第21話 保健室の消えた毛布事件
朝晩の空気が、めっきり冷たくなってきたころだった。
部室に、保健室の先生が、困った様子でやってきた。
「実は、ちょっと、相談があって」
「先生が直接来るの、珍しいですね」
和奏が言うと、保健室の先生は、うなずいた。
「保健室にある予備の毛布が、最近、一枚だけ、よくなくなるの。体調不良の生徒に貸し出したわけでもないのに」
「一枚だけ、消えるんですか」
「そう。しかも、翌朝には、ちゃんと戻ってるのよ。畳まれて、きれいに」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「寒がりの妖精」「購買部」。
「冬になると、仮説も冬っぽくなるんだね」
「季節感、大事だからね」
彩羽が、腕を組んだ。
「毛布が、夜だけなくなって、朝には戻ってる、か。なんとなく、優しい感じの謎だな」
「彩羽、今回は落ち着いてるね」
「幽霊にしては、几帳面すぎる。畳んで返すなんて、律儀な幽霊だ」
「その発想も、割と独特だけど」
信吾は前髪を払った。
「これは、夜の校舎に住み着いた何者かの、生活の跡かもしれない」
「今回、意外と鋭いこと言うね」
「珍しく、俺の勘が冴えている」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「毛布、あったかそうだね」
「大地、今回、感想がシンプルだね」
優助が控えめに言った。
「あの、最近、書記の仕事で遅くまで学校に残ることがあるんですけど、その時間帯に、何か気づけるかもしれません」
「優助、頼りになるね」
◇ ◇ ◇
その日の夜、優助と和奏は、生徒会の仕事を口実に、遅くまで学校に残ることにした。
他のメンバーも、少し離れた場所で待機している。
夜七時を過ぎたころ、保健室のある一階の廊下に、小さな足音が響いた。
窓の外から差し込む外灯の光の中に、一人の男子生徒の姿が見えた。
保健室のドアを、そっと開け、中から毛布を一枚、抱えて出てくる。
「あっ」
和奏が声をかけると、男子生徒は、びくりと肩を震わせた。
振り返ったのは、一年生の男子生徒だった。
「す、すみません」
「毛布、何に使ってるの?」
和奏が優しく聞くと、男子生徒は、しばらく黙り込んだあと、小さな声で答えた。
「用務員さんの詰所の近くで、居場所を作ってる猫が、いるんです」
「猫?」
「はい。野良猫なんですけど、最近、寒くなってきて、心配で。段ボールで小屋を作ったんですけど、毛布があったほうが、暖かいかと思って」
「それで、毎晩、こっそり借りてたの?」
「はい。朝、誰かが気づく前に、返そうと思って、早く来て、畳んで戻してました」
◇ ◇ ◇
男子生徒は、田中と名乗った。
「保健室に、頼んでみればよかったのに」
和奏が言うと、田中は、うつむいた。
「野良猫のために、学校の毛布を借りたい、なんて言ったら、怒られるかと思って」
優助が、静かに言った。
「言ってみないと、分からないと思います。案外、協力してくれるかもしれません」
「そう、でしょうか」
翌日、六人は、田中と一緒に、保健室の先生に、事情を話しに行った。
「実は、こういう理由で、毛布をお借りしていました」
田中が、緊張した面持ちで説明すると、保健室の先生は、少し驚いた顔をしたあと、優しく微笑んだ。
「そういうことだったのね。正直に言ってくれて、ありがとう」
「怒らないんですか」
「勝手に持ち出したのは、良くないことだけど、猫を心配する気持ちは、悪いことじゃないもの」
先生は、少し考えてから続けた。
「古くなって、もう使ってない毛布が、他にもあるの。それなら、正式に、猫のために使ってもらっても構わないわ」
「本当ですか」
「ただし、次からは、ちゃんと言ってから、持っていってね」
「はい!」
田中の顔が、ぱっと明るくなった。
◇ ◇ ◇
その日の放課後、六人は、田中と一緒に、猫の様子を見に行った。
用務員さんの詰所の近く、段ボールで作られた小さな小屋の中に、白と茶色のぶちの猫が、丸くなっていた。
「かわいいね」
大地が、そっと近づくと、猫は、警戒しながらも、逃げようとはしなかった。
「この子、田中くんに、慣れてるみたいだね」
「毎日、少しずつ、様子を見に来てたので」
彩羽が、少し離れた場所から、感心したように言った。
「一人で、こっそり世話してたのか。えらいな」
「べ、別に、大したことじゃ……」
田中は、彩羽の口癖を、無意識に真似するように、少し照れた様子で言った。
美空が、それに気づいて、目を輝かせた。
「今、彩羽の口癖、うつってたよ」
「そ、そんなことない」
「今も、否定の仕方が似てる」
「べ、別に……あ」
田中も、自分の言い方に気づき、思わず笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『保健室の消えた毛布事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・一年生の田中くん。動機・猫への優しさ』
「動機、また優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「寒がりの妖精説、今回も使わなかったよ」
「その気遣い、いつもしてほしい」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回も、そこそこ当たっていたな」
「夜の校舎に住み着いた何者か、って言ってたのは、当たってたかも」
「珍しく、二回連続で当たってる気がする」
「その調子、続くといいね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「猫、これから、もっと寒くなるから、心配だね」
「みんなで、時々、様子見に行こうか」
優助が、静かに言った。
「あの、生徒会の仕事でも、動物の保護について、相談してみようと思います」
「優助、また新しい仕事、増やすの?」
「はい。少しずつですが」
「その頑張り屋なところ、優助らしいね」
窓の外、冬の気配を感じさせる、冷たい風が、校庭の落ち葉を舞い上げていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、小さな命を思う気持ちが、事件の正体だった。




