第7話 誰かが夜の学校にいるらしい事件
期末テストが終わり、もうすぐ夏休みという時期だった。
放課後、部室の窓から差し込む光が、少しずつ長くなっている。
依頼人は、用務員さんだった。
「また来ちゃったよ、特事研の出番」
「今度は何ですか?」
和奏が聞くと、用務員さんは真剣な顔で言った。
「夜、七時過ぎに、校舎の中に明かりが見えるんだ。もう先生たちも帰ってる時間なのに」
「泥棒とか、ですか?」
「それが、警備員さんが確認しても、何も盗まれてないし、誰もいないらしいんだよ。でも、次の日も、また明かりが見える」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「宿直の妖精」「購買部」。
「妖精って、今回、初めて出たね」
「季節によって仮説も変わる」
「変える基準がよく分からないよ」
彩羽は腕を組んで、わずかに視線をそらした。
「夜の校舎、か。あんまり得意な話じゃないな」
「彩羽、来た」
「べ、別に。単に、夜の学校って、電気代がもったいないと思っただけだ」
「その言い訳、無理があるよ」
信吾は前髪を払った。
「これは、警備の隙をついた何者かの潜入かもしれない」
「潜入して、何もしないで帰るの?」
「下見という可能性がある」
「何の下見」
「今後の犯行のための」
「その理論、いつも先走りすぎだよ」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「明かりって、どこの教室?」
「用務員さん、詳しい場所、覚えてますか」
和奏が聞くと、用務員さんは少し考えた。
「たしか、三階の理科室のあたりだったと思う」
優助が控えめに手を挙げた。
「あの、理科室には、水槽や植物の観察セットがあると思います。夏休み前は、世話をする係の生徒が、遅くまで残ることもあるかもしれません」
「まともな意見、今回もありがとう」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、六人は理科室の様子を見に行くことにした。
まだ日は落ちていないが、窓の外は少しずつオレンジ色になっている。
理科室に近づくと、確かに中に明かりが灯っていた。
彩羽が扉の前で立ち止まった。
「べ、別に怖くはないが、念のため、後ろから行く」
「毎回、同じセリフだね」
和奏が扉を少し開けると、中に一人の女子生徒がいた。
水槽の前にしゃがみ込み、何かを熱心に書き込んでいる。
「あっ」
女子生徒は六人に気づき、驚いた顔をした。
一年生の腕章をつけている。理科部の名札が見えた。
「すみません、勝手に電気をつけてました」
「怪しい人じゃないので、大丈夫ですよ」
和奏が言うと、女子生徒はほっとした様子で立ち上がった。
「わたし、理科部で、めだかの世話係をしてるんです。夏休み前に、水温とか、水質を記録しておきたくて」
「毎日、来てるんですか」
「はい。放課後、部活が終わったあと、少しだけ」
水槽の横には、几帳面な字で書かれたノートが置かれていた。
日付ごとに、水温、水の色、めだかの数が記録されている。
「すごく丁寧だね」
和奏が言うと、女子生徒は少し照れたように笑った。
「夏休みの間、めだか、大丈夫かなって心配で。先輩たちに任せることになってるんですけど、ちゃんと引き継ぎしたくて」
美空が水槽を覗き込んだ。
「めだかは、宇宙からのメッセンジャーという説がある」
「今回もそれ言うんだ」
「めだかの動きには、規則性がある」
「群れで泳いでるだけだと思う」
大地が水槽に顔を近づけた。
「かわいいね」
「食べる発想は出さないでね」
「食べないよ、生き物だし」
「その一言、少し安心した」
◇ ◇ ◇
女子生徒は、山田という名前だと教えてくれた。
「理科部、部員が少なくて。先輩たちも、夏休みは部活休みが多いから、わたしが記録を残しておかないと、水質が急に変わったときに、対応が遅れちゃうかもしれなくて」
「一人で背負い込まなくても、いいと思う」
和奏が言うと、山田は少しうつむいた。
「でも、去年、水温管理を怠って、めだかが何匹か死んじゃったことがあるらしくて。それを聞いてから、心配になってしまって」
優助が静かに口を開いた。
「一人で毎日記録するの、大変だと思います。もし良かったら、当番を分担する方法とか、考えてみませんか」
「当番、ですか」
「はい。曜日ごとに、担当を決めておけば、山田さんだけの負担にならないと思います」
山田は少し気まずそうな顔をした。
「分担っていう考え方は、もちろん浮かんでました。でも、去年の失敗のこともあるし、自分から『分担してほしい』って言い出すのは、なんだか押しつけてるみたいで、言いづらくて」
「顧問の先生に相談してみるといいと思います」
彩羽がうなずいた。
「一人で全部やろうとすると、続かなくなるからな」
「はい……」
信吾は水槽を覗き込みながら言った。
「めだかのために、毎日残るとは、なかなか根性があるな」
「根性というか、心配性なだけです」
「その気持ち、悪くないと思うぞ」
◇ ◇ ◇
翌日、山田は理科部の顧問に相談し、夏休み中の水槽管理を、部員で交代しながら担当することになったらしい。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『誰かが夜の学校にいるらしい事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・山田さん。動機・めだかへの責任感』
「動機、また優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「妖精説は、今回使わなかったよ」
「その気遣い、毎回してほしい」
彩羽は少し笑った。
「結局、夜の明かりの正体は、頑張ってる誰かだった、ってパターン、多いな」
「多いね。でも、悪くないパターンだと思う」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘では、最初から人間の仕業だと分かっていた」
「潜入者とか言ってたのに?」
「あれは仮説その一と、その二だ」
「毎回、律儀に番号つけるね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「夏休み、めだか、大丈夫かな」
「みんなで交代するらしいから、大丈夫だと思うよ」
窓の外は、すっかり夕焼け色になっていた。
優助が静かに言った。
「あの、夏休みの間も、この部、活動するんですか」
「たぶん、するんじゃないかな」
和奏が答えると、美空が目を輝かせた。
「夏こそ、七不思議の本領発揮の季節だよ」
「そのテンション、変わらないね」
「肝試しも計画すべきだと思う」
「彩羽が卒倒しそうだけど」
「た、倒れないぞ」
声が、また少し裏返っていた。
和奏は窓の外を見た。
もうすぐ、長い夏休みが始まる。
この六人と過ごす放課後が、もう少しだけ続くのだと思うと、悪くない気分だった。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして夏が来ても、きっと、それは変わらないのだろう。




