第20話 がくほ!~学園生活保全部の活動記録~ 購買部の割り込み事件
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、学園生活保全部の部室には、五人が集まっていた。
もっとも、部室といっても、生徒会室の隣にある小さな会議室を間借りしているだけで、机の上には「がくほ」と書かれた小さな看板が置かれているだけである。
「本日の報告事項から始めます」
副リーダーの花村愛理が、記録用のノートを開いた。
「昨日、廊下を走っていた生徒が三名、注意しました。うち二名は素直に反省。一名は逃走しました」
「逃げられたんだ」
リーダーの奥津素子が、優雅にお茶を飲みながら言った。
「はい。悔しいですが、来週までに、必ず見つけ出します」
「愛理、その執念、少し怖い」
宮本瑠実が、購買部で買ってきたパンをかじりながら言った。
「怖くありません。秩序を守るための正当な使命感です」
「はいはい」
才川宏美が、椅子にもたれかかりながら、芝居がかった仕草で天井を見上げた。
「今日もまた、平和な学園に、小さな乱れが生まれるのだろうね」
「才川、早く本題に入って」
愛理が急かすと、才川は肩をすくめた。
「せっかちだな、君は」
茅野厚は、部室の隅で、いつの間にか連れてきた黒猫を膝に乗せ、無言でスマートフォンをいじっていた。
「茅野くん、聞いてる?」
「聞いてる。適当に」
「適当なんだ」
奥津が、五人を見渡し、優雅に手を叩いた。
「では、本日の議題に入りましょう。実は、購買部から相談が来ています」
「購買部?」
「はい。最近、昼休みの購買部の行列で、割り込みが頻発しているそうです。列に並んでいた下級生が、泣きながら訴えてきたとか」
花村愛理の目が、きらりと光った。
「許せません! 列に並ぶのは、社会の基本です!」
「愛理、テンション、いつも通りだね」
「当然です!」
◇ ◇ ◇
昼休み、五人は購買部の前に向かった。
行列は、いつも通り、教室棟から売店までの廊下に伸びている。
瑠実が、行列を見て、目を輝かせた。
「今日は焼きそばパンだ」
「瑠実、任務中だよ」
「分かってる。でも、気になるものは気になる」
愛理は、腕章を正しながら、鋭い目で行列を観察した。
「あの生徒、怪しいです」
彼女が指さしたのは、列の中ほどにいる、体格の良い三年生の男子生徒だった。
「あの人、いつも、列の途中から急に現れてる気がします」
「よし、見張ろう」
奥津が言うと、才川が、芝居がかった仕草で頷いた。
「潜入捜査というわけだね。僕の演技力が役立つ時が来た」
「才川、目立ちすぎないでね」
愛理の忠告もむなしく、才川は、わざとらしく新聞を広げる仕草をしながら、物陰に隠れた。
「新聞、持ってないのに、何のジェスチャー?」
「雰囲気だよ、雰囲気」
◇ ◇ ◇
しばらく観察を続けると、確かに、あの男子生徒は、行列の途中に、するりと入り込んでいた。
「見ました! 今、割り込みました!」
愛理が、すぐさま駆け寄ろうとするのを、奥津が手で制した。
「愛理、まずは事情を聞きましょう。頭ごなしに叱るのは、最後の手段よ」
「し、しかし」
「まずは、話を聞くこと。秩序を守るのは、罰することだけじゃないわ」
奥津は、優雅に微笑みながら、男子生徒に近づいた。
「すみません、少しお話、よろしいですか」
男子生徒は、びくりと肩を震わせた。
「な、なんでしょうか」
「今、列の途中から入られましたよね」
「あ……」
男子生徒は、気まずそうに目をそらした。
「すみません。実は、部活の後輩に、パンを頼まれていて。急いでいたので、つい」
「後輩に?」
「野球部の一年生が、練習が長引いて、昼休みに買いに来られなくて。代わりに買ってきてほしいって頼まれたんです」
瑠実が、少し同情するような顔をした。
「部活の後輩思い、ってことか」
「はい。でも、僕だけ並び直すのも時間がなくて、つい、知り合いのふりして割り込んでしまいました」
◇ ◇ ◇
愛理は、まだ納得のいかない顔をしていた。
「気持ちは分かりますが、割り込みは割り込みです。並んでいる人たちに、迷惑がかかります」
「その通りです。すみませんでした」
男子生徒は、素直に頭を下げた。
奥津が、穏やかに言った。
「後輩思いなのは、素敵なことよ。でも、次からは、事前に頼んでおくとか、別の方法を考えましょう」
「別の方法、ですか」
「たとえば、購買部に、部活動の代理購入を頼める仕組みがあれば、こういうこと、起きにくくなるかもしれないわね」
才川が、隠れていた物陰から出てきて、芝居がかった仕草で言った。
「なるほど、これは、単なる違反者ではなく、システムの不備が生んだ悲劇だったというわけか」
「才川、その言い方、大げさすぎる」
茅野が、猫を撫でながら、ぼそりと言った。
「別に、悲劇でもないと思うけど」
「茅野くんまで、そんなこと言うの」
◇ ◇ ◇
その日の放課後、五人は、購買部の担当者に相談し、部活動向けの「代理購入受付」の仕組みを、簡単に試験導入してもらえることになった。
「これで、割り込みしなくても、後輩の分も買えるようになりますね」
奥津が言うと、担当者は、感心した様子でうなずいた。
「がくほさんに相談して、良かったです。うちだけじゃ、思いつかない解決策でした」
部室に戻る途中、廊下で、特事研の面々とすれ違った。
「あ、がくほだ」
和奏が声をかけると、奥津が優雅に一礼した。
「奇遇ですね。今日は、購買部のトラブルを解決してきたところです」
美空が、目を輝かせた。
「購買部? やっぱり、すべての謎は購買部につながっているんだね」
「美空さん、その理論、今日も健在ですね」
奥津がくすりと笑うと、才川が、芝居がかった仕草で口を挟んだ。
「ふふ、我々がくほの活躍、少しは参考になったかな、特事研の諸君」
「今度、詳しく聞かせてよ」
優助が、才川に声をかけると、才川は満足そうに微笑んだ。
「もちろん。今度、ゆっくり語らせてもらうよ」
彩羽と愛理は、少し離れた場所で、なぜか意気投合していた。
「花村さん、今日も真面目に働いてたんだな」
「はい! 秩序を守るのが、わたしの使命ですから」
「その熱意、嫌いじゃないぞ」
「ありがとうございます!」
瑠実は、大地に向かって、真剣な顔で言った。
「今度、焼きそばパン、一緒に並んで買おう」
「いいよ。ぼく、並ぶの得意だから」
茅野は、いつも通り、猫を連れたまま、無言で立っていた。
その足元に、いつの間にか、特事研の誰かが落としたらしい、せんべいのかけらが転がっていた。
「これ、お前の猫のじゃないよな」
大地が拾い上げると、茅野は、わずかに口の端を上げた。
「拾い食い、させないようにしてるから」
「それ、飼い主として立派だね」
◇ ◇ ◇
部室に戻った、がくほの五人は、それぞれの席に座った。
愛理が、活動記録ノートに、丁寧な字で書き込んだ。
『購買部の割り込み事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『原因・部活動の代理購入需要。対応・仕組みの改善』
「愛理の記録、いつも几帳面だね」
奥津が言うと、愛理は、少し誇らしげにうなずいた。
「記録は、正確であるべきです」
才川が、椅子にもたれながら言った。
「今日も、平和に一日が終わったね」
「才川、平和って言うわりに、今日、ほとんど新聞持つ真似しかしてなかったよね」
瑠実が、指摘すると、才川は肩をすくめた。
「潜入捜査には、雰囲気作りが大事なんだよ」
「その雰囲気作り、今回、誰の役にも立ってなかった気がする」
茅野は、猫を撫でながら、ぼそりと言った。
「がくほって、意外と、悪くないかもね」
「茅野くんが、そんなこと言うの、珍しい」
愛理が驚いた顔をすると、茅野は、いつもの無表情に戻った。
「別に、大したことじゃない」
奥津は、窓の外を見ながら、静かに微笑んだ。
「特異事象研究部とは、これからも、色々な形で関わっていくことになりそうですね」
「ライバルとして?」
愛理が聞くと、奥津は、少し悪戯っぽく笑った。
「ライバルでもあり、時々、頼れる隣人でもある、というところかしら」
窓の外、秋の夕方の光が、がくほの部室を、静かに照らしていた。
今日も、学園の秩序は、五人の手によって、少しだけ守られたのだった。




