第35話 図書委員選出、消えた立候補用紙事件
新学期も落ち着いてきた、五月のある日のことだった。
優助が、部室に来るなり、少し困った様子で言った。
「あの、図書委員の選出で、少し、問題が起きているみたいです」
「優助、図書委員会にも、関わってるの?」
和奏が聞くと、優助はうなずいた。
「生徒会の関係で、各委員会の選出状況を、把握することになっていて」
「それで、何があったの?」
「図書委員の立候補用紙が、一枚、消えてしまったそうです」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「本の虫」「購買部」。
「今回、本の虫、初めて出た仮説だね」
「図書委員だからね、ふさわしいと思って」
「その理由づけ、いつも強引だけど、今回は、まあ、分かる」
彩羽が腕を組んだ。
「立候補用紙が消えるって、また、優しい系の事件な気がするな」
「彩羽、最近、そのパターン、見抜くの早くなったね」
「経験値だな」
信吾は前髪を払った。
「これは、図書委員の座を狙う、静かな争いかもしれない」
「今回、あんまり争いって感じじゃなさそうだけど」
「珍しく、俺の勘、外れそうだな」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「図書委員って、何するんだっけ」
「本の貸し出しとか、整理とか、色々だよ」
◇ ◇ ◇
六人は、図書室に向かった。
図書委員の担当教諭に話を聞くと、詳しい事情が分かった。
「立候補用紙、確かに、一枚、なくなっているの。提出されたはずの分が」
「誰の分ですか」
「一年生の、佐々木さんという子の分よ」
優助が、静かに言った。
「あの、佐々木さん、今日、学校には、来ていますか」
「ええ、教室には、いるはずよ」
◇ ◇ ◇
六人は、佐々木のクラスに向かった。
教室の隅で、静かに本を読んでいた女子生徒が、六人に気づき、少し驚いた顔をした。
「あの、佐々木さん、ですよね」
和奏が声をかけると、佐々木は、小さくうなずいた。
「はい、そうです」
「図書委員の立候補用紙のこと、聞きたくて」
佐々木は、少し顔を曇らせた。
「あの、それ、わたしが、取り消してしまいました」
◇ ◇ ◇
「なんで、取り消したの?」
和奏が聞くと、佐々木は、うつむいた。
「図書委員、すごく、なりたかったんです。本が好きで。でも、昨日、仲の良い友達も、同じ委員会に、立候補するって知って」
「それで?」
「うちのクラス、図書委員の枠、一人だけなんです。友達と、争うみたいになるの、嫌で。それで、自分の用紙、こっそり、取り消してしまいました」
「友達に、譲ったんだね」
「はい。でも、後から、なんだか、後悔してしまって」
彩羽が、優しく言った。
「本当は、なりたかったんだよな」
「はい……。図書室、大好きなので」
◇ ◇ ◇
優助が、静かに提案した。
「あの、その友達に、話してみるのは、どうでしょうか。もしかしたら、話し合いで、解決できるかもしれません」
「話すの、怖いです。友達との仲、悪くなりそうで」
美空が、力強く言った。
「本当の気持ちを、隠したまま、我慢するほうが、後で、もっと辛くなると思うよ」
「今回、まともなこと言うね」
「たまには、こういう発言も、するよ」
◇ ◇ ◇
六人は、佐々木と一緒に、その友達に、話を聞きに行くことにした。
友達は、話を聞いて、少し驚いた顔をした。
「そうだったの? 全然、知らなかった」
「ごめんね、黙ってて」
「わたしも、実は、そんなに、図書委員に、こだわりはなかったの。ただ、他の委員会、あんまり興味なくて、消去法で、選んだだけで」
「そうだったんだ」
「佐々木さんが、そんなに、本が好きなら、譲るよ。わたし、別の委員会、考えてみる」
「本当に、いいの?」
「うん。先に言ってくれれば、良かったのに」
佐々木は、少し涙ぐみながら、頭を下げた。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
その後、佐々木は、改めて、図書委員に立候補することができた。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『図書委員選出、消えた立候補用紙事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・佐々木さん。動機・友情への遠慮』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「本の虫説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し微笑んだ。
「素直に、話してみて、良かったな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回は、外れたな」
「珍しく、素直に、認めるんだ」
「静かな争い、って言ったのは、半分くらい、当たってたと思う」
「その言い訳、無理やりだけど、いつも通りだね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「佐々木さん、図書委員、頑張ってほしいね」
「うん、応援しよう」
優助が、静かに言った。
「あの、遠慮しすぎず、本当の気持ちを、伝えることの大切さ、僕も、改めて、感じました」
「優助も、そういうこと、あるの?」
「はい。少し前まで、僕も、自分の気持ちを、伝えるの、苦手でした」
「今は、だいぶ、話せるようになったよね」
「はい、少しずつですが」
窓の外、五月の爽やかな風が、図書室の窓辺を、静かに吹き抜けていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、遠慮の裏にあった、本当の願いが、事件の正体だった。




