第4話 体育館のボールがなくなった事件
依頼人は、バスケットボール部のマネージャーだった。
放課後、部室に飛び込んでくるなり、開口一番にこう言った。
「ボールが消えるんです!」
「またプリンじゃなくて?」
和奏が思わず聞き返すと、マネージャーは真剣な顔で首を振った。
「プリンじゃなくて、バスケットボールです。用具庫に入れておいたはずのボールが、朝になると一つ減ってるんです」
「それは大変だね」
「三日連続で、一個ずつ。合計三個、なくなりました」
美空がホワイトボードの前に立ち、丸を三つ描いた。
「霊」「宇宙人」「購買部」。
「またその三択なんだ」
「実績のある仮説だからね」
「実績があった試しはないと思う」
彩羽が腕を組んだ。
「用具庫か。あそこは去年、埃っぽくて薄暗かった記憶があるな」
「彩羽、また距離とってる」
「べ、別に。単に感想を言っただけだ」
信吾は窓際で前髪を払った。
「ボールを盗む理由か。転売か、それとも、恨みか」
「バスケットボールに恨みって何」
「対戦相手のチームが、こっそり妨害しているのかもしれない」
「うちの学校の話だよ、それ」
大地はソファでせんべいを食べながら首をかしげた。
「ボール、美味しくないと思うけど」
「食べる前提の発想はやめて」
優助が控えめに手を挙げた。
「あの、用具庫の鍵は、部活の間で共有していると思います。バスケ部以外にも、借りている部があるかもしれません」
「まともな指摘、ありがとう」
◇ ◇ ◇
六人は体育館裏の用具庫に向かった。
引き戸を開けると、埃っぽい匂いと共に、古いバスケットボールやサッカーボール、跳び箱、マットが乱雑に積まれているのが見えた。
彩羽はドアの前で立ち止まった。
「べ、別に怖くはないが、埃アレルギーの可能性があるから、少し離れて見る」
「その言い訳、毎回変わるね」
美空が奥へと進み、床を調べ始めた。
「足跡はない」
「室内だからね」
「代わりに、細かい傷がある」
床のコンクリートに、細く引きずったような跡が何本も残っていた。
跡は、用具庫の奥、窓の下まで続いている。
「窓、開いてる」
和奏が指さすと、大地がうなずいた。
「風、通ってるね」
「ボールが自分で転がって出ていったってこと?」
「風だけでボールが窓を越えるとは思えないけど」
窓の外を覗くと、体育館裏の斜面に、ボールが転がっていきそうな緩やかな坂があった。
「坂になってる」
彩羽が窓の外を見て言った。
「ボールが転がって、坂を下って、どこかに行った、ってことか」
美空が指を立てた。
「これは重要な手がかりだよ」
「今回は普通に納得できる方向かも」
六人で坂を下ると、体育館の裏手、フェンスに沿って茂みが続いていた。
茂みの奥から、ぽーん、ぽーん、と何かがはねる音が聞こえてくる。
「音がする」
信吾が前に出ようとして、彩羽に肩を掴まれた。
「待て。先に様子を見よう」
「臆病者め」
「べ、別に臆病じゃない。慎重なだけだ」
茂みをかき分けると、そこには小さな空き地があり、一年生らしき男子生徒が一人、黙々とドリブルの練習をしていた。
地面はでこぼこで、正式なコートとは程遠い。三つのバスケットボールが、彼の足元に転がっていた。
「あっ」
男子生徒は六人に気づき、慌ててボールを抱えた。
「あの……勝手に使って、すみません」
◇ ◇ ◇
男子生徒は一年生の田辺という名前で、バスケ部の入部希望者だった。
「入部希望なのに、なんでここで練習してるの?」
和奏が尋ねると、田辺はうつむいた。
「実は、まだ、正式に入部してなくて」
「どうして?」
「体験練習のとき、全然うまくできなくて。周りの人がうますぎて、恥ずかしくて、行けなくなっちゃって」
「それで、ここで一人練習してたの?」
「はい。せめて基本くらいはできるようになってから、ちゃんと入部したいと思って」
大地が首をかしげた。
「ボールは?」
「用具庫に鍵がかかってなかったので、少しだけ借りてました。朝、返そうと思ってたんですけど、練習に夢中になって、いつも遅くなっちゃって」
「三日連続だったのは?」
「ばれないように、一個ずつ借りようと思って。逆に目立ってたと思います」
「めちゃくちゃ目立ってたよ」
彩羽が呆れたように言った。
「でも、正直に言ってくれて助かった。無断で借りてたのは、良くないけどな」
「すみませんでした」
田辺は深く頭を下げた。
和奏はしばらく考えてから言った。
「マネージャーさんに、事情を話してみない? もしかしたら、練習を手伝ってくれるかもしれないよ」
「い、いいんですか」
「一人で練習するより、教えてもらったほうが早いと思う」
◇ ◇ ◇
部室に戻り、マネージャーに事情を話すと、彼女は驚いた顔をした。
「そんな理由だったんですね……。全然、気にしなくていいのに」
「本人、結構、思い詰めてたみたい」
「明日、部活に誘ってみます。基礎練習なら、先輩たちも付き合ってくれると思うので」
美空はホワイトボードに大きく書いた。
『体育館のボールがなくなった事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・田辺くん。動機・恥ずかしさ』
「動機、毎回優しいものになるね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「今回は宇宙人説を使わなかったよ」
「その気遣い、いつもしてほしい」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘では、最初からああいう真相だと分かっていた」
「霊とか対戦相手の妨害とか言ってたのに?」
「あれは仮説その一と、その二だ」
「今、番号つけたんだ」
優助が控えめに言った。
「あの、田辺くん、明日から部活に来られるといいですね」
「一番まっすぐな感想、いつも優助から出るね」
窓の外では、夕方の体育館から、ドリブルの音がリズムよく響いていた。
翌日、田辺は緊張した様子でバスケ部の練習に顔を出したらしい。
その日の帰り道、マネージャーが部室に顔を出して報告してくれた。
「田辺くん、まだぎこちなかったですけど、最後まで練習に残ってました」
「良かったね」
和奏が言うと、彩羽が小さくうなずいた。
「用具庫のボール、次からは、鍵の管理をもう少ししっかりしたほうがいいかもな」
「それはそう」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「田辺くん、今度、部室にも遊びに来ればいいのに」
「特事研は、入部希望者、まだ受け付けてるの?」
和奏が聞くと、信吾が胸を張った。
「もちろんだ。俺が入部届を用意してやる」
「その入部届、本人の同意なしに書くやつでしょ」
「経験者は語る」
「その経験、自慢することじゃないから」
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回もまた、犯人は、少しだけ勇気が足りなかっただけの、誰かだった。




