第36話 球技大会、消えたキャプテンマーク事件
六月に入り、校内では、球技大会に向けた準備が進んでいた。
「今年は、バレーボールに、出ることになったよ」
和奏が言うと、彩羽が、少し嬉しそうに答えた。
「私も、同じチームだな。頑張ろう」
信吾は前髪を払いながら、意気込んでいた。
「俺は、キャプテンに、選ばれた」
「サッカーの方だっけ」
「そうだ。俺の統率力が、認められたということだ」
「その自信、いつも通りだね」
大地は、少し困った顔をしていた。
「僕、運動、あんまり得意じゃないんだけどな」
「大地は、応援担当でも、いいと思うよ」
美空は、なぜか、球技大会の日程表を、じっと見つめていた。
「このスケジュール、旧校舎の裏の使用時間が、微妙に、七不思議の目撃時間と、重なってるんだよね」
「大会中に、調査、しないでね」
優助は、生徒会の仕事で、当日の運営を、手伝うことになっていた。
「あの、僕は、得点係を、担当することになりました」
「優助、頼りになるね」
◇ ◇ ◇
大会前日、部室に、慌てた様子で信吾のクラスメイトが訪れた。
「キャプテンマークが、消えたんです!」
「キャプテンマーク?」
和奏が聞き返すと、クラスメイトはうなずいた。
「サッカーチームの、キャプテンマークです。信吾くんが、大事に保管してたはずなのに」
信吾の顔が、みるみる青ざめた。
「な、なんだって」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「試合を妨害する何か」「購買部」。
「今回、球技大会にちなんだ仮説、あるかと思ったけど、なかったね」
「基本は、変えない主義でね」
「その主義、貫きすぎだよ」
彩羽が腕を組んだ。
「キャプテンマークが消えるって、狙われた感じがするな」
「彩羽、今回、真剣に心配してる?」
「信吾のこと、少しは、心配するだろ」
「少しは、なんだ」
信吾は、いつもの前髪を払う仕草も忘れて、うろたえていた。
「俺の、大事なマークが……」
◇ ◇ ◇
六人は、信吾の教室を確認した。
マークが保管されていたはずのロッカーには、確かに、何も残っていなかった。
優助が、ロッカーの周りを、静かに調べた。
「あの、これ」
ロッカーの隙間に、小さな布の切れ端が、挟まっていた。
「これ、マークの、生地に似てる」
和奏が言うと、美空がしゃがみ込んで、匂いを嗅いだ。
「これ、洗剤の匂いがする」
「洗剤?」
「たぶん、誰かが、洗濯してるんじゃないかな」
◇ ◇ ◇
その情報を頼りに、六人は、家庭科室に向かうことにした。
放課後の家庭科室、洗濯機の近くで、一人の男子生徒が、そわそわした様子で、何かを待っていた。
「あっ」
六人に気づき、男子生徒は、慌てて振り返った。
振り返ったのは、信吾と同じクラスの、サッカーチームのメンバーだった。
「な、なんでもないです」
◇ ◇ ◇
男子生徒は、田村と名乗った。
「マーク、あなたが?」
信吾が聞くと、田村は、うつむいた。
「すみません、勝手に、持ち出しました」
「なんで?」
「昨日の練習中、僕、ボールを、キャプテンマークに、ぶつけてしまって。泥がついて、汚れてしまったんです」
「練習のときは、着けてたんだね」
「はい。練習が終わったら、いつも、信吾さんが、ロッカーに戻してたので、汚れたまま戻すのは、まずいと思って」
「それで?」
「信吾さんに、怒られると思って、こっそり、洗濯して、綺麗にしてから、戻そうと思ったんです」
田村は、洗濯機の中から、綺麗になったマークを取り出した。
「でも、乾かすのに、時間がかかって、間に合わなくなりそうで」
◇ ◇ ◇
信吾は、綺麗になったマークを受け取り、しばらく、じっと見つめていた。
「怒らないんですか」
田村が、恐る恐る聞くと、信吾は、前髪を払いながら、いつもの決め顔を作った。
「泥がついたくらいで、怒るほど、器の小さい男じゃない」
「そう、なんですか」
「それに、綺麗にしようとしてくれたこと、感謝する」
「良かった……」
田村は、心底ほっとした様子だった。
彩羽が、少し呆れたように、それでも優しく言った。
「最初から、正直に言えば、良かったのにな」
「怒られるのが、怖くて」
和奏が、微笑みながら言った。
「今回、正直に、話してくれたから、大丈夫だよ」
◇ ◇ ◇
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『球技大会、消えたキャプテンマーク事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・チームメイトの田村くん。動機・汚してしまった責任感』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「試合を妨害する何か説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し笑った。
「信吾、意外と、寛大だったな」
「べ、別に、いつも通りだ」
「今、彩羽の口癖、うつってたよ」
「あ……」
信吾は、自分の言い方に気づき、少し照れた様子を見せた。
美空が、それを見て、目を輝かせた。
「信吾にも、うつるんだね」
「うるさい」
◇ ◇ ◇
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「明日の大会、楽しみだね」
「うん、頑張ろう」
優助が、静かに言った。
「あの、僕は、得点係として、みんなの活躍、しっかり、記録します」
「優助、頼りにしてるよ」
窓の外、初夏の日差しの中、球技大会を控えたグラウンドには、練習に励む生徒たちの姿があった。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、失敗を隠したい気持ちが、事件の正体だった。




