第18話 生徒会選挙、消えた立候補ポスター事件
生徒会室の一件から、しばらく経ったころ、校内に「生徒会役員選挙」のお知らせが貼り出された。
優助は、その掲示を、いつもより長く見つめていた。
「優助、選挙、気になるの?」
和奏が聞くと、優助は少し照れたようにうなずいた。
「はい。この間のことがあって、少し、生徒会に興味が出てきたので」
そんな折、部室に、慌てた様子で一人の女子生徒が飛び込んできた。
「立候補ポスターが、消えるんです!」
「また消える系だね」
和奏が思わずつぶやくと、女子生徒は、涙目でうなずいた。
「わたし、今度の選挙に、書記として立候補するんですけど、廊下に貼ったポスターが、朝になると、いつも一枚だけなくなってて」
「一枚だけ?」
「はい。他の候補者のポスターは、無事なのに、わたしの分だけ」
美空がホワイトボードの前で、丸を三つ描いた。
「霊」「選挙妨害」「購買部」。
「今回は、選挙妨害、ちゃんと候補に入れたんだ」
「状況的に、無視できないと思って」
「その判断基準、いつもよく分からないよね」
彩羽が腕を組んだ。
「特定の候補者だけ狙われてる、ってことは、対立候補が絡んでる可能性もあるな」
「彩羽、今回、けっこう鋭いね」
「幽霊関係なければ、普通に考えられる」
信吾は前髪を払った。
「これは、選挙戦の裏で繰り広げられる、静かな戦いかもしれない」
「今回は、その表現、あながち間違ってなさそうだね」
「珍しく、俺の勘が当たりそうだな」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「ポスター、盗んで、何に使うんだろうね」
「それが分かれば、犯人も分かりそうだよね」
優助が控えめに言った。
「あの、ポスターがなくなる時間帯、分かりますか」
女子生徒が答えた。
「たぶん、夜、下校時間から、朝、登校時間の間だと思います」
「じゃあ、その時間、見張ってみましょう」
◇ ◇ ◇
依頼人は、二年生の吉田という女子生徒だと分かった。
「書記に立候補したのは、なんでですか」
和奏が聞くと、吉田は少し恥ずかしそうに答えた。
「実は、去年の生徒会の議事録が、すごく雑で、後で見返しても分かりにくかったんです。それで、自分がやったら、もっと分かりやすい記録を残せるかもって」
「地味だけど、大事な仕事だね」
「はい。でも、目立つ立候補理由じゃないから、あんまり注目されなくて」
その日の夕方、六人は、廊下の掲示板を見張ることにした。
彩羽は、夜の廊下に、わずかに身構えていた。
「べ、別に怖くはないが、選挙妨害犯が、どんな手を使ってくるか、警戒しているだけだ」
「その言い方、毎回、理由を付け足すよね」
しばらく待っていると、廊下の奥から、一人の男子生徒が、こっそりと近づいてくるのが見えた。
掲示板の前で立ち止まり、周囲を確認したあと、吉田のポスターに手を伸ばす。
「あっ」
和奏が声を上げると、男子生徒は、びくりと肩を震わせた。
振り返ったのは、選挙管理委員の腕章をつけた、三年生の男子生徒だった。
「な、なんでもないです」
◇ ◇ ◇
男子生徒は、選挙管理委員の中村と名乗った。
「ポスター、あなたが外していたんですか」
和奏が聞くと、中村は、しばらく黙り込んだあと、小さくうなずいた。
「すみません。実は、吉田さんのポスター、掲示のルールに、少しだけ違反していたんです」
「違反?」
「ポスターのサイズが、規定より一回り大きくて。他の候補者に不公平にならないように、こっそり外して、直してから戻すつもりでした」
「こっそり?」
「本人に直接言うと、責めているみたいで、気まずいかと思って。夜のうちに、こっそり直して、朝には戻しておくつもりだったんですけど……」
「戻ってなかったよね」
「はい。持ち帰って、サイズを直している途中で、選挙管理の仕事が忙しくなって、後回しになってしまいました」
中村は、深く頭を下げた。
「結果的に、何日も、ポスターがない状態にしてしまって、本当に申し訳ないです」
◇ ◇ ◇
吉田は、事情を聞いて、少しほっとした様子だった。
「妨害じゃなかったんですね」
「はい。むしろ、僕の対応が遅くて、迷惑をかけてしまいました」
彩羽が、腕を組んで言った。
「直接言えばよかったのに」
「規則違反を指摘するの、なんだか、揚げ足取りみたいで、気が引けて」
優助が、静かに口を開いた。
「あの、ルールを守ってもらうことと、相手を責めることは、別だと思います。きちんと伝えれば、分かってもらえることも多いんじゃないでしょうか」
「優助くん、その通りだと思います」
中村は、素直にうなずいた。
「今度から、気になることがあれば、直接伝えるようにします」
吉田も、少し微笑んだ。
「教えてもらえて、良かったです。次からは、ちゃんとサイズ、守ります」
◇ ◇ ◇
その後、吉田のポスターは、正しいサイズに直され、無事に掲示板に戻された。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『生徒会選挙、消えた立候補ポスター事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・選挙管理委員。動機・気まずさ』
「動機、今回は、ちょっと人間らしいね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「選挙妨害説、今回は、半分当たってたよ」
「半分は、当たってたんだ」
彩羽は少し笑った。
「直接言えばいいのに、遠回りする気持ち、少し分かる気もするな」
「彩羽、意外と共感してるね」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺の勘、今回、そこそこ当たっていたな」
「選挙戦の裏側、って言ってたのは、当たってたかも」
「珍しく、褒められてる気がする」
「珍しくね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「吉田さん、選挙、頑張ってほしいね」
「うん、応援しよう」
優助は、窓の外を見ながら、少し考える様子を見せた。
「あの、僕も、今度、何か立候補してみようかと思います」
「優助が?」
「はい。書記とか、記録係とか、目立たない仕事のほうが、性に合ってる気がして」
「優助らしいね」
「まだ、少し迷ってますけど」
「迷ってるうちが、一番楽しいかもね」
窓の外、秋の夕方の光が、掲示板を柔らかく照らしていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、遠回りな優しさが、事件の正体だった。




