第16話 七不思議、消える階段の段数事件
秋も深まり、旧校舎の廊下に、少しずつ冷たい空気が混じるようになったころだった。
「ついに、来たよ」
部室に入るなり、美空が興奮した様子でホワイトボードを指さした。
そこには、大きく「七不思議」と書かれている。
「今回は前置きなしなんだ」
和奏が言うと、美空は誇らしげにうなずいた。
「陽ノ丘中学校の七不思議のひとつ、『消える階段の段数』について、正式な依頼が来たの」
「正式な依頼?」
「一年生の子から。夜、旧校舎の階段を上ると、数えた段数が、上るたびに違う気がする、って」
彩羽が、わずかに身を引いた。
「か、階段が、消える……?」
「彩羽、七不思議には、いつも反応するね」
「べ、別に、七不思議自体は、伝説として興味深いと思っている」
「その言い方、興味より恐怖が勝ってる気がするけど」
信吾は前髪を払った。
「これは、この学校の隠された秘密に触れる、大きな事件かもしれない」
「毎回、大きな事件って言うよね」
「今回は、本当に大きい。なにせ、七不思議だ」
「その理論、毎回同じ強さで言われても」
大地はソファでせんべいをかじりながら聞いていた。
「階段の段数、数えたことないな」
「普通、数えないよね」
優助が控えめに手を挙げた。
「あの、旧校舎の階段、実は、僕も気になっていたことがあります」
「何?」
「昼間と夜とで、照明の当たり方が違うので、見え方が変わる可能性があります」
「まともな仮説、いつも優助からだね」
◇ ◇ ◇
依頼人の一年生に話を聞くと、詳しい状況が分かった。
「塾に行く前、忘れ物を取りに、夜、学校に戻ったことがあって。旧校舎の階段、昼間は十五段のはずなのに、夜だと、数えると十四段しかない気がして」
「毎回、そうなるの?」
「いえ、確認しようと思って、次の日、また数えたら、ちゃんと十五段でした。でも、その一回だけ、明らかに違って感じたんです」
美空が、目を輝かせた。
「これは、七不思議の中でも、特に不安定な現象だね」
「不安定って、逆に信憑性薄れない?」
「不安定だからこそ、謎が深まるんだよ」
彩羽が、旧校舎の入り口を見上げながら、小さく息を吸った。
「よし、行くか」
「彩羽、今回、覚悟決めてるね」
「七不思議相手に、逃げてばかりもいられないだろ」
「その心意気、素敵だと思うよ」
◇ ◇ ◇
日が落ちた旧校舎の階段は、確かに、昼間とは違う雰囲気だった。
電灯の数が少なく、影が長く伸びている。
美空が先頭に立ち、階段を一段ずつ数えながら上る。
「一、二、三……」
「私も数えてみる」
彩羽が、震える声で続いた。
「い、一、二、三……」
「彩羽、声、めちゃくちゃ震えてるよ」
「これは、集中してるからだ」
最後まで数え終わると、二人とも、同じ数字にたどり着いた。
「十五」
「十五だったね」
「今回は、普通に十五段だった」
彩羽は、少しほっとした様子だった。
「なんだ、大丈夫そうじゃないか」
「油断するのは早いよ」
美空が、階段の一番上、踊り場の照明を見上げた。
「この電灯、点滅してる」
確かに、照明が、時折、ちらちらと明滅していた。
「これ、故障してるんじゃない?」
和奏が言うと、優助が近づいて、照明のスイッチを確認した。
「あの、この電灯、配線が古いのか、接触が不安定になっているみたいです」
「それが、何か関係あるの?」
美空が、指を立てた。
「照明が点滅すると、影の位置が一瞬ずれる。それによって、階段の一番下の段が、暗がりに沈んで見えなくなる瞬間がある、という可能性がある」
「今回、割とまともな推理だね」
「毎回、まともだよ」
「毎回じゃないと思う」
◇ ◇ ◇
実際に照明が点滅する瞬間を待ってみると、確かに、階段の一番下の段だけが、一瞬、影に沈んで見えにくくなる現象が確認できた。
暗い中で、急いで数えていたら、その一段を数え損ねてしまうことも、十分あり得た。
「これで、十四段に見えた理由、説明つきそうだね」
和奏が言うと、依頼人の一年生も、納得した様子でうなずいた。
「怖い話じゃなかったんですね」
「うん。でも、照明が壊れかけてるのは、本当のことだから、危ないよ」
美空は、少し残念そうにしていた。
「せっかくの七不思議が、ただの電気系統の不具合だったなんて」
「その言い方、七不思議への未練がすごいね」
彩羽は、階段を見上げながら、少し誇らしげな顔をしていた。
「今回、最後まで、ちゃんと数えられたな」
「彩羽、頑張ったね」
「べ、別に、大したことじゃない」
「声、震えてたのに、最後まで数えたの、偉いと思うよ」
「そ、そうか」
◇ ◇ ◇
用務員さんに事情を伝えると、照明はその日のうちに修理してもらえることになった。
部室に戻り、美空がホワイトボードに大きく書いた。
『七不思議、消える階段の段数事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・古い配線。動機・寿命』
「配線に動機って言うの、初めてだね」
和奏が言うと、美空は真顔でうなずいた。
「物にも、それぞれの事情がある」
「その哲学、地味に好き」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「七不思議、一つ解明したな。俺たちの功績だ」
「今回、信吾、あんまり活躍してなかった気もするけど」
「見守るのも、探偵の仕事だ」
「その言い訳、便利すぎるよ」
大地はせんべいの袋を開けながら言った。
「残り、いくつ七不思議あるの?」
美空が指を折りながら数えた。
「消える階段、生徒会伝説、それから、あと五つほど」
「まだまだあるんだ」
「七不思議は、七つで一セットだからね」
「その説明、当たり前すぎる」
優助が、静かに言った。
「あの、次の七不思議も、きっと、ちゃんとした理由があると思います」
「優助、いつも冷静だよね」
「はい。でも、少しだけ、楽しみでもあります」
窓の外、旧校舎の階段には、修理を終えた照明が、静かに、まっすぐな光を落としていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、七不思議の正体が、少しだけ寂しく、それでいて温かいものだった。




