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第32話 新入生歓迎会、消えた花束事件

新年度が始まり、和奏たちも、二年生になった。


 教室が変わり、後輩ができたことに、まだ少し慣れない様子で、和奏は、新しい教室を見回した。


「二年生か。なんだか、変な感じだね」


「私たちも、後輩を、迎える立場になったんだな」


 彩羽が言うと、信吾は前髪を払いながら、得意げに言った。


「先輩として、貫禄を見せる時が来たな」


「その貫禄、どこから来るのか、いつも謎だよね」


 大地は、少し寂しそうな顔をしていた。


「一年生、僕たちより、たくさんお菓子食べるのかな」


「大地、心配するところ、そこなんだ」


 優助は、生徒会の仕事も、二年目に入り、少し落ち着いた様子だった。


「あの、今度の新入生歓迎会、生徒会でも、準備を手伝っています」


「優助、頼りになるね」


 美空は、相変わらず、目を輝かせながら言った。


「新しい一年生の中に、新しい七不思議の目撃者が、いるかもしれないね」


「その視点、毎年、変わらないね」


   ◇ ◇ ◇


 新入生歓迎会の当日、部室に、慌てた様子でがくほの上坂美姫が訪れた。


「大変ですわ! 花束が、消えてしまいましたの!」


「花束?」


 和奏が聞き返すと、上坂は、優雅な仕草で、それでも焦った様子を見せながら説明した。


「新入生代表への、歓迎の花束ですわ。式の前に、控室に、用意していたのですが」


「なくなったんだね」


「はい。わたくし、また、お金で解決しようとしてしまって、愛理さんに、叱られたところですの」


「その癖、まだ、直ってないんだ」


 美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。


「霊」「花を愛でる精霊」「購買部」。


「新学期は、また新しい仮説からだね」


「毎年、初心に帰る感じがして、いいと思うよ」


 彩羽が腕を組んだ。


「花束が消えるって、また、優しい系の事件な気がするな」


「彩羽、今回も、直感が冴えてるね」


 信吾は前髪を払った。


「これは、歓迎会を妨害する、何者かの陰謀かもしれない」


「今回は、その方向、あんまり当たらなさそうだけど」


「珍しく、俺も、そう思う」


   ◇ ◇ ◇


 六人と上坂は、控室に向かった。


 愛理と、鵜沢華も、すでに控室で、困った様子で待っていた。


「特事研さん、来てくれたんですね」


 愛理が言うと、鵜沢は、女子メンバーの方だけを見ながら、小さく頭を下げた。


「よろしく、お願いします」


 優助が、静かに近づくと、鵜沢は、さっと目をそらした。


「あ、あの……」


「大丈夫ですよ、無理に話さなくても」


 優助が、穏やかに言うと、鵜沢は、少しほっとした様子を見せた。


   ◇ ◇ ◇


 控室を調べると、花束が置かれていたはずの机の下に、水滴の跡が、点々と続いていた。


「これ、花瓶の水かな」


 和奏が言うと、美空がしゃがみ込んで、跡をたどった。


「跡、廊下の方に、続いてる」


 水滴の跡を追っていくと、体育館の裏手、日当たりの良い場所にたどり着いた。


 そこには、一人の男子生徒が、花束を大事そうに抱えて、しゃがみ込んでいた。


「あっ」


 男子生徒は、六人と、がくほの三人に気づき、慌てて立ち上がった。


「す、すみません」


   ◇ ◇ ◇


 男子生徒は、一年生で、名前は坂井と名乗った。


「なんで、花束、持ち出したの?」


 和奏が聞くと、坂井は、うつむいた。


「僕、実は、今日の新入生代表なんです」


「え、それって」


「はい。花束、僕がもらう予定のものです」


「じゃあ、なんで、隠したの?」


 坂井は、少し言いよどんだあと、ゆっくりと話し始めた。


「壇上で、みんなの前で、花束をもらうの、緊張して。それで、式の前に、一度、こっそり、実際に持ってみて、慣れておこうと思ったんです」


「練習してたんだね」


「はい。でも、緊張が、なかなか、収まらなくて」


 彩羽が、優しい声で言った。


「新入生代表、大変な役目だもんな」


「はい。作文も、読まないといけなくて。人前で話すの、苦手で」


   ◇ ◇ ◇


 鵜沢が、少し勇気を出したように、坂井の方を、ちらりと見た。


 しかし、坂井が男子生徒だと気づいた瞬間、さっと視線をそらしてしまった。


「あ、あの……」


 鵜沢は、小さな声で、瑠実に耳打ちした。


「な、なんて、伝えたら、いいでしょうか」


 瑠実が、少し困った顔で言った。


「鵜沢さん、自分で、言ってみたら?」


「む、無理です」


「でも、坂井くん、緊張してるみたいだし、同じ一年生同士、励ましてあげたら、いいと思うよ」


 鵜沢は、しばらく躊躇っていたが、やがて、深く息を吸い込んだ。


「あ、あの」


 坂井が、その声に気づき、振り返った。


「はい?」


「わ、わたしも、人前で話すの、苦手です」


 鵜沢は、坂井の顔を見ずに、それでも、なんとか、言葉を続けた。


「だから、緊張する気持ち、少し、分かります。きっと、大丈夫だと、思います」


 坂井は、少し驚いた顔をしたあと、小さく笑った。


「ありがとうございます。同じ一年生に、そう言ってもらえると、少し、勇気が出ます」


 鵜沢の顔が、みるみる赤くなった。


「あ、あの、では、わたしは、これで」


 そう言って、鵜沢は、逃げるように、その場を離れていった。


 瑠実が、その背中を見送りながら、感心したように言った。


「鵜沢さん、頑張ったね」


   ◇ ◇ ◇


 その後、坂井は、花束を控室に戻し、式に向けて、気持ちを整えることができた。


 新入生歓迎会は、無事に始まり、坂井は、緊張しながらも、最後まで、しっかりと、歓迎の言葉と、代表挨拶を、やり遂げた。


 壇上で、花束を受け取る坂井の姿を、和奏たちは、後方の席から、見守っていた。


「ちゃんと、できてるね」


 和奏が言うと、優助が、静かにうなずいた。


「はい。緊張してましたけど、ちゃんと、伝わったと思います」


   ◇ ◇ ◇


 部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。


『新入生歓迎会、消えた花束事件――解決』


 その下に、少し小さく付け加える。


『犯人・新入生代表の坂井くん。動機・緊張への準備』


「動機、今回も、優しいものだね」


 和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。


「花を愛でる精霊説、今回も使わなかったよ」


「毎年、候補には入れるのにね」


 上坂が、優雅に微笑んだ。


「今回、わたくし、お金で解決しようとしませんでしたわ」


「上坂さん、成長してるね」


「愛理さんの、教育の賜物ですわ」


 愛理が、少し誇らしげにうなずいた。


「これからも、少しずつ、指導していきます」


 彩羽が、少し笑いながら言った。


「鵜沢さんも、今日、頑張ってたな」


「はい。少しだけ、話せました」


 鵜沢は、まだ少し照れたような顔をしていた。


「今日は、一年生同士だったから、少し、話しやすかったです」


「そういう、きっかけの積み重ねが、大事なんだと思うよ」


 優助が、静かに言った。


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「俺の勘、今回は、外れたな」


「珍しく、素直に認めるんだ」


「たまには、外れることも、あるさ」


 大地はせんべいの袋を開けながら言った。


「新入生、みんな、元気そうで良かったね」


「うん、そうだね」


 窓の外、新緑の眩しい季節の中、新しい一年が、また、始まろうとしていた。


 今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。


 そして今回は、緊張を乗り越えようとする、二人分の勇気が、事件の正体だった。

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