第17話 七不思議、生徒会室の空白の額事件
放課後、部室に来るなり、美空が待ちきれない様子で言った。
「七不思議、二つ目の依頼が来たよ」
「今回は、何?」
和奏が聞くと、美空はホワイトボードに大きく書いた。
「生徒会伝説」
「そのままのタイトルだね」
「生徒会室の壁に、歴代生徒会長の写真が飾られてるんだけど、そのうちの一枠、まだ写真が入ってない、空白の額があるの」
「今年の分?」
「ううん。もっと前から、ずっと空白のままなんだって。それで、夜、その空白の額に、誰かの顔がぼんやり浮かぶ、っていう噂がある」
彩羽が、わずかに身を引いた。
「顔が、浮かぶ……」
「彩羽、今回も反応するね」
「べ、別に、写真の話に、動揺してなどいない」
「毎回、動揺のパターンが同じだよね」
信吾は前髪を払った。
「これは、歴代生徒会に伝わる、大きな秘密かもしれない」
「毎回、大きな秘密って言うよね」
「今回は、本当に大きい。なにせ、生徒会伝説だ」
「その理論、七不思議のたびに繰り返されてる気がする」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「空白の額、何か理由があるんだろうね」
「珍しく、まともな感想だね」
優助が控えめに手を挙げた。
「あの、僕、図書室で、昔の卒業アルバムを見たことがあります。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれません」
「優助、今回も頼りになるね」
◇ ◇ ◇
六人は生徒会室に向かった。
現生徒会長に話を聞くと、少し困った顔をされた。
「ああ、その額のことですね。実は、私も気になっていて」
「何か知ってるんですか」
「先代の会長から、なんとなく聞いた話では、数年前、写真を撮る前に、何かの事情で提出できなかった会長がいたらしくて。それ以来、その枠だけ、空白のままになってるみたいです」
「事情って?」
「詳しくは、分かりません。記録にも、名前しか残ってないので」
額の下には、小さなプレートがあり、名前だけが刻まれていた。
「月島……?」
和奏が読み上げると、優助が驚いた顔をした。
「僕と、同じ名字」
「また、月島なんだ」
図書室の貸出カードの一件を思い出し、和奏と優助は顔を見合わせた。
「もしかして、関係あるのかな」
「分かりません。でも、なんとなく、気になります」
◇ ◇ ◇
優助と和奏は、図書室に向かい、古い卒業アルバムを調べることにした。
数年前の卒業アルバムを開くと、生徒会のページに、確かに「月島」という名前の生徒会長が写っていた。
しかし、その写真は、他の生徒と違い、後ろ姿だけが写っている、珍しいものだった。
「これ、なんで後ろ姿なんだろう」
和奏がつぶやくと、司書の先生が、思い出したように言った。
「その子、人前で写真を撮られるのが、すごく苦手だったのよ。卒業アルバムの撮影のときも、最後まで、正面から撮らせてくれなくて」
「生徒会長なのに?」
「責任感は、誰よりも強い子だったんだけど、写真だけは、どうしても苦手だったみたい」
優助は、その写真をじっと見つめていた。
「僕も、写真、あまり得意じゃないです」
「優助も?」
「はい。なんとなく、気持ちが分かる気がします」
◇ ◇ ◇
その日の夜、六人は、生徒会室の空白の額を、こっそり観察することにした。
美空が、噂通りの現象が起きるか、じっと見張っている。
彩羽は、少し離れた場所で、緊張した面持ちで立っていた。
「な、なあ、本当に、顔が浮かぶのか」
「まだ分からないよ」
しばらく待っていると、廊下の窓から差し込む月明かりが、壁の額に反射し、ガラスの表面に、ぼんやりとした影が浮かび上がった。
「うわっ」
彩羽が小さく声を上げた。
「これ、影……?」
優助が、冷静に額に近づいた。
「あの、これ、窓の外の木の影が、月明かりで額のガラスに映ってるだけだと思います」
「木の影?」
「はい。風で枝が揺れると、影の形が変わって、まるで顔のように見えることがあります」
実際に、窓の外の木を確認すると、枝の形が、ちょうど人の輪郭に似たシルエットを作っていた。
「これが、正体……」
美空は、少し複雑な顔をした。
「霊の仕業じゃなかったのは残念だけど、でも、なんだか、優しい現象だね」
「優しい?」
「空白の額に、月明かりが映り込むの、まるで、その人のことを、誰かが見守ってるみたいだから」
その言葉に、和奏も、少し胸が温かくなった。
◇ ◇ ◇
翌日、六人は、現生徒会長にことの顛末を報告した。
「写真が苦手で、後ろ姿しか残せなかった先輩がいたこと、伝えました」
和奏が言うと、生徒会長は、しばらく考えてから言った。
「もし良かったら、その先輩のために、何か、形に残せるものを作りたいです。正面の写真じゃなくても、その人らしい形で」
「どんな形ですか」
「たとえば、先輩が好きだった言葉とか、生徒会での活動記録とか。写真じゃなくても、その人の存在を、ちゃんと残せる方法があると思うので」
優助が、静かにうなずいた。
「僕も、手伝いたいです」
「優助くん、月島さんと、名字が同じなんですよね」
「はい。血縁関係は、分かりませんが、なんとなく、他人事じゃない気がしています」
◇ ◇ ◇
数日後、生徒会室の空白の額には、写真の代わりに、月島先輩が残していたという、生徒会活動の記録ノートの一部が、そっと飾られることになった。
美空はホワイトボードに大きく書いた。
『七不思議、生徒会室の空白の額事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・月明かりと木の影。動機・寄り添うように』
「動機の書き方、今回、詩的だね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「七不思議は、怖いだけじゃないんだね」
「その気づき、今回、地味に良かったよ」
彩羽は、少し照れくさそうに言った。
「今回、最後まで、逃げずに見届けられたな」
「彩羽、頑張ったね」
「べ、別に、大したことじゃない」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「七不思議、これで二つ解明したな」
「今回も、あんまり活躍してなかった気がするけど」
「見守るのも、探偵の仕事だ、と前も言ったはずだ」
「その台詞、便利に使い回してるよね」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「月島先輩、どんな人だったんだろうね」
「気になるね」
優助は、窓の外を見ながら、静かに言った。
「あの、いつか、僕も、生徒会に関わってみたいと思いました」
「優助が?」
「はい。少しだけ、興味が出てきました」
「その気持ち、大事にしてね」
窓の外、秋の夕方の光が、生徒会室の壁を、静かに照らしていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、七不思議の奥に、誰かの静かな優しさがあった。




