第5話 図書室の消えた本事件
その日の依頼人は、珍しく優助の知り合いだった。
図書委員仲間の女子生徒が、放課後、部室に顔を出したのだ。
「あの、優助くん経由で聞いたんですけど、ここで相談って、してもいいんですよね」
「うん、大丈夫だよ」
優助が答えると、女子生徒はほっとした顔で話し始めた。
「図書室の本が、一冊だけ、いつも同じ場所からなくなるんです」
「一冊だけ?」
和奏が聞き返すと、彼女はうなずいた。
「はい。『星の見える丘』っていう小説なんですけど、棚に戻したはずなのに、翌日にはまた別の場所に移動してて。貸出記録には、誰も借りてないことになってるんです」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「タイムトラベラー」「購買部」。
「今回、宇宙人じゃないんだ」
「たまには変化をつけたくてね」
「変化のつけ方が地味におかしいと思う」
彩羽が腕を組んだ。
「図書室か。あそこ、奥のほうが薄暗くて、あんまり得意じゃないんだよな」
「彩羽、また距離とってる」
「べ、別に。単に照明の話をしただけだ」
信吾は前髪を払った。
「本が勝手に動く、か。呪われた本かもしれないな」
「呪いにしては地味な現象だと思う」
「地味な呪いこそ、本物の証拠だ」
「その理論、毎回強引だよね」
大地はソファでせんべいをかじりながら首をかしげた。
「本、美味しくないと思うけど」
「食べる発想はいらないよ」
優助が控えめに言った。
「あの、その本、僕も知ってます。図書室で、割と静かな人気がある本で」
「優助が言うなら、間違いないね」
◇ ◇ ◇
放課後、六人は図書室に向かった。
放課後の図書室は静かで、窓から入る西日が本棚を照らしている。
彩羽は入り口で立ち止まった。
「べ、別に怖くはないが、静かすぎる場所は苦手だ」
「静かな場所は霊と関係ないと思う」
「静かな場所ほど、何かが潜んでいるものだ」
「潜んでないから」
問題の本棚は、文学コーナーの奥にあった。
美空がその一角をじっと見つめる。
「棚の並び、少し不自然だね」
「どこが?」
「隣の本より、少し前に出てる」
確かに、『星の見える丘』の隣に並ぶ本は、きれいに奥まで押し込まれているのに、その一冊だけ、わずかに手前に出ていた。
優助が本の表紙を見て、小さく声を上げた。
「これ、貸出カードの時代の本です。バーコード管理になる前の、古いタイプの本」
「貸出カードって何?」
和奏が聞くと、優助が本の裏表紙を開いた。
そこには、小さな紙のポケットが貼られており、日付と名前を書き込む古いカードが差し込まれていた。
「昔は、これに名前を書いて借りてたんです。今は使ってないカードですけど、この本だけ、まだ残ってました」
カードには、数年分の日付と名前が並んでいる。
一番古い日付の欄に、見覚えのある名字があった。
「月島……」
和奏が読み上げると、優助が驚いた顔をした。
「これ、僕の名字と同じ」
「親戚とか?」
「分からないです。でも、この字、誰かの……」
優助は言葉を濁した。
美空が横から覗き込む。
「これは重要な手がかりだよ」
「今回はちゃんと重要そうだね」
「この本の貸出履歴が、事件の鍵を握っている」
◇ ◇ ◇
図書室の司書の先生に話を聞くと、興味深いことが分かった。
「その本、実は数年前まで、よく借りられていたのよ。今はあまり借りる人がいないから、貸出記録に反映されていないだけで、誰かが読んでいるのかもしれないわね」
「誰かって、心当たりありますか?」
「最近、放課後に図書室へよく来る一年生の子がいるわ。いつも静かに本棚のあたりで過ごしてる子」
「その子に聞いてみます」
六人は図書室の隅、窓際の席に座っていた一年生の男子生徒を見つけた。
眼鏡をかけた、おとなしそうな生徒だった。
「あの、ちょっといいですか」
和奏が声をかけると、男子生徒はびくりと肩を震わせた。
「な、なんでしょうか」
「『星の見える丘』の本のこと、聞きたいんですけど」
男子生徒の顔が、みるみる赤くなった。
「……すみません、僕です」
「え?」
「本を、勝手に動かしてたの、僕です。借りずに、少しだけ、こっそり読んでました」
「借りればよかったのに」
和奏が言うと、男子生徒は視線を落とした。
「借りると、記録が残るから」
「記録が残るのが、嫌なの?」
「僕の兄が、この学校に通ってたんです。三年前に卒業したんですけど」
男子生徒はゆっくりと話し始めた。
「兄が、この本が好きで、よく貸出カードに名前を書いてました。僕、その字を見るのが好きで。でも、僕が借りると、新しいシステムの記録になって、兄の名前が書かれたこのカードには、もう何も残らないから」
優助が小さく息を吐いた。
「だから、貸出手続きをせずに、こっそり読んでたんですね」
「はい。棚に戻すときも、なるべく元の場所に戻そうとしてたんですけど、うまくいかなくて」
和奏は貸出カードをもう一度見た。
一番古い日付のところに書かれた「月島」という名字。
「あの、優助。これ、もしかして……」
優助はカードをじっと見つめていた。
「兄弟がいるとは、聞いたことないですけど……。同じ名字の人が、他にもいたのかもしれません」
「関係あるか、ないか、分からないんだね」
「はい。でも、なんとなく、他人事じゃない気がします」
優助は男子生徒に向き直った。
「その本、僕も好きです。もしよかったら、正式に借りて、堂々と読んでもいいと思います」
「でも、記録が……」
「記録が新しくなっても、この古いカードが消えるわけじゃないです。司書の先生に頼めば、大事に保管してもらえると思います」
男子生徒は少し驚いた顔をした。
「そう、なんですか」
「はい。読みたい本を、こそこそ読む必要はないと思います」
◇ ◇ ◇
司書の先生に相談すると、古い貸出カードは、記念として本の中に残しておくことになった。
「今の子たちの記録は、別のシートに書いてもらいましょうか」
先生の提案で、新しい紙のしおりを作り、そこに読んだ人が一言だけ感想を書けるようにすることになった。
男子生徒は、そのしおりに、少し照れくさそうに一文を書いた。
『兄が好きだった本を、僕も好きになりました』
美空はホワイトボードに大きく書いた。
『図書室の消えた本事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・一年生の男子。動機・兄への想い』
「動機、また優しいものになったね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「今回は霊のせいにしなかったよ」
「その成長、地味に嬉しい」
彩羽は図書室を出ながら、ほっとした様子だった。
「結局、静かな場所には、静かな理由があっただけか」
「その言い方、妙にしみじみしてるね」
「べ、別に、しみじみしてなどいない」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘では、最初から兄弟の絆が関係していると分かっていた」
「霊とタイムトラベラーとか言ってたのに?」
「あれは仮説その一と、その二だ」
「毎回番号つけるの、忘れないんだ」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「その本、ぼくも今度読んでみようかな」
「大地が本を読むところ、想像つかないよ」
「食べながらなら、読めるかも」
「集中できないと思う」
部室の窓から、夕方の校庭が見えた。
運動部の掛け声が、風に乗って聞こえてくる。
優助は静かに、貸出カードのコピーを見つめていた。
「あの、和奏さん」
「どうしたの?」
「僕も、今度、この本を借りて読んでみようと思います」
「いいね。感想、教えてよ」
「はい」
優助は珍しく、少しだけ笑っていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回もまた、静かな場所には、静かな理由があった。




