第27話 学年末、消えた予習ノート事件
マラソン大会が終わると、校内には、学年末テストに向けた、少しぴりついた空気が漂い始めた。
「テスト勉強、憂鬱だね」
和奏が言うと、彩羽が、少し疲れた顔でうなずいた。
「今回のテスト範囲、広いんだよな」
信吾は、前髪を払いながら、自信満々に言った。
「俺は、もう対策万全だ」
「その台詞、テスト前によく聞く気がする」
大地は、ノートを片手に、真剣な顔をしていた。
「ぼく、数学、苦手だから、頑張らないと」
優助は、静かに、参考書のページをめくっていた。
「あの、僕は、生徒会の仕事もあるので、少し忙しいですが、なんとか、両立させます」
「優助、無理しないでね」
美空は、机の上に、大量のノートを広げていた。
「わたしは、七不思議の研究と、テスト勉強を、両立させる予定だよ」
「その両立、必要ある?」
◇ ◇ ◇
放課後、部室に、和奏のクラスメイトが、慌てた様子で駆け込んできた。
「予習ノートが、消えたの!」
「ノート?」
和奏が聞き返すと、クラスメイトはうなずいた。
「テスト範囲の予習を、みんなで分担して作ってた、共有ノートがあるんだけど、それが、教室から、なくなっちゃって」
「共有ノート?」
「うん。クラスのみんなで、少しずつ書き足していく形式のノート。テスト前、みんなで見返す予定だったのに」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「テストを妨害する悪霊」「購買部」。
「今回、悪霊、けっこう強めの表現だね」
「テスト前は、緊張感が高まるからね」
「その言い訳、テストのたびに使ってる気がする」
彩羽が腕を組んだ。
「共有ノートが消える、か。誰か、独占したい人がいるのかもな」
「彩羽、今回、鋭い推理だね」
信吾は前髪を払った。
「これは、ライバルを出し抜こうとする、卑劣な作戦かもしれない」
「今回、意外と、その方向、当たってそうだね」
「珍しく、俺の勘が冴えている」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「ノート、盗んで、勉強、頑張るのかな」
「その発想、素直だけど、当たってるかもしれないね」
優助が控えめに言った。
「あの、共有ノート、最後に使ったのは、誰でしたか」
「確か、昨日の放課後、教室に残って、書き足していた子がいたはずです」
◇ ◇ ◇
六人は、そのクラスメイトに話を聞くことにした。
昨日、最後に共有ノートを使っていたのは、大人しい性格で知られる、女子生徒だった。
「あの、共有ノートのこと、知ってる?」
和奏が声をかけると、女子生徒は、びくりと肩を震わせた。
「あ、あの……」
「もしかして、持ってる?」
女子生徒は、しばらく黙り込んだあと、鞄の中から、共有ノートを取り出した。
「すみません、勝手に、持って帰ってしまいました」
◇ ◇ ◇
女子生徒は、村田と名乗った。
「なんで、持って帰ったの?」
「昨日、自分の担当のページ、書き終わったんですけど、他のみんなの書いた部分を見たら、すごく分かりやすくて。家で、じっくり読み込みたくて、つい、持って帰ってしまいました」
「そのまま、返さなかったんだね」
「今朝、返そうと思ったんですけど、教室に行く前に、忘れ物、取りに戻ったりしてるうちに、タイミングを逃してしまって」
村田は、深く頭を下げた。
「みんなに、迷惑かけて、すみませんでした」
クラスメイトが、少しほっとした様子で言った。
「別に、盗まれたわけじゃなくて、良かった」
「でも、みんな、困ってたと思う。テスト前に、共有ノート見れなくて」
「それは、そうだけど……」
彩羽が、優しい声で言った。
「悪気があったわけじゃないなら、そんなに、自分を責めなくていいと思うぞ」
「はい……」
◇ ◇ ◇
優助が、静かに提案した。
「あの、こういうこと、また起きないように、共有ノートを、コピーして、みんなが自由に見られる形にしておくのは、どうでしょうか」
「コピー?」
「はい。原本は、教室に置いておいて、コピーを、何人かで分担して持っておけば、一人が持ち帰っても、他の人が困らないと思います」
「優助、いいアイデアだね」
「生徒会の仕事で、印刷機の使い方、少し詳しくなったので」
「その知識、こんなところで役立つんだ」
◇ ◇ ◇
放課後、クラスのみんなで、共有ノートのコピーを作り、数人で分担して持つことになった。
村田も、その作業を、率先して手伝った。
「これで、もう、みんなに迷惑かけないと思います」
「うん、良かったね」
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『学年末、消えた予習ノート事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・村田さん。動機・もっと読み込みたい気持ち』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「テストを妨害する悪霊説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には入れるのにね」
彩羽は、少し微笑んだ。
「勉強熱心な子だったんだな」
「彩羽、今回、しみじみしてるね」
「べ、別に、普通の感想だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回も、当たっていたな」
「ライバルを出し抜こうとする作戦、って言ってたのは、違った気がするけど」
「勉強熱心さが、行動に表れていた、という意味では、当たっている」
「その解釈、毎回、強引だよね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「ぼくも、テスト、頑張らないと」
「大地、応援してるよ」
優助が、静かに言った。
「あの、みんなで、勉強会、開きませんか。分からないところ、教え合えると思います」
「いいね、やろう」
窓の外、冬の澄んだ空気の中、テストに向けた、少し慌ただしい放課後が続いていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、学びへの意欲が、事件の正体だった。




