第28話 学年末、消えた卒業アルバム原稿事件
学年末テストが終わり、校内には、少しずつ、卒業シーズンの空気が漂い始めていた。
部室に依頼が来たのは、卒業アルバム委員をしている三年生からだった。
「原稿が、消えたんです!」
「原稿?」
和奏が聞き返すと、三年生の女子生徒はうなずいた。
「卒業アルバムに載せる、生徒会からの寄せ書きページの原稿です。締め切り直前で、印刷所に渡す予定だったのに、教室の机の引き出しから、なくなってて」
「印刷所に渡す前に消えるの、けっこう大変な事態だね」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「卒業を惜しむ亡霊」「購買部」。
「今回、卒業シーズンらしい仮説だね」
「季節感、大事にしてるからね」
「その一貫性、ある意味すごいよね」
彩羽が腕を組んだ。
「原稿がなくなる、か。卒業前の、ナイーブな時期だから、色々あるのかもな」
「彩羽、今回、大人な視点だね」
信吾は前髪を払った。
「これは、卒業を控えた三年生の、複雑な感情が絡んでいるのかもしれない」
「今回、珍しく、深いこと言うね」
「たまには、俺も、真剣に考えている」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「原稿、大事なものだよね」
優助が控えめに言った。
「あの、原稿、誰が書いたものですか」
三年生の女子生徒が答えた。
「わたしと、あと二人の委員で、分担して書きました。なくなったのは、わたしの担当ページです」
◇ ◇ ◇
六人は、その女子生徒に、詳しい話を聞くことにした。
名前は、上田と名乗った。
「原稿、どんな内容だったんですか」
和奏が聞くと、上田は、少し複雑な表情を見せた。
「生徒会での三年間の思い出と、後輩へのメッセージを、書くはずでした」
「はず?」
「実は、締め切り直前まで、なかなか書けなくて。何度も書き直して、やっと、それらしいものが、書けたところだったんです」
「じゃあ、その原稿が、消えたんだね」
「はい。でも、正直に言うと……」
上田は、少し言いよどんだ。
優助が、静かに続きを促した。
「無理に、話さなくても大丈夫ですけど、何か、気になることがあれば」
「実は、書き終えたあと、読み返してみて、なんだか、しっくりこなくて。本当の気持ちを、うまく書けていない気がして。もう一度、書き直したいと思ってたところだったんです」
「じゃあ、もしかして……」
和奏が言いかけたとき、彩羽が、思い当たったように言った。
「上田さん、もしかして、自分で、隠したんじゃないか」
上田は、しばらく黙り込んだあと、小さくうなずいた。
「はい。もう一度、書き直す時間が欲しくて、いったん、原稿を、別の場所に、隠してしまいました」
◇ ◇ ◇
「なんで、正直に言わなかったの?」
和奏が聞くと、上田は、うつむいた。
「締め切りが近いのに、自分の都合で、隠したなんて、言いづらくて。ほかの委員のみんなに、迷惑をかけると思って」
「今、正直に話してくれたのは、良かったと思うよ」
美空が、目を輝かせながら言った。
「これは、本当の気持ちを、言葉にしようとする、誠実な行動の結果だったんだね」
「今回、すごく前向きな解釈だね」
「事実だから、そのまま言っただけだよ」
優助が、静かに言った。
「あの、もし良かったら、今の気持ち、聞かせてもらえますか。もしかしたら、その方が、原稿に書くべき言葉なんじゃないかと思って」
上田は、少し考えたあと、ゆっくりと話し始めた。
「生徒会に入ったばかりのころ、緊張して、うまく発言できなかったこと。それでも、周りの先輩や、同級生に助けられて、少しずつ、自分の意見を、言えるようになったこと。そして、今、後輩たちに、伝えたいのは、失敗しても、大丈夫だっていうこと」
その言葉を聞いて、和奏は、思わずうなずいた。
「それ、すごく、いい言葉だと思う」
「本当ですか」
「うん。さっきの、隠した理由も、失敗を恐れる気持ちからだったんだよね。だからこそ、その言葉、説得力があると思う」
◇ ◇ ◇
上田は、その場で、新しい原稿の下書きを、書き始めた。
自分の言葉で、素直な気持ちを綴った文章は、最初のものより、ずっと、上田らしいものになった。
「これなら、書けそうです」
「うん、いいと思うよ」
彩羽が、優しく言った。
「隠したこと、正直に、委員のみんなにも、話したほうがいいと思うぞ」
「はい。ちゃんと、謝ります」
◇ ◇ ◇
その後、上田は、他の委員たちに事情を話し、無事に、新しい原稿を、締め切りに間に合わせることができた。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『学年末、消えた卒業アルバム原稿事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・上田さん。動機・本当の気持ちを、言葉にしたかったから』
「動機、今回、少し長いね」
和奏が言うと、美空はうなずいた。
「今回は、短くまとめるより、そのまま書きたかったから」
「その気持ち、なんとなく分かるよ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回も、当たっていたな」
「複雑な感情が絡んでいる、って言ってたのは、当たってたね」
「珍しく、深いことを言った甲斐があった」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「上田さん、いい原稿、書けたんだね」
「うん、良かったね」
優助が、静かに窓の外を見ながら言った。
「あの、僕も、いつか、卒業のとき、後輩に伝えたい言葉、見つけられたらいいなと思います」
「優助、まだ一年生なのに、気が早いね」
「はい。でも、今から、少しずつ、考えておこうと思って」
窓の外、冬の終わりを感じさせる、少し柔らかくなった日差しが、校庭を照らしていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、本当の気持ちを探す時間が、事件の正体だった。




