第60話 バレンタイン、消えたチョコレート事件
二月に入り校内にはどことなく浮ついた空気が漂い始めていた。
「もうすぐバレンタインだね」
和奏が言うと美空が興味深そうに言った。
「今年は義理チョコ、みんなで交換しない?」
「いいね、やろう」
彩羽も賛成した。
「がくほにも声かけるか」
優助が生徒会の仕事の合間に顔を出した。
「あの、愛理さんに聞いてみます」
信吾は前髪を払いながら少し緊張した様子を見せた。
「俺は今年、本命チョコをもらえる気がする」
「その予感、去年もあった気がするけど」
大地は早くもお菓子作りの準備を始めていた。
「僕、チョコレート菓子、色々作ってみようかな」
「大地、気合入ってるね」
◇ ◇ ◇
バレンタイン当日、部室には両部合わせて十二人が集まり、それぞれ用意したチョコレートを交換することになっていた。
瑠実は大きな箱を抱えてやってきた。
「みんなの分、マヨネーズ味のチョコ、作ってみたんだけど」
「瑠実、その発想、大丈夫かな」
愛理が心配そうに言った。
才川はいつもの芝居がかった仕草で箱を開けた。
「これはこれで新しい味覚の扉を開くかもしれないね」
「開けなくていいと思うけど」
◇ ◇ ◇
交換が始まってしばらく経ったころ、優助が困った様子で言った。
「あの、僕が用意した分が一つ足りません」
「え?」
和奏が聞き返すと優助は鞄の中を確認しながら言った。
「今朝、六人分きっちり用意したはずなんですが」
美空がホワイトボードの前で丸を三つ描いた。
「霊」「恋のいたずら」「購買部」。
「今回は恋愛関連だからいつもよりロマンチックだね」
「その仮説、今回は少し楽しそうだね」
彩羽が優助の鞄を確認した。
「他のもの、ちゃんと入ってるな」
◇ ◇ ◇
六人は部室の中を確認していった。
鵜沢が机の下に落ちていた小さな包みを見つけた。
「あの、これ」
包みは優助のものと同じ丁寧な包装がされていた。
「あった」
優助が受け取り確認した。
「僕のです。ありがとうございます」
「なんでこんなところに」
優助は少し考えたあと思い出したように言った。
「あの、鞄から出すときに落としてしまったのかもしれません」
「単純な落とし物だったんだね」
彩羽が少し笑った。
「優助、最近この手のミス、多くないか」
「そう、かもしれません。少し抜けているところがあるようです」
「その自覚、大事だと思うよ」
◇ ◇ ◇
優助は見つかったチョコレートを改めて鵜沢に渡した。
「あの、これ、鵜沢さんの分です」
「あ、ありがとうございます」
鵜沢は優助の顔を見ずに、それでも小さく微笑んだ。
「わたしも、これ、優助さんに」
鵜沢が差し出したのは不器用ながらも丁寧に作られた手作りのクッキーだった。
「僕にも作ってくれたんですか」
「は、はい。義理です」
優助は少し嬉しそうに、それを受け取った。
「ありがとうございます。大事に食べます」
◇ ◇ ◇
部室では他のメンバーたちも、それぞれチョコレートを交換していた。
茅野は美空から渡されたチョコレートを猫のおやつと一緒に眺めていた。
「これは僕が食べる」
「猫のおやつと分けて、ちゃんとね」
上坂は優雅にチョコレートを配りながら言った。
「今年は手作りに挑戦してみましたの」
「上坂さん、成長してるね」
和奏が言うと上坂は少し照れくさそうに微笑んだ。
「まだ形が、少し不格好ですけれど」
「気持ちがこもってれば、それでいいと思うよ」
◇ ◇ ◇
信吾は少し緊張した様子で周りを見回していた。
「あの、俺の分は」
彩羽が義理チョコを一つ、無造作に手渡した。
「はい、これ」
「これだけか」
「文句あるのか」
「いや、ありがたく受け取る」
その様子を見て大地が笑いながら言った。
「信吾、期待してた本命、なかったね」
「まだ一日、終わってない」
その言葉通り信吾は最後まで期待を捨てなかったが、結局この日も義理チョコだけで終わることになった。
◇ ◇ ◇
部室に戻り美空がホワイトボードに大きく書いた。
『バレンタイン、消えたチョコレート事件――解決』
その下に少し小さく付け加える。
『犯人・優助自身のうっかり。動機・特になし』
「動機、今回も優助自身なんだね」
和奏が言うと美空はうなずいた。
「恋のいたずら説、今回も使わなかったよ」
「毎回候補には入れるのにね」
彩羽が少し笑った。
「今年も賑やかなバレンタインになったな」
「彩羽、今回楽しそうだね」
「べ、別に普通に楽しんでるだけだ」
優助が静かに言った。
「あの、みんなからのチョコレート、本当に嬉しかったです」
「優助、今回もいいこと言うね」
「いつも通りです」
窓の外まだ冬の名残を感じさせる空気の中、部室には温かい笑い声が響いていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回はそれぞれの想いが込められたチョコレートが事件の正体だった。




