第25話 三学期、書き初め展の消えた作品事件
三学期の始業式が終わり、校内には、書き初めの作品が、廊下いっぱいに展示されていた。
「今年の書き初め、なかなか力作ぞろいだね」
和奏が言うと、隣を歩いていた優助が、静かにうなずいた。
「僕は、『不言実行』にしました」
「優助らしい言葉だね」
美空は、自分の作品の前で、腕を組んで見入っていた。
「わたしは、『七不思議完全解明』にしたよ」
「四字熟語じゃないし、そもそも書き初めの精神からズレてる気がする」
彩羽は、少し照れた様子で、自分の作品を指さした。
「私は、『前進』にした」
「シンプルだけど、彩羽らしいね」
信吾は、前髪を払いながら、自分の作品を見せた。
「俺は、『飛躍』だ」
「毎年、似たようなこと書いてる気がする」
大地は、自分の作品の前で、少し困った顔をしていた。
「ぼくの、なくなってる」
「え?」
大地が指さした場所には、名札だけが残っていて、肝心の作品が見当たらなかった。
◇ ◇ ◇
六人は、担当の先生に相談した。
「大地くんの作品、確かに、昨日までは、ここに貼ってあったはずなんだけど」
先生も、困惑した様子だった。
美空がホワイトボード代わりのメモ帳に、丸を三つ描いた。
「霊」「書道の神様」「購買部」。
「今回、書道の神様、初登場だね」
「新学期には、新しい仮説を用意しないとね」
「その心意気は、いつも通りだけど」
彩羽が、展示スペースの周りを見回した。
「他の作品は、無事だな。大地のだけ、狙われたのか」
「大地の作品、何て書いたの?」
和奏が聞くと、大地は、少し恥ずかしそうに答えた。
「『大食』」
「その二文字、書道展に、それでいいの?」
「一番、素直な気持ちを書こうと思って」
信吾が、腕を組んだ。
「これは、大地の食への情熱が、何者かの怒りを買った可能性がある」
「その理論、突拍子もないけど、微妙にありそうで怖い」
◇ ◇ ◇
優助が、展示スペースの隅に、小さな紙片が落ちているのを見つけた。
「あの、これ」
拾い上げると、それは、墨で書き損じたらしい、半紙の切れ端だった。
よく見ると、「大食」の文字が、薄く透けて見えた。
「大地の作品の、下書きかな」
「僕のじゃないです。僕の下書き、もっとうまく書けてました」
「今、地味に自慢したね」
美空が、切れ端の墨の匂いを嗅いだ。
「これ、まだ新しい墨の匂いがする」
「最近、誰かが、この場所で、書き直してたってこと?」
◇ ◇ ◇
六人は、書道室に向かった。
放課後、書道室には、まだ数人の生徒が、道具の片付けをしていた。
その中に、大地のクラスメイトの、小柄な男子生徒がいた。
「あの、大地くんの作品のこと、何か知ってますか」
和奏が聞くと、男子生徒は、少し気まずそうな顔をした。
「実は、僕です」
◇ ◇ ◇
男子生徒は、木村と名乗った。
「なんで、大地の作品、持ち出したの?」
和奏が聞くと、木村は、うつむいた。
「僕、書き初め、下手で。恥ずかしくて、展示するの、嫌だったんです」
「それで?」
「大地くんの『大食』っていう字、すごく伸び伸びしてて、上手で。あんな風に、力を抜いて書けたらいいなって、羨ましくて」
「それで、どうしたの?」
「大地くんの作品を、こっそり借りて、家で、真似して練習してました。展示の前に、戻すつもりだったんですけど、なかなか、うまく書けなくて」
木村は、鞄から、丁寧に折りたたまれた半紙を取り出した。
広げると、そこには、大地の「大食」の文字が、少しよれた字ながらも、確かに、丁寧に書かれていた。
「これ、僕が、書いた分です。大地くんの、本物は、こっちに」
木村は、もう一枚、大地の本物の作品を差し出した。
「勝手に持ち出して、すみませんでした」
◇ ◇ ◇
大地は、自分の作品と、木村の練習作を、両方見比べた。
「これ、僕の字、真似してくれたの?」
「はい。大地くんみたいに、力を抜いて書けたら、って思って」
大地は、少し照れたように笑った。
「ぼくの字、そんなに、良かったかな」
「はい。伸び伸びしてて、見てて、気持ちよかったです」
彩羽が、木村の書いた文字を見ながら言った。
「これ、これで、味があると思うぞ。真似したにしては、悪くない」
「本当ですか」
「ああ。大地の勢いと、木村の丁寧さ、両方入ってる気がする」
◇ ◇ ◇
結局、大地の本物の作品は、無事に展示スペースに戻され、木村の練習作は、大地に記念として贈られることになった。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『三学期、書き初め展の消えた作品事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・木村くん。動機・憧れの字』
「動機、今回も、優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「書道の神様説、今回も使わなかったよ」
「今回は、割と現実的な流れだったもんね」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回も、当たっていたな」
「大地の食への情熱が、って言ってたのは、ちょっと違う気がするけど」
「食への情熱が、字にも表れていた、という意味では、当たっている」
「その解釈、無理やりすぎるよ」
大地は、木村からもらった練習作を、大事そうに眺めていた。
「今度、一緒に、書道の練習しようよ」
「いいんですか」
「うん。ぼくも、木村くんの、丁寧な字、ちょっと真似したいし」
「お互い、真似し合うんだね」
優助が、静かに言った。
「あの、三学期も、色々な事件、起きそうですね」
「そうだね。今年も、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
窓の外、冬の澄んだ空気の中、書き初めの作品が並ぶ廊下には、新しい学期の始まりの空気が漂っていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、誰かへの憧れが、事件の正体だった。




