表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/60

第7話 誰かが夜の学校にいるらしい事件

期末テストが終わり、もうすぐ夏休みという時期だった。


 放課後、部室の窓から差し込む光が、少しずつ長くなっている。


 依頼人は、用務員さんだった。


「また来ちゃったよ、特事研の出番」


「今度は何ですか?」


 和奏が聞くと、用務員さんは真剣な顔で言った。


「夜、七時過ぎに、校舎の中に明かりが見えるんだ。もう先生たちも帰ってる時間なのに」


「泥棒とか、ですか?」


「それが、警備員さんが確認しても、何も盗まれてないし、誰もいないらしいんだよ。でも、次の日も、また明かりが見える」


 美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。


「霊」「宿直の妖精」「購買部」。


「妖精って、今回、初めて出たね」


「季節によって仮説も変わる」


「変える基準がよく分からないよ」


 彩羽は腕を組んで、わずかに視線をそらした。


「夜の校舎、か。あんまり得意な話じゃないな」


「彩羽、来た」


「べ、別に。単に、夜の学校って、電気代がもったいないと思っただけだ」


「その言い訳、無理があるよ」


 信吾は前髪を払った。


「これは、警備の隙をついた何者かの潜入かもしれない」


「潜入して、何もしないで帰るの?」


「下見という可能性がある」


「何の下見」


「今後の犯行のための」


「その理論、いつも先走りすぎだよ」


 大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。


「明かりって、どこの教室?」


「用務員さん、詳しい場所、覚えてますか」


 和奏が聞くと、用務員さんは少し考えた。


「たしか、三階の理科室のあたりだったと思う」


 優助が控えめに手を挙げた。


「あの、理科室には、水槽や植物の観察セットがあると思います。夏休み前は、世話をする係の生徒が、遅くまで残ることもあるかもしれません」


「まともな意見、今回もありがとう」


   ◇ ◇ ◇


 その日の夕方、六人は理科室の様子を見に行くことにした。


 まだ日は落ちていないが、窓の外は少しずつオレンジ色になっている。


 理科室に近づくと、確かに中に明かりが灯っていた。


 彩羽が扉の前で立ち止まった。


「べ、別に怖くはないが、念のため、後ろから行く」


「毎回、同じセリフだね」


 和奏が扉を少し開けると、中に一人の女子生徒がいた。


 水槽の前にしゃがみ込み、何かを熱心に書き込んでいる。


「あっ」


 女子生徒は六人に気づき、驚いた顔をした。


 一年生の腕章をつけている。理科部の名札が見えた。


「すみません、勝手に電気をつけてました」


「怪しい人じゃないので、大丈夫ですよ」


 和奏が言うと、女子生徒はほっとした様子で立ち上がった。


「わたし、理科部で、めだかの世話係をしてるんです。夏休み前に、水温とか、水質を記録しておきたくて」


「毎日、来てるんですか」


「はい。放課後、部活が終わったあと、少しだけ」


 水槽の横には、几帳面な字で書かれたノートが置かれていた。


 日付ごとに、水温、水の色、めだかの数が記録されている。


「すごく丁寧だね」


 和奏が言うと、女子生徒は少し照れたように笑った。


「夏休みの間、めだか、大丈夫かなって心配で。先輩たちに任せることになってるんですけど、ちゃんと引き継ぎしたくて」


 美空が水槽を覗き込んだ。


「めだかは、宇宙からのメッセンジャーという説がある」


「今回もそれ言うんだ」


「めだかの動きには、規則性がある」


「群れで泳いでるだけだと思う」


 大地が水槽に顔を近づけた。


「かわいいね」


「食べる発想は出さないでね」


「食べないよ、生き物だし」


「その一言、少し安心した」


   ◇ ◇ ◇


 女子生徒は、山田という名前だと教えてくれた。


「理科部、部員が少なくて。先輩たちも、夏休みは部活休みが多いから、わたしが記録を残しておかないと、水質が急に変わったときに、対応が遅れちゃうかもしれなくて」


「一人で背負い込まなくても、いいと思う」


 和奏が言うと、山田は少しうつむいた。


「でも、去年、水温管理を怠って、めだかが何匹か死んじゃったことがあるらしくて。それを聞いてから、心配になってしまって」


 優助が静かに口を開いた。


「一人で毎日記録するの、大変だと思います。もし良かったら、当番を分担する方法とか、考えてみませんか」


「当番、ですか」


「はい。曜日ごとに、担当を決めておけば、山田さんだけの負担にならないと思います」


 山田は少し気まずそうな顔をした。


「分担っていう考え方は、もちろん浮かんでました。でも、去年の失敗のこともあるし、自分から『分担してほしい』って言い出すのは、なんだか押しつけてるみたいで、言いづらくて」


「顧問の先生に相談してみるといいと思います」


 彩羽がうなずいた。


「一人で全部やろうとすると、続かなくなるからな」


「はい……」


 信吾は水槽を覗き込みながら言った。


「めだかのために、毎日残るとは、なかなか根性があるな」


「根性というか、心配性なだけです」


「その気持ち、悪くないと思うぞ」


   ◇ ◇ ◇


 翌日、山田は理科部の顧問に相談し、夏休み中の水槽管理を、部員で交代しながら担当することになったらしい。


 部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。


『誰かが夜の学校にいるらしい事件――解決』


 その下に、少し小さく付け加える。


『犯人・山田さん。動機・めだかへの責任感』


「動機、また優しいものだね」


 和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。


「妖精説は、今回使わなかったよ」


「その気遣い、毎回してほしい」


 彩羽は少し笑った。


「結局、夜の明かりの正体は、頑張ってる誰かだった、ってパターン、多いな」


「多いね。でも、悪くないパターンだと思う」


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「俺の勘では、最初から人間の仕業だと分かっていた」


「潜入者とか言ってたのに?」


「あれは仮説その一と、その二だ」


「毎回、律儀に番号つけるね」


 大地はせんべいの袋を開けながら言った。


「夏休み、めだか、大丈夫かな」


「みんなで交代するらしいから、大丈夫だと思うよ」


 窓の外は、すっかり夕焼け色になっていた。


 優助が静かに言った。


「あの、夏休みの間も、この部、活動するんですか」


「たぶん、するんじゃないかな」


 和奏が答えると、美空が目を輝かせた。


「夏こそ、七不思議の本領発揮の季節だよ」


「そのテンション、変わらないね」


「肝試しも計画すべきだと思う」


「彩羽が卒倒しそうだけど」


「た、倒れないぞ」


 声が、また少し裏返っていた。


 和奏は窓の外を見た。


 もうすぐ、長い夏休みが始まる。


 この六人と過ごす放課後が、もう少しだけ続くのだと思うと、悪くない気分だった。


 今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。


 そして夏が来ても、きっと、それは変わらないのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ