第53話 生徒会選挙、演説会の消えた原稿事件
選挙運動も終盤に差し掛かり、いよいよ立会演説会の日を迎えた。
「優助、緊張してる?」
和奏が聞くと、優助はいつもより硬い表情で、それでもしっかりとうなずいた。
「はい、正直かなり」
「大丈夫だよ。準備、ちゃんとしてきたじゃない」
「はい。原稿も何度も書き直しました」
彩羽が優助の肩を軽く叩いた。
「一年前の、あの子を思い出すな」
「あの子?」
「木下くん。見学に来られなくて悩んでたときのこと」
優助が少し思い出すような表情を見せた。
「あのとき、みんなに色々言ってもらって勇気が出たので」
「今度は優助が誰かに勇気をあげる番だね」
美空が言うと、優助は静かにうなずいた。
◇ ◇ ◇
体育館での演説会が始まる直前、優助が慌てた様子で六人のもとに駆け込んできた。
「あの、原稿が見当たりません」
「え?」
和奏が聞き返すと、優助は鞄の中を何度も確認しながら青ざめた顔をした。
「今朝確認したときは確かにあったんです。でも今、鞄を開けたらなくて」
美空がホワイトボード代わりのメモ帳に丸を三つ描いた。
「霊」「本番前の緊張が見せる幻」「購買部」。
「今回は時間があんまりないから急いで探そう」
「その判断力、頼もしいね」
彩羽が優助の周りを確認した。
「今日、鞄、どこかに置きっぱなしにした場所ある?」
「教室、生徒会室、それから廊下で少し立ち話をしました」
「じゃあ、その順番で確認しよう」
◇ ◇ ◇
六人は優助が今日通った場所を手分けして確認していった。
信吾が廊下の隅、優助が立ち話をしたという場所の近くで小さな紙の束を見つけた。
「これ、優助の字だよな」
「あった!」
優助が駆け寄り、原稿を大事そうに受け取った。
「良かった……」
「なんで、こんなところに」
優助はしばらく考えたあと、思い出したように言った。
「あの、鞄の口を開けたまま立ち話をしていたので、そのとき落ちたのかもしれません」
「単純な落とし物だったんだね」
彩羽が少し安心した様子で言った。
「良かった、間に合って」
◇ ◇ ◇
優助は拾われた原稿をもう一度丁寧に確認しながら深呼吸をした。
「あの、みんな、ありがとうございました」
「うん、頑張ってきて」
和奏が言うと、優助はしっかりとうなずいた。
◇ ◇ ◇
演説会が始まり、各候補者が順番に壇上に立っていった。
優助の番が来ると、彼は少し緊張した面持ちで、それでもまっすぐに壇上へと向かった。
「僕は、この一年間、書記として生徒会の活動に携わってきました」
優助の声は最初こそ少し震えていたが、話が進むにつれて次第に落ち着きを取り戻していった。
「僕自身、人前で話すことが得意ではありませんでした。でも、この一年で、少しずつ自分の言葉で伝えることの大切さを学びました」
体育館に集まった生徒たちは静かに優助の言葉に耳を傾けていた。
「副会長として、皆さんの声を丁寧に拾い上げ、みんなが過ごしやすい学校を作っていきたいと思います」
演説を終えた優助が深く一礼すると、会場から大きな拍手が湧き上がった。
◇ ◇ ◇
演説会が終わり、部室に戻った優助は少し疲れた様子でソファに座り込んだ。
「終わりました……」
「優助、すごく良かったよ」
和奏が言うと、優助は少し照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
彩羽が優しく言った。
「原稿、落としたときは正直焦ったな」
「はい、僕も心臓が止まるかと思いました」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺が見つけてやったんだ、感謝しろよ」
「はい、本当に助かりました」
「素直だな」
美空がホワイトボードに大きく書いた。
『演説会の消えた原稿事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・優助自身の鞄の口。動機・特になし』
「動機、また鞄のせいなんだね」
和奏が言うと、美空はうなずいた。
「本番前の緊張が見せる幻説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「優助くん、結果、いつ分かるの?」
「明日の放課後だそうです」
「楽しみだね」
優助が静かに言った。
「あの、結果がどうであれ、今日、伝えたかったこと、伝えられたと思います」
「優助、今回もいいこと言うね」
「いつも通りです」
窓の外、選挙運動を終えた校内には少しずつ落ち着きが戻り始めていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、緊張の中でそれでもまっすぐ伝えようとした優助の想いが事件の正体だった。




