第6話 校庭に現れた謎の足跡事件
最初にそれを見つけたのは、朝早く登校していた用務員さんだった。
「校庭に、変な足跡があるんだよ」
放課後、部室にやってきた用務員さんは、スマートフォンで撮った写真を見せてくれた。
校庭の隅、砂の上に、大きな円と、そこから伸びる線がいくつも描かれていた。
「これ、絵?」
和奏が写真を覗き込むと、美空がすかさず割り込んだ。
「魔法陣だよ」
「また出た」
「古代の儀式の跡かもしれない」
「昨日まで普通の校庭だったのに?」
彩羽は写真を見て、わずかに眉をひそめた。
「これ、なんか、規則正しい図形だな」
「彩羽、今回は距離とらないんだ」
「絵や図形は苦手じゃない。苦手なのは、暗いところと、正体不明の音だ」
「地味に細かい分類だね」
信吾は写真を指さした。
「宇宙からの信号かもしれない」
「校庭に降りてくる理由がないと思う」
「宇宙人も、たまには地上の景色を見たくなるものだ」
「その発想、いつも謎に自信満々だよね」
大地はソファでせんべいを食べながら、写真を見て首をかしげた。
「これ、なんか、リレーのコースみたいだね」
「リレー?」
和奏が聞き返すと、大地はうなずいた。
「運動会のとき、こういう線、描いてなかったっけ」
優助が控えめに手を挙げた。
「あの、夏休みが明けたら、体育祭がありますよね。リレーのコース取りを、事前に確認する人がいてもおかしくないと思います」
「まともな意見、いつも優助からだね」
◇ ◇ ◇
放課後、六人は校庭に向かった。
問題の場所には、確かに大きな円と、放射状に伸びる線が描かれていた。
美空がしゃがみ込み、真剣な顔で図形を見つめる。
「これは、儀式の設計図だよ」
「体育祭のコースだと思う」
「儀式である可能性も、まだ捨てきれない」
「捨ててよくない?」
彩羽が図形の中心を指さした。
「この円、内側と外側で、線の太さが違う気がするな」
「本当だ」
和奏がしゃがんで見ると、内側の円は細い線、外側は太い線で描かれていた。
まるで、下書きと本番を重ねて描いたような跡だった。
「誰かが、何度も描き直してる」
大地が言った。
「体育祭の役員が、コースを確認しながら、線を引き直してるのかもね」
「でも、体育祭のコース取りは、体育の先生の仕事のはずだよ」
優助がそう言うと、六人は顔を見合わせた。
「じゃあ、先生じゃない誰かが、勝手に描いてるってこと?」
信吾が腕を組んだ。
「これは、体育祭を陰から操ろうとする、何者かの陰謀かもしれない」
「陰謀って言葉、大げさすぎない?」
美空が線をたどりながら歩いた。
「この線、校庭の端まで続いてるよ」
線は校庭の隅、体育倉庫の近くまで伸びていた。
その先に、小さな足跡が点々と続いている。
彩羽がしゃがみ込んで、足跡を観察した。
「この足跡、上履きだな。しかも、片方だけ、少し引きずってる」
「引きずってる?」
「怪我でもしてるのかもしれない」
◇ ◇ ◇
足跡をたどっていくと、体育倉庫の裏に、一人の女子生徒がしゃがみ込んでいるのが見つかった。
三年生の腕章をつけている。片方の足に、包帯が巻かれていた。
「あっ」
女子生徒は六人に気づき、慌てて立ち上がろうとして、少しよろけた。
「大丈夫ですか」
和奏が駆け寄ると、女子生徒はばつが悪そうな顔をした。
「すみません、変なものを描いてしまって」
「体育祭のコース取りですか」
「はい。私、体育祭実行委員の副委員長をしていて。リレーのコースを決める係なんですけど……」
彼女は言葉を濁した。
「実は、先週、部活動中に足首を捻挫してしまって。本当は、先生に任せればよかったんですけど」
「自分でやりたかったんですね」
「はい。今年のリレー、去年よりコースを工夫したくて、色々試してたんです。でも、うまく描けなくて、何度も引き直してました」
「毎日、来てたんですか」
「はい。放課後、みんなが帰ったあとに、こっそり」
「怪我してるのに?」
彼女はうなずいた。
「委員長に迷惑をかけたくなくて。でも、うまく歩けなくて、足を引きずりながら描いてたので、変な跡になっちゃったんだと思います」
優助が小さく息を吐いた。
「一人でやろうとしなくても、大丈夫だと思います」
「そうなんですけど……」
和奏はしゃがんで、彼女の足元を見た。
「無理して悪化したら、体育祭当日、動けなくなっちゃいますよ」
「それは、困ります」
彼女は少し笑った。
「実は、当日、選手として走る予定もあって」
「じゃあ、なおさら休まないと」
彩羽が真剣な顔で言った。
「無茶するの、良くないぞ」
「はい……」
◇ ◇ ◇
その後、六人は体育祭実行委員の委員長に事情を話し、コース決めを分担してもらうことになった。
「そうだったんですね。全然気づかなくて」
委員長は驚いた様子だった。
「一人で抱え込まなくていいのに」
「本人、みんなに迷惑かけたくなかったみたいです」
和奏が言うと、委員長はうなずいた。
「明日から、私も手伝います」
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『校庭に現れた謎の足跡事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・実行委員副委員長。動機・責任感』
「動機、また優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「今回、魔法陣説は使わなかったよ」
「かなり粘ってたけどね」
彩羽は少し笑った。
「結局、足跡の正体は、頑張ってる誰かだったってことか」
「その言い方、しみじみしてるね」
「べ、別に、しみじみしてなどいない」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘では、最初から人間の仕業だと分かっていた」
「宇宙人とか陰謀とか言ってたのに?」
「あれは仮説その一と、その二だ」
「番号つけるの、もう癖になってるね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「体育祭、楽しみだね」
「そうだね」
和奏はうなずいた。
優助が窓の外を見ながら、静かに言った。
「あの、僕も、体育祭、少し楽しみです」
「優助が楽しみって言うの、珍しいね」
「みんなで走るところ、見てみたいので」
「見るだけじゃなくて、一緒に走る種目もあるかもよ」
「それは、少し緊張します」
部室に、夕方の光が差し込んでいた。
窓の外では、体育祭に向けて、いくつかの部活が練習を始めていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回もまた、足跡の先には、頑張りすぎる誰かがいた。




