第45話 合唱コンクール本番、消えた指揮棒事件
合唱コンクール当日、体育館には、各クラスの緊張と興奮が入り混じった空気が、満ちていた。
優助は、生徒会の一員として、朝から、進行のための準備に、追われていた。
「あの、開会の挨拶、時間通りに、進めますね」
「優助、頑張ってね」
和奏が言うと、優助は、少し緊張した面持ちで、うなずいた。
◇ ◇ ◇
開会式が終わり、いよいよ、各クラスの発表が、始まろうとしていた。
和奏のクラスの出番が近づいたころ、指揮者と、副指揮者の二人が、慌てた様子で、六人のもとに、駆け込んできた。
「指揮棒が、ないんです!」
「指揮棒?」
和奏が聞き返すと、指揮者の男子生徒が、青ざめた顔でうなずいた。
「舞台袖に、置いていたはずなのに、さっき、確認したら、なくなっていて」
美空がホワイトボード代わりのメモ帳に、丸を三つ描いた。
「霊」「本番を邪魔する何か」「購買部」。
「今回、時間、あんまりないから、悠長に、考えてる暇、ないよ」
「それでも、一応、候補は、出しておかないとね」
「その律儀さ、今回も、健在だね」
彩羽が、周囲を見回した。
「舞台袖、確認しよう。落とし物かもしれない」
◇ ◇ ◇
六人は、副指揮者の女子生徒と一緒に、舞台袖を、丁寧に確認していった。
優助は、進行の合間を縫って、駆けつけてくれた。
「あの、これ、確認しました」
優助が見つけたのは、舞台袖の、大道具の陰に落ちていた、指揮棒だった。
「あった!」
指揮者が、ほっとした様子で、駆け寄った。
「なんで、こんなところに」
優助が、静かに、周囲を観察した。
「あの、大道具の裏、少し、狭くなってますね。誰かが、慌てて通ったときに、ぶつかって、落ちたのかもしれません」
「誰かって?」
その時、少し離れた場所で、別のクラスの、体格の良い男子生徒が、少し気まずそうな顔をしているのに気づいた。
「あの、もしかして」
和奏が声をかけると、男子生徒は、びくりと肩を震わせた。
◇ ◇ ◇
男子生徒は、隣のクラスの、大道具係だと分かった。
「もしかして、指揮棒、知ってる?」
和奏が聞くと、男子生徒は、うつむいた。
「すみません、僕が、ぶつかって、落としたと思います」
「なんで、教えてくれなかったの?」
「気づいてなかったんです。大道具、運ぶのに、必死で。今、話を聞いて、思い当たりました」
「なるほど、わざとじゃなかったんだね」
男子生徒は、深く頭を下げた。
「本当に、すみません。本番前で、パニックにさせてしまって」
彩羽が、優しく言った。
「大道具の準備、大変だったんだろ。仕方ないと思うぞ」
「はい……」
◇ ◇ ◇
指揮者と副指揮者は、無事に、指揮棒を取り戻し、少し落ち着きを取り戻した様子で、本番に向けて、気持ちを整えた。
「大丈夫、練習通りに、いけば」
副指揮者が、指揮者に、優しく声をかけた。
「うん、ありがとう」
二人の様子を見て、和奏は、以前の事件を思い出しながら、微笑んだ。
「二人とも、すごく、いいコンビになったね」
◇ ◇ ◇
和奏のクラスの発表は、練習の成果もあり、最後まで、大きなトラブルなく、無事に、終えることができた。
舞台袖に戻った指揮者は、少し涙目になりながら、副指揮者に、頭を下げた。
「今日まで、ありがとう」
「こちらこそ。楽しかったよ」
◇ ◇ ◇
合唱コンクールが終わり、部室に戻った六人は、少し疲れた様子で、それぞれの席についた。
美空がホワイトボードに大きく書いた。
『合唱コンクール本番、消えた指揮棒事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・隣のクラスの大道具係。動機・気づかないまま』
「動機、今回、すごく、シンプルだね」
和奏が言うと、美空はうなずいた。
「本番を邪魔する何か説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し笑った。
「本番、無事に終わって、良かったな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「今回の勘、外れたが、俺の行動力は、証明できたな」
「行動力、確かに、あったかも」
「珍しく、素直に、認めてくれるんだな」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「合唱、良かったね。僕、感動しちゃった」
「大地、意外と、涙もろいよね」
優助が、静かに言った。
「あの、進行、無事に、終えられて、良かったです」
「優助、今日、ずっと、忙しそうだったね」
「はい。でも、やりがいがありました」
窓の外、秋の澄んだ空気の中、合唱コンクールを終えた学校には、少しずつ、落ち着きが戻り始めていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、気づかないうちの、小さなすれ違いが、事件の正体だった。




