第30話 卒業式、最後のホームルーム事件
卒業式当日、体育館には、在校生と保護者が集まり、厳かな空気が漂っていた。
和奏たち一年生は、後方の席から、式の様子を見守っていた。
「奥津さん、あそこにいる」
彩羽が、そっと指さした先には、卒業生の列の中に、いつも通り優雅な佇まいの、奥津の姿があった。
証書授与が始まり、一人ずつ、名前が呼ばれていく。
「才川宏美くんも、まだ二年生だから、いないんだね」
和奏がつぶやくと、優助が、静かにうなずいた。
「はい。才川さんは、来年も、学校にいます」
「優助、少し、ほっとしてる?」
「はい、少しだけ」
◇ ◇ ◇
式が進み、奥津の名前が呼ばれると、彼女は、いつも通りの優雅な足取りで、壇上へと向かった。
証書を受け取る瞬間、奥津の表情は、少しだけ、いつもより硬かった。
けれど、壇上を降りるとき、一瞬、客席の中の、がくほのメンバーへと視線を向け、小さく微笑んだ。
愛理が、その視線に気づき、思わず、涙ぐんでいた。
「愛理さん、大丈夫かな」
和奏が心配すると、隣にいた瑠実も、目を潤ませながら、それでも笑っていた。
「大丈夫、たぶん、嬉しくて泣いてるだけです」
◇ ◇ ◇
式が終わり、校庭では、卒業生と在校生が入り混じり、あちこちで、別れの挨拶が交わされていた。
特事研の六人は、がくほのメンバーを探し、校庭の隅で、合流することができた。
「奥津さん、卒業、おめでとうございます」
和奏が言うと、奥津は、いつも通りの微笑みで、丁寧に一礼した。
「ありがとうございます。皆さんには、色々と、お世話になりました」
「こちらこそです」
愛理が、まだ少し涙目のまま、色紙を差し出した。
「リーダー、これ、改めて」
「ありがとう、愛理。大切にするわ」
奥津は、色紙を受け取り、ゆっくりと開いた。
中には、がくほのメンバーだけでなく、特事研の六人からのメッセージも、書き添えられている。
「特事研の皆さんからも、こんなに」
「あの日、一緒に書かせてもらいました」
美空が、少し照れながら言った。
「奥津さん、ライバルとして、すごく良い一年だったよ」
「わたしも、同じ気持ちです」
◇ ◇ ◇
才川が、いつになく静かな声で言った。
「奥津さん、いなくなると、少し、寂しくなりますね」
「才川くんも、次は、あなたの番よ」
「僕も、いつか、こんな風に、卒業していくんですね」
「その日まで、がくほを、よろしく頼むわね」
「はい。任せてください」
茅野は、猫を撫でながら、いつも通りの無表情で言った。
「奥津さん、たまには、遊びに来てください。この猫、覚えてるかもしれないので」
「ふふ、そうね。時々、顔を出すわ」
瑠実は、涙をこらえながら、最後に、大きな声で言った。
「奥津リーダー、今まで、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとう。瑠実さんの、その素直さに、何度も助けられたわ」
◇ ◇ ◇
愛理は、しばらく、何も言えずにいたが、やがて、まっすぐに、奥津を見つめた。
「リーダー、わたし、次のリーダー、頑張ります」
「愛理なら、大丈夫よ。あなたの、真面目さと、正義感は、がくほに、必要なものだから」
「はい」
「ただ、少しだけ、力を抜くことも、覚えてね。あなたは、少し、頑張りすぎるところがあるから」
「気を、つけます」
奥津は、愛理の頭に、そっと手を置いた。
「大丈夫、あなたなら、きっと、いいリーダーになれるわ」
◇ ◇ ◇
和奏たちも、少し離れた場所で、その様子を見守っていた。
「がくほ、これから、どうなるんだろうね」
和奏がつぶやくと、彩羽が、優しく答えた。
「愛理さんたちなら、大丈夫だろ。もう、しっかりしてるし」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺たちも、いつか、こういう日が来るんだな」
「今日は、珍しく、しんみりしてるね」
「たまには、こういう気分にも、なるさ」
大地は、少し寂しそうな顔で言った。
「奥津さん、もう会えなくなるのかな」
「時々は、会えると思うよ。近くに住んでるみたいだし」
優助が、静かに、校庭の桜の蕾を見上げた。
「あの、来年、才川さんが卒業するとき、僕は、また、同じ気持ちになるんでしょうね」
「そうかもね」
「でも、その前に、まだ、たくさん、話したいことがあります」
◇ ◇ ◇
やがて、卒業生たちは、保護者や友人と共に、少しずつ、校門の方へと歩き出していった。
奥津も、がくほのメンバー一人ひとりと、最後の挨拶を交わし、静かに、校庭を後にした。
その後ろ姿を、六人と、残されたがくほの四人は、しばらく、黙って見送っていた。
◇ ◇ ◇
部室に戻り、美空がホワイトボードに、いつもとは少し違う言葉を書いた。
『卒業式、最後のホームルーム――終わりであり、始まり』
「今回、事件じゃなくて、そう書くんだね」
和奏が言うと、美空はうなずいた。
「今日は、解決すべき謎は、なかったからね。でも、記録しておきたかったから」
「その気持ち、分かるよ」
彩羽は、窓の外を見ながら、静かに言った。
「私たちも、いつか、こうやって、卒業していくんだよな」
「そうだね。でも、まだ、少し先の話だよ」
「先の話だからこそ、今は、目の前のことを、大事にしないとな」
信吾は、いつになく、素直にうなずいた。
「そうだな。今は、今の俺たちを、大事にしよう」
大地は、せんべいの袋を開けながら、少し笑った。
「とりあえず、お腹すいたから、食べていい?」
「そういうところ、大地らしいね」
優助は、窓の外の桜の蕾を、もう一度、静かに見つめた。
「あの、この一年、色々な事件、ありましたね」
「本当に、色々あったね」
「来年も、きっと、色々あると思います。でも、今度は、僕も、少しは、頼れる存在になれてたら、いいなと思います」
「優助、もう十分、頼りになってるよ」
窓の外、卒業式を終えた校庭には、少しずつ、春の気配が、確かに、近づいてきていた。
今日という日も、事件は、笑いながらやってきた。
そして、今回は、事件の代わりに、たくさんの、大切な想いが、そこにあった。
特異事象研究部の一年間の活動記録は、まだ、始まったばかりだった。




