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第59話 三学期、百人一首大会の消えた札事件

冬休みが明け、三学期が始まってすぐ、国語の授業の一環で、百人一首大会が開かれることになった。


「百人一首、去年もやったよね」


 和奏が言うと、彩羽が少し得意げに言った。


「私、意外と得意なんだよな」


「彩羽、覚えるの早そうだもんね」


 信吾は前髪を払いながら意気込んだ。


「俺は上の句を聞いただけで取れる自信がある」


「その自信、去年、あんまり発揮されてなかった気がするけど」


 大地は少し困った顔をしていた。


「僕、和歌、あんまり覚えられないんだよね」


「大地は雰囲気で楽しめば大丈夫だよ」


 美空は百人一首の札を眺めながら目を輝かせた。


「これ、昔の人の恋の歌とか、けっこう面白いんだよね」


「今回は七不思議じゃなくて古典に興味持つんだ」


 優助は生徒会の仕事の合間に大会の準備を手伝っていた。


「あの、今年はクラス対抗で行うそうです」


   ◇ ◇ ◇


 大会当日、各クラスに一組ずつ札のセットが配られることになっていた。


 しかし開始直前、和奏のクラスの担当生徒が慌てた様子で駆け込んできた。


「札が一枚、足りないの」


「一枚?」


 和奏が聞き返すと、担当生徒はうなずいた。


「昨日、確認したときは百枚揃ってたのに、今朝数えたら九十九枚しかなくて」


 美空がホワイトボードの前で丸を三つ描いた。


「霊」「和歌に宿る想い」「購買部」。


「今回は開始直前だから急いで探そう」


「その判断力、頼もしいね」


 彩羽が担当生徒に聞いた。


「札、どこに保管してたんだ」


「教室の後ろの棚です」


   ◇ ◇ ◇


 六人は教室の棚の周りを確認していった。


 優助が棚の下の隙間を覗き込み、小さな紙切れが見えることに気づいた。


「あの、これ」


 隙間の奥に、探していた札が一枚、落ちていた。


「あった」


 担当生徒がほっとした様子で受け取った。


「なんでこんなところに」


 優助が棚を軽く揺らすと、少しがたつくことが分かった。


「あの、この棚、少し傾いているみたいです。振動で滑り落ちたのかもしれません」


「単純な、棚の傾きが原因だったんだね」


 彩羽が少し笑いながら言った。


「良かった、間に合って」


   ◇ ◇ ◇


 札が揃い、大会は無事に始まった。


 彩羽は宣言通り、次々と札を取っていき、クラスの中でも上位の成績を収めていた。


「彩羽、本当にすごいね」


 和奏が言うと、彩羽は少し照れくさそうに答えた。


「小さいころ、祖母と、よくやってたんだ」


 信吾も張り切っていたが、上の句を聞いた瞬間に勢い余って、隣の人の札まで払ってしまい、審判に注意されていた。


「その自信、空回りだったね」


「油断しただけだ」


 大地は苦戦しながらも、楽しそうに札を眺めていた。


「これ、絵、可愛いのがあるね」


「大地、和歌より絵を見てるんだ」


 美空は解説役として、いくつかの歌の意味を、クラスメイトに教えていた。


「この歌、実は、遠く離れた人を想う歌なんだよ」


「へえ、そうなんだ」


 クラスメイトが感心すると、美空は誇らしげにうなずいた。


   ◇ ◇ ◇


 大会が終わり、和奏のクラスは、惜しくも二位という結果に終わった。


「一位、逃しちゃったね」


 和奏が言うと、彩羽は少し悔しそうに、それでも前向きに言った。


「来年は、もっと練習しよう」


「彩羽、気が早いよ」


   ◇ ◇ ◇


 部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。


『三学期、百人一首大会の消えた札事件――解決』


 その下に、少し小さく付け加える。


『犯人・傾いた棚。動機・特になし』


「動機、また特になしなんだね」


 和奏が言うと、美空はうなずいた。


「和歌に宿る想い説、今回も使わなかったよ」


「毎回候補には入れるのにね」


 彩羽は少し笑った。


「今日は久しぶりに、活躍できた気がする」


「彩羽、今回、誇らしげだね」


「べ、別に普通の感想だ」


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「俺の勘は今回も外れたが、参加できたことに意味がある」


「その理屈、今回も強引だね」


 大地はせんべいの袋を開けながら言った。


「百人一首、楽しかったね」


「うん、また来年もやろうね」


 優助が静かに言った。


「あの、古い歌に、こうして今も触れられるの、なんだか、いいものだなと思いました」


「優助、今回もいいこと言うね」


「いつも通りです」


 窓の外、三学期が始まったばかりの校庭には、冬の澄んだ空気が広がっていた。


 今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。


 そして今回は、小さな棚の傾きの向こうに、それぞれの得意と苦手が見える一日だった。

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