第39話 梅雨明け、打ち上げの一日
山口の一件から、数日後の放課後だった。
「今日は、特別な日だよ」
美空が、部室のホワイトボードに、大きく「打ち上げ」と書いた。
「この間の、捜索の打ち上げ、しようって話、してたよね」
和奏が言うと、彩羽が、少し楽しみな様子でうなずいた。
「がくほのみんなも、来るんだよな」
「うん、優助が、声をかけてくれたみたい」
信吾は前髪を払いながら、いつになく、そわそわしていた。
「探偵の部室に、招くのは、初めてだからな。何か、粗相があってはいけない」
「別に、そんな、格式ばった集まりじゃないと思うけど」
大地は、朝から、大量のお菓子を買い込んでいた。
「今日のために、色々、用意したよ」
「大地、気合、入ってるね」
優助は、いつも通り静かに、机の配置を整えていた。
「あの、机、くっつけて、みんなで座れるようにしておきますね」
「優助、こういう気配り、さすがだね」
◇ ◇ ◇
放課後、部室の扉が開き、がくほの六人が、順番に入ってきた。
「お邪魔します」
愛理が、律儀に一礼して入ってくる。
瑠実は、部屋の中を見回すなり、目を輝かせた。
「わあ、お菓子、いっぱい!」
「瑠実、まず、挨拶」
愛理がたしなめると、瑠実は、少し照れながら、頭を下げた。
「お邪魔します!」
才川は、部室の雑多な本棚を、興味深そうに眺めていた。
「なるほど、これが、噂の、特事研の巣窟か」
「巣窟って、言い方」
茅野は、いつも通り、黒猫を連れていた。
「これ、部室に入っても、大丈夫?」
「大丈夫だよ。むしろ、大歓迎」
美空が、目を輝かせながら答えた。
「がくほの猫も、七不思議の目撃者になるかもしれないからね」
「その理論、猫にまで、適用するんだ」
上坂は、優雅に一礼したあと、少し戸惑った様子で、部室の中を見回した。
「あの、こういう場所、初めて、入りましたわ」
「上坂さん、部室、珍しい?」
「はい。がくほの部室は、生徒会室の隣の、きちんとした会議室ですので。こういう、雑多な雰囲気、新鮮ですわ」
鵜沢は、女子メンバーの後ろに隠れるようにしながら、それでも、しっかりと部室に入ってきた。
「お、お邪魔します」
「鵜沢さん、無理しないでいいからね」
和奏が言うと、鵜沢は、小さくうなずいた。
◇ ◇ ◇
十二人は、くっつけた机を囲んで、それぞれ、席についた。
大地が、持ってきたお菓子を、次々と、机の上に並べていく。
「せんべい、ポテトチップス、それから、チョコレートも」
「大地、店、開けそうなくらい、あるね」
瑠実が、目を輝かせながら、マヨネーズ味のスナック菓子を手に取った。
「これ、わたしの好物です」
「瑠実さんの好み、把握済みだよ」
大地が、少し得意げに言った。
彩羽は、お茶を淹れながら、少しぎこちない様子で言った。
「こういう、みんなで集まる感じ、あんまり慣れてないな」
「彩羽、緊張してるの?」
「べ、別に、緊張はしてない。ただ、慣れないだけだ」
「今回も、その口癖、健在だね」
◇ ◇ ◇
しばらく、雑談が続いた。
信吾は、いつもの決め顔で、これまでの活動を、得意げに語り始めた。
「俺たちの活動、色々あってな。プリン事件から始まって――」
「その話、もう何回も、聞いたよ」
彩羽が、すかさず突っ込んだ。
愛理が、興味深そうに、聞き入っていた。
「特事研の皆さんは、本当に、色々な事件を、解決されてるんですね」
「がくほも、負けてないと思うよ」
美空が言うと、才川が、芝居がかった仕草で応じた。
「僕らの活動は、記録には残していても、あまり語られることはないからね。今度、聞かせようか」
「聞きたい」
大地が、素直に反応した。
「じゃあ、購買部の割り込み事件の話とか、どう?」
「購買部!」
美空が、目を輝かせた。
「やっぱり、すべての謎は、購買部に、つながっているんだね」
「その理論、まだ、続けてたんですね」
愛理が、少し呆れたように笑った。
◇ ◇ ◇
上坂が、優雅な仕草で、お菓子の袋を眺めていた。
「このお菓子、どこで、購入されましたの?」
「近くのコンビニだよ」
和奏が答えると、上坂は、少し感心した様子で言った。
「コンビニエンスストア、初めて、行きましたのよ。この間」
「え、初めて?」
「はい。いつも、お屋敷の者が、必要なものを、揃えてくれますので」
「その環境、すごいね」
美空が言うと、上坂は、少し照れたように微笑んだ。
「最近は、少しずつ、自分でも、色々な場所に、行くようにしていますの」
「上坂さん、成長してるんだね」
「愛理さんの、教育の賜物ですわ」
愛理が、少し誇らしげにうなずいた。
◇ ◇ ◇
鵜沢は、しばらく、女子メンバーとの会話に加わりながら、少しずつ、緊張を解いていった。
瑠実が、鵜沢に、優しく話しかけた。
「鵜沢さん、最近、少しずつ、話せるようになってきたよね」
「はい。あの、山口さんと、話してから、少し、自信が、ついたような気がします」
「良かったね」
優助が、少し離れた場所から、静かに、その様子を見守っていた。
「あの、無理せず、自分のペースで、いいと思います」
鵜沢は、優助のほうを、ちらりと見て、それでも、なんとか、言葉を返した。
「あ、ありがとう、ございます」
視線は、まだ、優助の顔には、向けられていなかったが、それでも、以前よりは、確かに、少しだけ、進歩していた。
◇ ◇ ◇
茅野の連れてきた黒猫が、部室の中を、ゆっくりと歩き回っていた。
美空が、猫に近づき、そっと手を差し出した。
「この子、体育祭のときの、あの子だよね」
「たぶん、そう」
猫は、美空の手の匂いを、確認するように嗅いだあと、するりと、大地の方へ移動していった。
「あっ、こっち来た」
大地が、せんべいを一枚、見せると、猫は、興味深そうに近づいてきた。
「あげちゃ、だめだよ。猫用じゃないと」
彩羽が、慌てて止めた。
「分かってるよ。見せてるだけ」
◇ ◇ ◇
しばらく、賑やかな時間が続いたあと、才川が、ふと、しみじみとした様子で言った。
「こうして、両部で、集まるの、いいものだね」
「本当に」
愛理が、うなずいた。
「事件がないときも、こうやって、交流できたら、いいですね」
美空が、力強く言った。
「今度、七不思議の合同調査、しようよ」
「その提案、今回も、出るんだね」
和奏が、思わず笑ってしまった。
信吾は、いつになく、素直に言った。
「がくほと、こうして、仲良くなれるとは、最初は、思わなかったな」
「私も、正直、そうだ」
彩羽が、同意した。
◇ ◇ ◇
夕方になり、そろそろお開きという頃、上坂が、優雅に立ち上がった。
「本日は、貴重な体験を、ありがとうございました」
「上坂さん、また、来てね」
「はい、ぜひ」
瑠実は、残ったお菓子を、少し名残惜しそうに見つめていた。
「また、こういう機会、あるといいな」
「その時は、また、たくさん、用意するよ」
大地が言うと、瑠実は、嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
がくほの六人が帰っていったあと、部室には、特事研の六人だけが残った。
美空が、ホワイトボードに、いつもとは違う言葉を書いた。
『打ち上げ――事件なしの、賑やかな一日』
「今回、本当に、事件、なかったね」
和奏が言うと、美空は、満足そうにうなずいた。
「たまには、こういう日も、いいものだね」
彩羽は、片付けをしながら、静かに言った。
「がくほのみんなと、こうやって、話せる関係になれたの、いいことだよな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払いながら、決め顔を作った。
「これからも、両部の交流、大切にしていくべきだな」
「今回、珍しく、いいこと言うじゃん」
大地は、残った少しのお菓子を、大事そうに、鞄にしまった。
「今日、楽しかったね」
「うん、楽しかった」
優助が、静かに、窓の外を見ながら言った。
「あの、こういう、事件のない、穏やかな日も、大事にしていきたいですね」
「うん、そうだね」
窓の外、梅雨明けを予感させる、少し明るい空が、広がり始めていた。
今日という日は、事件のかわりに、たくさんの笑い声が、部室に響いていた。
そして、そんな一日も、きっと、特事研とがくほの、大切な、活動記録の一ページなのだった。




