第38話 梅雨の迷子、消えた一年生事件
七月に入り、校内には、じめじめとした梅雨の空気が漂っていた。
「今日も、雨だね」
和奏が、窓の外を見ながら言うと、彩羽が、少し憂鬱そうにうなずいた。
「洗濯物、乾かないんだよな」
放課後、部室に、慌てた様子で、担任の教師が駆け込んできた。
「大変なの、一年生が一人、下校時間になっても、教室に戻ってこなくて」
「行方不明ですか」
和奏が聞き返すと、教師はうなずいた。
「昼休みまでは、いたはずなんだけど。雨も、これから強くなりそうだし、心配で」
美空が、真剣な顔で、ホワイトボードを見つめた。
「これは、悠長に、仮説を立てている場合じゃないね」
「今回、最初から、本気モードだね」
優助が、静かに言った。
「あの、僕、生徒会にも、連絡して、人手を集めてみます」
「優助、頼りになるね」
◇ ◇ ◇
優助の連絡を受け、生徒会室から、がくほのメンバーも、駆けつけてきた。
「聞きました、一年生が、行方不明だと」
愛理が、真っ先に、駆け込んできた。
「学園の秩序を守るためにも、全力で、捜索に協力します」
瑠実も、少し緊張した面持ちで続いた。
「わたしも、手伝います」
才川は、いつもの芝居がかった調子を抑えて、真剣な声で言った。
「今回ばかりは、演技じゃなく、本気で探そう」
茅野は、猫を、いつもより低い位置で抱えながら、静かに言った。
「僕も、行く」
上坂は、優雅な仕草を崩さないまま、それでも真剣な様子で言った。
「わたくしの力で、何か、お役に立てることがあれば」
鵜沢は、少し緊張した面持ちで、それでも、はっきりと言った。
「わ、わたしも、探します」
◇ ◇ ◇
十二人は、校内図を広げ、担任教師から、行方不明の一年生についての情報を聞いた。
「名前は、山口さん。人見知りで、あまり目立たない子です」
「最後に、見た人は?」
和奏が聞くと、教師が答えた。
「昼休みに、図書室にいるのを、見た子がいるみたいです」
優助が、静かに言った。
「あの、僕が、図書室方面を、確認してみます」
「僕も、一緒に行こう」
才川が、優助の隣に並んだ。
「久しぶりだね、二人での調査は」
「はい。少し、心強いです」
◇ ◇ ◇
愛理と彩羽は、体育館方面を、担当することになった。
「二人とも、体力あるから、広い範囲、頼めるか」
和奏が言うと、愛理は、力強くうなずいた。
「任せてください」
彩羽も、真剣な表情で答えた。
「必ず、見つけよう」
◇ ◇ ◇
瑠実と大地は、購買部や、食堂周辺を、確認することになった。
「お腹すいて、購買部に、寄ってるかもしれないもんね」
瑠実が言うと、大地も、真剣にうなずいた。
「僕も、そう思う」
◇ ◇ ◇
美空と茅野は、旧校舎方面を担当した。
「茅野くん、猫の勘、頼りにしていいかな」
「別に、猫の勘なんて、ないと思うけど」
「でも、動物は、人の気配に、敏感だっていうし」
「まあ、否定はしない」
◇ ◇ ◇
上坂と鵜沢は、和奏、信吾と一緒に、校舎の裏手を、確認することになった。
「わたくし、こういうとき、何をすればいいのか、少し、分かりませんの」
上坂が言うと、信吾が、いつもの決め顔で答えた。
「単純だ。とにかく、名前を呼びながら、探せばいい」
「なるほど、単純明快ですわね」
鵜沢は、少し緊張しながらも、信吾のほうを見ないようにしつつ、しっかりとした声で言った。
「が、頑張ります」
◇ ◇ ◇
それぞれのチームが、校内を、手分けして探し始めた。
雨脚が、少しずつ、強くなっていく。
優助と才川は、図書室の奥、普段は使われない書庫の近くで、小さな物音を聞きつけた。
「あの、こっちです」
優助が声をかけると、書庫の隅、段ボール箱の陰に、膝を抱えて座り込んでいる、小さな女子生徒の姿があった。
「山口さん?」
優助が、静かに声をかけると、女子生徒は、びくりと顔を上げた。
「あ……」
◇ ◇ ◇
優助は、無理に近づかず、少し離れた場所に、そっと座った。
「大丈夫ですか」
「すみません、心配、かけて」
「何か、あったんですか」
山口は、しばらく黙り込んだあと、小さな声で話し始めた。
「わたし、人前で、うまく話せなくて。今日の班決めで、誰とも、話せなくて。気づいたら、みんな、決まってて」
「それで、ここに?」
「ここなら、誰も来ないと思って。でも、雨の音が、強くなってきて、どうしたらいいか、分からなくなって」
才川が、優しい声で言った。
「僕も、人前で話すの、得意なほうじゃないんだ。舞台の上でだけ、なんとか、言葉が出るタイプでね」
「才川さんも?」
「ああ。だから、少し、気持ち、分かる気がするよ」
◇ ◇ ◇
優助は、無線機代わりのトランシーバーで、他のメンバーに、発見の連絡を入れた。
「あの、山口さん、見つかりました。図書室の書庫にいます」
連絡を受け、他のメンバーたちが、次々と、図書室に集まってきた。
「良かった……」
担任教師が、駆けつけ、山口の無事を確認すると、涙ぐみながら、抱きしめた。
「先生、心配、かけて、すみません」
「無事なら、それでいいのよ」
◇ ◇ ◇
愛理が、少しほっとした様子で、それでも真剣な顔で言った。
「山口さん、班決めのこと、先生に、相談してみるといいと思います」
「相談、していいんでしょうか」
「もちろんです。一人で、抱え込まなくても、大丈夫ですから」
彩羽も、優しく言った。
「私も、初対面の人と、うまく話せないこと、あるからな。気持ち、分かるぞ」
瑠実が、明るく言った。
「今度、お昼、一緒に、食べようよ。わたしたちの班、賑やかだから」
「い、いいんですか」
「もちろん」
◇ ◇ ◇
鵜沢が、少し勇気を出して、山口に近づいた。
「あの、わたしも、人と話すの、苦手です。特に、その……」
鵜沢は、ちらりと、優助と才川のほうを見て、それでも、なんとか言葉を続けた。
「男の人とは、特に。でも、少しずつ、話せるように、なってきました」
「本当ですか」
「はい。だから、山口さんも、少しずつで、大丈夫だと思います」
その言葉に、山口は、少しだけ、笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇
上坂が、優雅に一歩前に出た。
「わたくし、班決めで困っているなら、力になれると思いますの」
「お金で、解決しようとしないでね」
愛理が、すかさず釘を刺すと、上坂は、少し慌てて訂正した。
「あ、いえ、そういう意味ではなく。ただ、話し相手が必要なら、わたくしで、よろしければ」
「上坂さん、ちゃんと、成長してるね」
美空が、感心したように言った。
「今回、お金の話、一回も出さなかったね」
「わたくしも、少しずつ、学んでおりますの」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、無事に、山口を見つけることができた十二人は、それぞれの部室に戻る前に、玄関ホールで、少しの間、立ち話をしていた。
「今日は、みんなで、探せて、良かったな」
和奏が言うと、信吾が、いつになく、素直に言った。
「一人だったら、絶対、見つけられなかったな」
「珍しく、素直だね」
「今日は、素直になれる日だ」
美空が、目を輝かせながら言った。
「特事研とがくほ、十二人いれば、どんな謎も、怖くないね」
「今回、事件っていうより、捜索だったけどね」
優助が、静かに言った。
「あの、こういう協力の仕方も、いいものだなと、思いました」
才川が、それに続いた。
「今度は、事件がないときにも、一緒に、何かできたらいいね」
その言葉に、両部のメンバーたちは、それぞれ、うなずき合った。
◇ ◇ ◇
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『梅雨の迷子、消えた一年生事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『解決した理由・十二人の力を合わせた捜索』
「今回、犯人とか、動機とか、書かないんだね」
和奏が言うと、美空はうなずいた。
「誰かの仕業じゃなくて、みんなの不安と、みんなの優しさが、絡み合った出来事だったからね」
「その書き方、今回、いいと思うよ」
彩羽が、窓の外の雨を見ながら、静かに言った。
「梅雨も、悪いことばかりじゃないな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「山口さん、今度、一緒にお菓子、食べようね」
「大地、気が早いよ」
優助が、窓の外を見ながら、静かに言った。
「あの、今日みたいに、みんなで、力を合わせること、これから、増えていくといいなと思います」
窓の外、梅雨の雨は、まだ、静かに降り続いていた。
けれど、その雨音の向こうに、少しずつ、明るい兆しが、見え始めているような気がした。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、たくさんの人の優しさが、事件の正体だった。




