第41話 夏祭り、消えた金魚事件
八月に入り、地域の夏祭りが、神社の境内で開催されることになった。
「今年も、夏祭り、あるんだね」
和奏が言うと、大地が、目を輝かせながら答えた。
「屋台、色々、回ろうね」
「大地、食べる気満々だね」
彩羽は、浴衣を着てくるかどうか、少し迷っている様子だった。
「浴衣、久しぶりに、着るかな」
「彩羽の浴衣姿、見てみたいな」
信吾は、前髪を払いながら、いつもの調子で言った。
「祭りといえば、金魚すくいだな。俺の腕前、見せてやる」
「毎年、あんまり、うまくいってない気がするけど」
美空は、夏祭りの縁日を、リストアップしていた。
「射的、輪投げ、それから、七不思議の夜間調査」
「祭りに、それ、混ぜないでね」
優助は、生徒会の仕事で、夏祭りの、地域との連携イベントに、少し関わっていた。
「あの、今年は、生徒会も、屋台の一つを、手伝うことになりました」
「優助、忙しいね」
◇ ◇ ◇
夏祭り当日、境内には、たくさんの屋台と、浴衣姿の人々で、賑わっていた。
六人は、それぞれの屋台を回りながら、祭りを楽しんでいた。
金魚すくいの屋台の前で、信吾が、真剣な顔で、ポイを構えていた。
「今年こそ」
しかし、一匹すくったところで、あっさりと、ポイが破れてしまった。
「今年も、駄目だったか」
「毎年、同じパターンだね」
◇ ◇ ◇
しばらくすると、金魚すくいの屋台の店主が、困った様子で、辺りを見回していた。
「あの、すみません、少し、いいですか」
和奏が声をかけると、店主は、少し焦った様子で言った。
「実は、水槽の中の、特別な金魚が、一匹、いなくなってしまって」
「特別な金魚?」
「今年、コンテストの景品用に、用意してた、珍しい色の金魚なんです。他の金魚と、一緒に、水槽に入れていたはずなのに」
美空がホワイトボード代わりのメモ帳に、丸を三つ描いた。
「霊」「祭りの神様」「購買部」。
「今回も、律儀に、購買部、入れるんだね」
「祭りの屋台も、広い意味で、購買部の仲間だからね」
「その拡大解釈、無理があるよ」
彩羽が、水槽を覗き込んだ。
「金魚一匹、逃げるって、なかなか、大変なことだよな」
「彩羽、今回、冷静だね」
◇ ◇ ◇
六人は、水槽の周りを、詳しく調べることにした。
優助が、水槽の縁に、小さな水滴の跡が、点々と続いているのを見つけた。
「あの、これ」
「水滴、境内の方に、続いてるね」
跡をたどっていくと、神社の手水舎の近くで、小さな子どもが、しゃがみ込んで、何かを見つめているのが見えた。
「あっ」
子どもは、六人に気づき、慌てて振り返った。
手のひらに包まれた水の中に、確かに、珍しい色の金魚が、泳いでいた。
◇ ◇ ◇
子どもは、少し涙目になりながら、事情を話してくれた。
「この子、他の金魚と、色が違って、いじめられてるみたいに、見えたの」
「いじめられてる?」
「他の金魚たちが、この子だけ、つついてるみたいだったから、心配になって、水槽から、出しちゃった」
店主が、少し困った様子で説明した。
「これ、実は、他の金魚と、違う種類で。色が違うだけで、いじめられてたわけじゃないんです」
「本当に?」
「はい。ただ、体が少し弱いので、水槽の隅に、避けてただけかもしれません」
子どもは、少しほっとした様子を見せた。
「良かった。いじめられてたわけじゃ、なかったんだね」
◇ ◇ ◇
彩羽が、優しく言った。
「金魚のこと、心配して、行動したの、優しい気持ちからだったんだな」
「はい……。でも、勝手に、水槽から、出しちゃいけなかったですよね」
和奏が、微笑みながら言った。
「うん、それは、ちょっと、良くなかったかな。でも、心配する気持ちは、すごく、いいことだと思うよ」
店主が、金魚を、丁寧に、水槽に戻した。
「この子、少し、別の水槽に、移してあげようか。体が弱いなら、そのほうが、安心かもしれない」
「本当ですか」
「うん、教えてくれて、ありがとうね」
子どもは、嬉しそうに、うなずいた。
◇ ◇ ◇
美空が、メモ帳に大きく書いた。
『夏祭り、消えた金魚事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・小さな男の子。動機・金魚への優しさ』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「祭りの神様説、今回も使わなかったよ」
「毎年、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し笑った。
「子どもの優しさ、いいものだな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「よし、気を取り直して、俺は、金魚すくい、リベンジする」
「その意気込み、いつも通りだね」
大地は、屋台の焼きそばを頬張りながら言った。
「美味しいね、夏祭り」
「大地、今回も、食べることに、忠実だね」
優助が、静かに、境内の提灯を見上げながら言った。
「あの、地域の人たちと、こうして、関われる機会、大事にしたいですね」
「うん、そうだね」
◇ ◇ ◇
その夜、境内の一角で、和奏たちは、偶然、私服姿の、がくほのメンバーとも、遭遇した。
「あら、皆さんも、いらしてたんですね」
浴衣姿の上坂が、優雅に一礼した。
「上坂さん、その浴衣、すごく、綺麗だね」
「ありがとうございます。今日のために、新調しましたの」
「新調、って、また、豪華だね」
愛理は、いつもの真面目な表情で、屋台の様子を見ていた。
「祭りの警備、しっかりしてるか、確認しておこうかと」
「愛理、今日は、休みの日だよ」
瑠実が、たしなめるように言った。
「今日くらい、楽しんでいいと思う」
「そう、ですね。少し、力を抜きます」
才川は、屋台の射的を、芝居がかった仕草で狙っていた。
「この一撃、決めてみせよう」
茅野は、いつも通り、猫を連れて、静かに、祭りの様子を眺めていた。
鵜沢は、少し緊張しながらも、女子メンバーと一緒に、祭りを楽しんでいる様子だった。
◇ ◇ ◇
夜空に、遠くの花火の音が、響き始めた。
「花火、始まるね」
和奏が言うと、十二人は、自然と、境内の見晴らしの良い場所に、集まっていった。
夜空に咲く、大きな花火を、それぞれが、静かに見上げる。
「毎年、綺麗だな」
彩羽が、つぶやくと、信吾が、いつになく、素直に答えた。
「来年も、みんなで、見られたら、いいな」
「珍しく、素直だね」
美空が、花火の光を反射させながら、目を輝かせた。
「これも、きっと、七不思議に、負けないくらいの、不思議な光景だね」
「その発想、今回、なんとなく、分かる気がするよ」
◇ ◇ ◇
夜空に、次々と、大きな花火が打ち上がる中、十二人は、それぞれの夏の思い出を、また一つ、重ねていった。
今日という日も、事件は笑いながらやってきた。
そして今回は、子どもの優しい心と、夜空を彩る花火が、この日の主役だった。




