第29話 卒業式前、消えた寄せ書き色紙事件
卒業式まで、あと一週間というころだった。
特事研の部室に、思いがけない依頼人が訪れた。
「実は、困ったことがあって」
現れたのは、がくほの花村愛理だった。
「愛理が、一人で来るの、珍しいね」
和奏が言うと、愛理は、いつもより硬い表情でうなずいた。
「奥津リーダーへの、寄せ書き色紙が、なくなったんです」
「寄せ書き色紙?」
「はい。がくほのメンバーで、卒業する奥津リーダーに贈るために、こっそり用意していたんです。部室の棚に隠していたはずなのに、今朝、確認したら、消えていて」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「卒業を邪魔する悪意」「購買部」。
「今回、悪意、って言葉、けっこう強いね」
「大事な色紙が消えたなら、真剣に考えないとね」
「その真剣さ、いつもと少し違うね」
彩羽が腕を組んだ。
「がくほの部室から、消えたのか。部外者の犯行とは、考えにくいな」
「彩羽、今回、鋭いね」
信吾は前髪を払った。
「これは、内部の人間による、複雑な事情が絡んでいるかもしれない」
「今回、意外と、当たってそうだね」
「珍しく、俺の勘が冴えている」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「色紙、大事なものだよね」
優助が控えめに言った。
「あの、愛理さん、他のメンバーには、確認しましたか」
「それが、瑠実と、才川と、茅野くんには、聞いたんですけど、みんな、知らないと」
「みんなに、聞いたんですね」
「はい」
◇ ◇ ◇
六人は、愛理と一緒に、がくほの部室に向かった。
小さな会議室には、瑠実、才川、茅野の三人が、それぞれ、心配そうな顔で待っていた。
「特事研さんに、頼んだのか」
才川が、芝居がかった仕草で、それでも真剣な声で言った。
「今回ばかりは、僕らだけじゃ、埒が明かなくて」
瑠実は、いつものんびりした様子だったが、今日は、少し表情が硬かった。
「奥津リーダー、もうすぐ卒業しちゃうから。あの色紙、絶対、渡したくて」
茅野は、猫を撫でながら、静かに言った。
「僕は、正直、あんまり驚いてない」
「え?」
「奥津さん、なんとなく、気づいてそうな気がする」
「気づいてる、って、どういうこと?」
◇ ◇ ◇
美空が、部室の棚を調べ始めた。
「ここに、色紙が入ってたんだね」
「はい。この引き出しに」
引き出しを開けると、色紙は見当たらなかったが、代わりに、小さなメモが残されていた。
『少しだけ、借りますね』
達筆な、それでいて優雅な字だった。
「これ……」
愛理が、メモを見て、はっとした顔をした。
「この字、奥津リーダーの字です」
「奥津さんが、自分で?」
優助が、静かに言った。
「もしかしたら、色紙のことに、気づいていたのかもしれません」
◇ ◇ ◇
六人とがくほのメンバーは、奥津を探すことにした。
放課後の校内を探し回ると、旧校舎の屋上に続く階段の踊り場で、奥津が、一人、窓の外を眺めているのを見つけた。
その手には、確かに、色とりどりの寄せ書きが並んだ、色紙が握られていた。
「奥津さん」
和奏が声をかけると、奥津は、少し驚いた顔をしたあと、優雅に微笑んだ。
「あら、見つかってしまいましたね」
愛理が、少し戸惑いながら、前に出た。
「リーダー、それ……」
「ごめんなさいね。棚に隠してあるの、なんとなく、気づいてしまって。渡される前に、見てしまいました」
◇ ◇ ◇
「なんで、勝手に、見たんですか」
愛理が聞くと、奥津は、少し寂しそうな顔をした。
「正直に言うと、卒業式当日、みんなの前で、これを渡されたら、うまく、笑顔を作れる自信が、なかったの」
「え?」
「わたし、いつも、余裕があるように、振る舞ってきたでしょう。でも、本当は、卒業が近づくにつれて、寂しくて、不安で、仕方なかったの」
奥津は、色紙を、そっと胸に抱いた。
「先に、一人で読んで、泣いておきたかったの。本番で、みっともなく泣くのは、リーダーとして、格好悪いから」
瑠実が、少し驚いた顔をした。
「奥津リーダー、そんなこと、思ってたんだ」
「隠しててごめんなさいね」
才川が、芝居がかった仕草をやめて、静かに言った。
「奥津さんも、僕たちと、同じように、不安になることが、あるんですね」
「当たり前でしょう。わたしも、ただの、中学生ですもの」
茅野が、猫を撫でながら、ぼそりと言った。
「別に、格好悪くないと思うけど」
「え?」
「泣きたいときに、泣くの、格好悪くない。むしろ、隠すほうが、疲れるんじゃないの」
奥津は、しばらく、茅野の言葉を、噛みしめるように、黙り込んでいた。
◇ ◇ ◇
愛理が、真剣な顔で言った。
「リーダー、卒業式当日、無理に、笑顔を作らなくても、いいと思います。わたしたちの前でなら、泣いてもいいです」
「愛理……」
「わたしたちは、リーダーの、完璧なところだけを、見てきたわけじゃありません。時々、無理してるところも、見てました」
「気づいてたの?」
「なんとなく、ですけど」
奥津は、少しの間、目を伏せていたあと、静かに微笑んだ。
「ありがとう。今日、少し、泣いておいたから、本番は、うまく笑えるかもしれません」
「今日、泣いたんですか」
「ええ、少しだけ」
その言葉に、瑠実が、少し照れたように言った。
「わたしたち、今日から、もっと頼っていいですからね」
「そうね。頼らせてもらうわ」
◇ ◇ ◇
その日、六人と、がくほのメンバーは、一緒に、色紙に、追加のメッセージを書き足すことにした。
美空も、ホワイトボード代わりのメモに、一言、書き添えた。
『特事研とがくほ、ライバルとして、良い一年でした』
和奏も、少し照れながら、一言、加えた。
『いつも、頼れる隣人でいてくれて、ありがとうございました』
◇ ◇ ◇
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『卒業式前、消えた寄せ書き色紙事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・奥津さん。動機・一人で泣いておきたかったから』
「動機、今回、優しくて、少し切ないね」
和奏が言うと、美空はうなずいた。
「卒業を邪魔する悪意説、今回も、使わなかったよ」
「今回は、悪意どころか、優しさしかなかったもんね」
彩羽は、少し目を潤ませながら言った。
「奥津さんも、私たちと、同じなんだな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回も、当たっていたな」
「内部の人間による、複雑な事情、って言ってたのは、当たってたね」
「五回連続、当たっている気がする」
「その調子、卒業式まで、続くといいね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「奥津さん、卒業しちゃうの、寂しいね」
「うん、そうだね」
優助が、静かに窓の外を見ながら言った。
「あの、才川さんも、来年、卒業ですよね」
「そうだね。少しずつ、色々な別れが、近づいてきてるね」
「その前に、まだまだ、話したいこと、たくさんあります」
窓の外、卒業式を控えた校庭には、少しずつ、春の気配が、混じり始めていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、誰かの静かな涙が、事件の正体だった。




