表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/60

第29話 卒業式前、消えた寄せ書き色紙事件

卒業式まで、あと一週間というころだった。


 特事研の部室に、思いがけない依頼人が訪れた。


「実は、困ったことがあって」


 現れたのは、がくほの花村愛理だった。


「愛理が、一人で来るの、珍しいね」


 和奏が言うと、愛理は、いつもより硬い表情でうなずいた。


「奥津リーダーへの、寄せ書き色紙が、なくなったんです」


「寄せ書き色紙?」


「はい。がくほのメンバーで、卒業する奥津リーダーに贈るために、こっそり用意していたんです。部室の棚に隠していたはずなのに、今朝、確認したら、消えていて」


 美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。


「霊」「卒業を邪魔する悪意」「購買部」。


「今回、悪意、って言葉、けっこう強いね」


「大事な色紙が消えたなら、真剣に考えないとね」


「その真剣さ、いつもと少し違うね」


 彩羽が腕を組んだ。


「がくほの部室から、消えたのか。部外者の犯行とは、考えにくいな」


「彩羽、今回、鋭いね」


 信吾は前髪を払った。


「これは、内部の人間による、複雑な事情が絡んでいるかもしれない」


「今回、意外と、当たってそうだね」


「珍しく、俺の勘が冴えている」


 大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。


「色紙、大事なものだよね」


 優助が控えめに言った。


「あの、愛理さん、他のメンバーには、確認しましたか」


「それが、瑠実と、才川と、茅野くんには、聞いたんですけど、みんな、知らないと」


「みんなに、聞いたんですね」


「はい」


   ◇ ◇ ◇


 六人は、愛理と一緒に、がくほの部室に向かった。


 小さな会議室には、瑠実、才川、茅野の三人が、それぞれ、心配そうな顔で待っていた。


「特事研さんに、頼んだのか」


 才川が、芝居がかった仕草で、それでも真剣な声で言った。


「今回ばかりは、僕らだけじゃ、埒が明かなくて」


 瑠実は、いつものんびりした様子だったが、今日は、少し表情が硬かった。


「奥津リーダー、もうすぐ卒業しちゃうから。あの色紙、絶対、渡したくて」


 茅野は、猫を撫でながら、静かに言った。


「僕は、正直、あんまり驚いてない」


「え?」


「奥津さん、なんとなく、気づいてそうな気がする」


「気づいてる、って、どういうこと?」


   ◇ ◇ ◇


 美空が、部室の棚を調べ始めた。


「ここに、色紙が入ってたんだね」


「はい。この引き出しに」


 引き出しを開けると、色紙は見当たらなかったが、代わりに、小さなメモが残されていた。


『少しだけ、借りますね』


 達筆な、それでいて優雅な字だった。


「これ……」


 愛理が、メモを見て、はっとした顔をした。


「この字、奥津リーダーの字です」


「奥津さんが、自分で?」


 優助が、静かに言った。


「もしかしたら、色紙のことに、気づいていたのかもしれません」


   ◇ ◇ ◇


 六人とがくほのメンバーは、奥津を探すことにした。


 放課後の校内を探し回ると、旧校舎の屋上に続く階段の踊り場で、奥津が、一人、窓の外を眺めているのを見つけた。


 その手には、確かに、色とりどりの寄せ書きが並んだ、色紙が握られていた。


「奥津さん」


 和奏が声をかけると、奥津は、少し驚いた顔をしたあと、優雅に微笑んだ。


「あら、見つかってしまいましたね」


 愛理が、少し戸惑いながら、前に出た。


「リーダー、それ……」


「ごめんなさいね。棚に隠してあるの、なんとなく、気づいてしまって。渡される前に、見てしまいました」


   ◇ ◇ ◇


「なんで、勝手に、見たんですか」


 愛理が聞くと、奥津は、少し寂しそうな顔をした。


「正直に言うと、卒業式当日、みんなの前で、これを渡されたら、うまく、笑顔を作れる自信が、なかったの」


「え?」


「わたし、いつも、余裕があるように、振る舞ってきたでしょう。でも、本当は、卒業が近づくにつれて、寂しくて、不安で、仕方なかったの」


 奥津は、色紙を、そっと胸に抱いた。


「先に、一人で読んで、泣いておきたかったの。本番で、みっともなく泣くのは、リーダーとして、格好悪いから」


 瑠実が、少し驚いた顔をした。


「奥津リーダー、そんなこと、思ってたんだ」


「隠しててごめんなさいね」


 才川が、芝居がかった仕草をやめて、静かに言った。


「奥津さんも、僕たちと、同じように、不安になることが、あるんですね」


「当たり前でしょう。わたしも、ただの、中学生ですもの」


 茅野が、猫を撫でながら、ぼそりと言った。


「別に、格好悪くないと思うけど」


「え?」


「泣きたいときに、泣くの、格好悪くない。むしろ、隠すほうが、疲れるんじゃないの」


 奥津は、しばらく、茅野の言葉を、噛みしめるように、黙り込んでいた。


   ◇ ◇ ◇


 愛理が、真剣な顔で言った。


「リーダー、卒業式当日、無理に、笑顔を作らなくても、いいと思います。わたしたちの前でなら、泣いてもいいです」


「愛理……」


「わたしたちは、リーダーの、完璧なところだけを、見てきたわけじゃありません。時々、無理してるところも、見てました」


「気づいてたの?」


「なんとなく、ですけど」


 奥津は、少しの間、目を伏せていたあと、静かに微笑んだ。


「ありがとう。今日、少し、泣いておいたから、本番は、うまく笑えるかもしれません」


「今日、泣いたんですか」


「ええ、少しだけ」


 その言葉に、瑠実が、少し照れたように言った。


「わたしたち、今日から、もっと頼っていいですからね」


「そうね。頼らせてもらうわ」


   ◇ ◇ ◇


 その日、六人と、がくほのメンバーは、一緒に、色紙に、追加のメッセージを書き足すことにした。


 美空も、ホワイトボード代わりのメモに、一言、書き添えた。


『特事研とがくほ、ライバルとして、良い一年でした』


 和奏も、少し照れながら、一言、加えた。


『いつも、頼れる隣人でいてくれて、ありがとうございました』


   ◇ ◇ ◇


 部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。


『卒業式前、消えた寄せ書き色紙事件――解決』


 その下に、少し小さく付け加える。


『犯人・奥津さん。動機・一人で泣いておきたかったから』


「動機、今回、優しくて、少し切ないね」


 和奏が言うと、美空はうなずいた。


「卒業を邪魔する悪意説、今回も、使わなかったよ」


「今回は、悪意どころか、優しさしかなかったもんね」


 彩羽は、少し目を潤ませながら言った。


「奥津さんも、私たちと、同じなんだな」


「彩羽、今回、しみじみしてるね」


「べ、別に、普通の感想だ」


 信吾は前髪を払い、決め顔を作った。


「俺の勘、今回も、当たっていたな」


「内部の人間による、複雑な事情、って言ってたのは、当たってたね」


「五回連続、当たっている気がする」


「その調子、卒業式まで、続くといいね」


 大地はせんべいの袋を開けながら言った。


「奥津さん、卒業しちゃうの、寂しいね」


「うん、そうだね」


 優助が、静かに窓の外を見ながら言った。


「あの、才川さんも、来年、卒業ですよね」


「そうだね。少しずつ、色々な別れが、近づいてきてるね」


「その前に、まだまだ、話したいこと、たくさんあります」


 窓の外、卒業式を控えた校庭には、少しずつ、春の気配が、混じり始めていた。


 今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。


 そして今回は、誰かの静かな涙が、事件の正体だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ