第37話 球技大会本番、消えたホイッスル事件
球技大会当日、グラウンドと体育館には、朝から、生徒たちの熱気が満ちていた。
優助は、得点係として、本部テントに、朝早くから詰めていた。
「あの、審判用のホイッスル、確認しておきますね」
優助が、道具箱を開けたところで、少し困った顔をした。
「あの、一つ、足りません」
「え?」
体育祭実行委員が、慌てて確認すると、確かに、審判用のホイッスルが、一つ、見当たらなかった。
◇ ◇ ◇
優助から連絡を受け、和奏たちも、開会式前の慌ただしい本部テントに、集まっていた。
「ホイッスルが、なくなったんだって?」
和奏が聞くと、優助はうなずいた。
「はい。試合開始まで、あと少しなので、急いで、探さないといけません」
美空がホワイトボード代わりのメモ帳に、丸を三つ描いた。
「霊」「大会を妨害する何か」「購買部」。
「今回、時間がないから、じっくり考えてる暇、あんまりないよ」
「それでも、候補は、一応、出しておかないとね」
「その律儀さ、今回、あんまり役に立たないと思う」
彩羽が、道具箱の周りを確認した。
「他のホイッスル、何個ある?」
「五個、あります。一個だけ、足りません」
「一個くらいなら、なんとかなりそうだけど」
信吾は前髪を払った。
「これは、公平な試合を妨げようとする、卑劣な行為かもしれない」
「今回、時間ないから、その説、後回しにしよう」
大地は、道具箱の中を、丁寧に見ていた。
「これ、紐だけ、残ってるよ」
◇ ◇ ◇
道具箱の隅に、切れたホイッスルの紐が、一本、残されていた。
優助が、それを手に取り、静かに考えた。
「あの、これ、誰かが、急いで、持ち出した跡かもしれません」
「急いで?」
「はい。紐が、綺麗に切られたんじゃなくて、引きちぎられたような、断面をしています」
和奏は、本部テントの周りを見回した。
少し離れた場所で、緊張した面持ちの、体育祭実行委員の一年生が、こそこそと、何かを手の中に隠しているのが見えた。
「あそこ」
◇ ◇ ◇
六人が近づくと、その一年生は、びくりと肩を震わせた。
「あ、あの……」
「もしかして、ホイッスル、持ってる?」
和奏が聞くと、一年生は、しばらく黙り込んだあと、小さくうなずいた。
手のひらの中には、ホイッスルが、しっかりと握られていた。
◇ ◇ ◇
一年生は、実行委員の中村と名乗った。
「なんで、持ち出したの?」
優助が、落ち着いた声で聞くと、中村は、少し涙目になりながら答えた。
「今日、初めて、審判を任されて、緊張しすぎて。開会式の前に、少しだけ、練習しておきたくて」
「練習?」
「はい。ホイッスル、うまく吹けるか、不安で。誰もいない場所で、少し、試していました」
「それで、紐が切れたの?」
「はい。焦って、無理に引っ張ってしまって」
中村は、深く頭を下げた。
「本番前に、戻すつもりだったんですけど、紐が切れて、直そうとしているうちに、時間が、なくなってしまって」
◇ ◇ ◇
彩羽が、優しく言った。
「審判、初めてなら、緊張するのは、当然だと思うぞ」
「本当ですか」
「私も、司会、初めてのとき、すごく緊張したしな」
「彩羽さんも?」
「ああ。誰でも、最初は、そうだと思う」
優助が、ホイッスルの紐を、丁寧に結び直した。
「これで、大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」
美空が、力強く言った。
「練習しようとしたこと、悪いことじゃないよ。むしろ、真剣に取り組んでる証拠だと思う」
「今回、まともなこと言うね」
「たまには、こういう発言も、するよ」
◇ ◇ ◇
中村は、結び直されたホイッスルを、大事そうに受け取った。
「あの、審判、頑張ります」
「うん、応援してるよ」
和奏が言うと、中村は、少し安心した様子で、持ち場に戻っていった。
◇ ◇ ◇
その後、開会式は、無事に始まり、大会も、予定通り、進行することができた。
部室代わりの本部テントの片隅で、美空が、メモ帳に大きく書いた。
『球技大会本番、消えたホイッスル事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・実行委員の中村さん。動機・初めての審判への不安』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「大会を妨害する何か説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し微笑んだ。
「初めてのこと、不安になるの、誰でもあるよな」
「彩羽、今回、優しいこと言うね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回は、外れたな」
「珍しく、素直に、認めるんだ」
「時間がなかったから、深く考えられなかった、というのが、正直なところだ」
「その言い訳、今回、正直だね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「試合、頑張ろうね」
「うん、頑張ろう」
優助が、静かに言った。
「あの、今日は、色々な役割の人が、それぞれ、頑張ってるんだなと、改めて、感じました」
「優助も、得点係、頑張ってね」
「はい、精一杯、務めます」
窓の外――いや、本部テントの外、初夏の日差しの中、球技大会は、賑やかに、幕を開けようとしていた。
今日という日も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、初めての挑戦への不安が、事件の正体だった。




