第44話 新学期、消えた合唱コンクール楽譜事件
二学期が始まり、校内には、合唱コンクールに向けた練習が、本格的に始まっていた。
「今年の課題曲、難しいんだよね」
和奏が言うと、彩羽が、少し困った顔で言った。
「私、音程、あんまり得意じゃないんだよな」
信吾は前髪を払いながら、自信満々に言った。
「俺は、指揮者に、立候補してみようと思う」
「音楽の経験、あったっけ」
「経験より、勢いだ」
「その勢い、大丈夫かな」
大地は、少し不安そうな顔をしていた。
「僕、声、大きいだけで、音程、微妙かも」
「大地は、元気よく歌うのが、大事だよ」
美空は、当然のように、合唱コンクールと、七不思議を、結びつけようとしていた。
「音楽室の幽霊ピアノ事件、思い出すね」
「今回は、あの文鳥、関係ないと思うよ」
優助は、生徒会の仕事で、合唱コンクールの、運営を手伝うことになっていた。
「あの、当日の進行、確認しておきますね」
◇ ◇ ◇
練習が始まって数日後、和奏のクラスに、慌てた様子のクラス委員が、駆け込んできた。
「楽譜が、消えたの!」
「楽譜?」
和奏が聞き返すと、クラス委員はうなずいた。
「指揮者用の、書き込みがたくさんある楽譜が、なくなったの。音楽室の、いつもの場所に、置いてたはずなのに」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「合唱を邪魔する何か」「購買部」。
「今回、また、音楽室絡みだね」
「音楽室は、特事研にとって、縁のある場所だからね」
「その縁、いいものなのか、悪いものなのか、微妙だね」
彩羽が腕を組んだ。
「楽譜が消えるって、コンクール前は、みんな、ピリピリしてるから、大変だよな」
「彩羽、今回、冷静に、状況把握してるね」
信吾は前髪を払った。
「これは、指揮者の座を、狙う何者かの、犯行かもしれない」
「今回、あんまり、その線、なさそうだけどね」
「珍しく、俺も、確信は、持ててない」
◇ ◇ ◇
六人は、クラスの指揮者を務める生徒に、話を聞くことにした。
指揮者は、少し大人しい性格の、男子生徒だった。
「楽譜、大事なものだったんだよね」
和奏が聞くと、男子生徒はうなずいた。
「はい。先生に、色々、アドバイスをもらいながら、書き込みを、増やしていったので」
「最後に、使ったのは、いつ?」
「昨日の放課後です。音楽室で、練習してから、いつもの棚に、戻したはずなんですけど」
優助が、静かに、棚の周りを確認した。
「あの、これ」
棚の裏側に、小さな紙切れが、挟まっていた。
拾い上げると、そこには、楽譜の一部が、コピーされたような跡が、残っていた。
「これ、コピー機の、印刷跡かな」
◇ ◇ ◇
六人は、その手がかりを頼りに、印刷室に向かった。
放課後の印刷室、隅の方で、一人の女子生徒が、こっそりと、何かを印刷しているのが見えた。
「あっ」
女子生徒は、六人に気づき、慌てて振り返った。
手には、まさに、指揮者の楽譜が、しっかりと握られていた。
◇ ◇ ◇
女子生徒は、指揮者と同じクラスの、副指揮者を務める、生徒だった。
「なんで、楽譜、持ち出したの?」
和奏が聞くと、女子生徒は、うつむいた。
「実は、指揮者くんが、最近、忙しそうで。音楽の授業の日に、体調を崩して、休んでしまったことがあって」
「それで?」
「もし、また、本番前に、体調を崩したら、代わりに、私が、指揮できるように、こっそり、練習用に、コピーしておきたかったんです」
「じゃあ、盗んだわけじゃなくて」
「はい。でも、原本を、コピー機に、忘れてしまって、慌てて、戻しに行ったら、もう、なくなっていて。誰かが、先に、持って行ったのかと思って、焦ってしまいました」
◇ ◇ ◇
実は、原本は、コピー機の近くの、別の資料の下に、紛れ込んでいただけだった。
優助が、丁寧に確認すると、すぐに、見つけることができた。
「あった、これですね」
「良かった……」
女子生徒が、ほっとした様子で、胸を撫で下ろした。
彩羽が、優しく言った。
「指揮者くんのこと、心配してたんだな」
「はい。もし、本番で、指揮者が、いなくなったら、みんなが、困ると思って」
「その気持ち、優しいと思うよ」
和奏が言うと、女子生徒は、少し照れたように微笑んだ。
◇ ◇ ◇
指揮者の男子生徒も、この話を聞いて、少し驚いた様子だった。
「そんなこと、考えてくれてたんだ」
「勝手に、コピーしようとして、ごめんね」
「ううん、むしろ、ありがたいよ。一緒に、練習、教えてもらってもいい?」
「うん、もちろん」
二人は、その日から、一緒に、指揮の練習をするようになった。
◇ ◇ ◇
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『新学期、消えた合唱コンクール楽譜事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・副指揮者。動機・仲間を支えたい気持ち』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「合唱を邪魔する何か説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し微笑んだ。
「二人で、指揮の練習、頑張ってほしいな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回も、外れたな」
「珍しく、連続で、素直に、認めるんだ」
「最近、少し、探偵としての、勘が、鈍ってるかもしれない」
「その自覚、大事だと思うよ」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「合唱コンクール、楽しみだね」
「うん、頑張ろう」
優助が、静かに言った。
「あの、僕も、当日の進行、しっかり、務めます」
「優助、頼りにしてるよ」
窓の外、二学期の澄んだ空気の中、音楽室からは、合唱の練習の声が、賑やかに響いていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、仲間を支えたいという気持ちが、事件の正体だった。




