


「はい。昨日、確認したときは全部あったのに、今朝見たら、なくなってて」


 美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。


「霊」「肝試しを妨害する何者か」「購買部」。


「毎回、律儀に三つ考えるね」


「今回は、肝試しの霊が、道具を没収した可能性がある」


「肝試し前に霊が出るの、順番おかしくない?」


 彩羽は、生徒会室の隅で、できるだけ壁から離れて立っていた。


「べ、別に、この部屋が怖いわけじゃない。単に、肝試しの話をしてる部屋にいるのが落ち着かないだけだ」


「それ、結構怖がってるってことだと思う」


 信吾は腕を組んだ。


「これは、肝試しを妨害しようとする、対抗イベントの陰謀かもしれない」


「対抗イベントって何」


「たとえば、映画研究部の上映会とか」


「関係なさすぎる」


 大地はろうそくの保管場所を覗き込んだ。


「倉庫、鍵かかってた?」


 生徒会の女子生徒が答えた。


「かかってました。鍵は、生徒会室で管理していて」


「じゃあ、鍵を使える人が限られるってことだね」


 優助が控えめに言った。


「生徒会の人以外にも、先生が予備の鍵を持ってると思います。確認してみたほうがいいかもしれません」


   ◇ ◇ ◇


 六人は倉庫の周辺を調べることにした。


 倉庫は、旧校舎の一階、家庭科室の近くにあった。


 美空が床を見つめる。


「ここにも、白い粉がある」


「また粉砂糖?」


「今回は違う気がする」


 しゃがんで確認すると、それは粉砂糖ではなく、小麦粉のような、もっと粒の粗い白い粉だった。


 彩羽が匂いを嗅いだ。


「これ、石灰じゃないか。運動場のライン引きに使うやつ」


「なんでそんなところに石灰が」


「分からないけど、この粉の跡、倉庫から外に続いてる」


 跡をたどっていくと、旧校舎の裏庭に出た。


 そこには、白い線で、大きな矢印のようなものが描かれていた。


「これ、肝試しのコース案内じゃない?」


 和奏が言うと、生徒会の女子生徒が驚いた顔をした。


「これは、私たちが描いたものじゃないです」


「じゃあ、誰が」


 矢印の先を進むと、旧校舎の非常階段の下に、小さな人影があった。


 六人が近づくと、その人影は、慌てて何かを隠そうとした。


「あっ」


 振り返ったのは、一年生の男子生徒だった。


 手には、ろうそくを五本、抱えている。


「な、なんでもないです」


「それ、生徒会のろうそくだよね」


 和奏が言うと、男子生徒は観念したように肩を落とした。


「すみません、勝手に持ち出しました」


   ◇ ◇ ◇


 男子生徒は、生徒会の下級生で、肝試し企画の実行委員をしていると教えてくれた。


「委員っていっても、まだ何をすればいいか、よく分かってなくて。先輩たちに、コースの下見をしてくるように言われたんですけど、暗くなってからじゃないと、雰囲気が分からないと思って」


「一人で?」


「はい。先輩たちに聞いたら、また今度、って言われて。でも本番までに、ちゃんとしたコースを提案したかったんです」


 彼はろうそくを抱えたまま、うつむいた。


「ろうそくを勝手に借りたのは、コースの雰囲気を、実際の明かりで確認したかったからです。石灰は、体育倉庫から借りて、コースの目印にしようと思って」


「先輩たちに、相談してからやればよかったのに」


 優助が静かに言った。


 男子生徒はうなずいた。


「分かってます。でも、実行委員としてちゃんと動きたくて、焦っちゃいました」


 生徒会の女子生徒が、ほっとした顔で言った。


「勝手に借りたのはよくないけど、コースを考えてくれたこと自体は、すごく助かる。今度から、ちゃんと言ってくれたら、一緒に準備するから」


「はい……」


 彩羽が、少し離れた場所から声をかけた。


「一人で夜の旧校舎、怖くなかったのか」


「最初は怖かったです。でも、コースを考えてるうちに、だんだん平気になってきて」


「た、たいした度胸だな」


 声が、また少し裏返っていた。


   ◇ ◇ ◇


 その日の夕方、部室に戻った六人は、肝試しの正式な準備を手伝うことになった。


 美空がホワイトボードに大きく書いた。


『肝試し会場の消えたろうそく事件――解決』


 その下に、少し小さく付け加える。


『犯人・実行委員の一年生。動機・下見への情熱』


「動機、また優しいものだね」


 和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。


「肝試し霊説は、今回も使わなかったよ」


「使う機会、これまで一度もなかったよね」


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「俺の勘では、最初から人間の仕業だと分かっていた」


「対抗イベントの陰謀とか言ってたのに?」


「あれは仮説その一と、その二だ」


「毎回、番号だけは忘れないんだ」


 大地はせんべいの袋を開けながら言った。


「肝試し、当日、みんなで行く?」


「行こうかな」


 和奏がうなずくと、彩羽の顔が、また少し青ざめた。


「べ、別に、行かないとは言ってないぞ」


「無理しなくていいんだよ」


「無理はしてない。ただの、慎重な判断だ」


「その慎重さ、地味に好きだよ」


 優助が静かに言った。


「あの、肝試し、僕もちょっと楽しみです」


「優助が楽しみって言うの、また珍しいね」


「暗い場所は、割と得意なので」


「その言い方、地味に強すぎる」


 窓の外は、夏の夕方らしく、まだ明るさが残っていた。


 セミの声が、遠くから聞こえてくる。


 今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。


 そして夏休みの校舎にも、頑張る誰かがいた。

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