第15話 文化祭片付けの消えた差し入れ事件
文化祭の翌日は、後片付けの日だった。
校舎中に、段ボールや装飾の残骸が積まれ、生徒たちが慌ただしく動き回っている。
特事研の六人も、各クラスの片付けを手伝って回っていた。
「差し入れが、消えるんです!」
声をかけてきたのは、一年五組のたこ焼き屋担当の生徒だった。
「差し入れ?」
和奏が聞き返すと、生徒はうなずいた。
「片付けを手伝ってくれた人たちのために、余った材料でたこ焼きを焼いて、テーブルに並べておいたんです。でも、目を離すたびに、一個ずつ減ってて」
「食べ物、何回目だろうね」
和奏がつぶやくと、美空がホワイトボード代わりのメモ帳を広げた。
「霊」「片付け妖精」「購買部」。
「片付け妖精、初めて出た仮説だね」
「文化祭の後には、疲れた学校を癒す存在がいてもおかしくない」
「その発想、優しいけど、事件解決には遠いよね」
彩羽は、段ボールを運びながら言った。
「たこ焼き一個くらい、別にいいと思うけどな」
「彩羽、今回は落ち着いてるね」
「片付けの話に、幽霊は関係なさそうだからな」
信吾は前髪を払った。
「これは、対抗するクラスの妨害――」
「今回は、その仮説、出さなくていいと思う」
「まだ最後まで言ってない」
「毎回同じ流れだから、先に止めただけだよ」
大地はソファ代わりの段ボールに座りながら言った。
「たこ焼き、ぼくも食べたい」
「大地、今回は依頼人側の気持ちに寄り添って」
優助が控えめに言った。
「あの、テーブルの近くに、防犯カメラはありますか」
「校内には、正門と職員室前くらいしかないです」
「じゃあ、目撃情報を集めるしかなさそうですね」
◇ ◇ ◇
六人が聞き込みを始めると、思わぬところから情報が入った。
「あ、それなら、うちの部の子が見たかもしれません」
声をかけてきたのは、がくほの花村愛理だった。
「愛理、来てたんだ」
和奏が言うと、愛理は背筋を伸ばして敬礼した。
「片付けの秩序を守るため、校内を巡回しておりました!」
「今日も真面目だね」
愛理の後ろから、宮本瑠実が、気まずそうな顔で顔を出した。
「あ、あの……」
「瑠実?」
瑠実は、口の周りに、うっすらとマヨネーズがついていた。
「もしかして」
和奏が指摘すると、瑠実は観念したように、両手を合わせた。
「ごめんなさい! わたしです!」
◇ ◇ ◇
瑠実は、しゅんとした様子で説明した。
「片付け、朝から手伝ってて、お腹すいちゃって。テーブルに置いてあったたこ焼き、誰かに聞かなきゃと思いつつ、我慢できなくて」
「一個だけじゃなかったんだ」
「三個、食べちゃいました……」
愛理が、腕を組んで瑠実を見下ろした。
「瑠実、無断でよそのクラスの食べ物に手を出すのは、校則以前に、マナーの問題です!」
「わ、分かってる。分かってるけど、お腹すくと、我慢できなくて」
「わたしだって、お腹はすきます。でも、我慢しています!」
「愛理は、我慢強すぎるんだよ」
瑠実が、少し拗ねたように言うと、愛理は真剣な顔で答えた。
「我慢するのが、副リーダーの務めです」
たこ焼き屋担当の生徒が、慌てて言った。
「あの、別に、そんなに怒らなくても。少しくらいなら、全然大丈夫です」
「いいえ! けじめは、大切です!」
愛理は、瑠実の手を引いて、たこ焼き屋担当の生徒の前に立たせた。
「瑠実、きちんと謝りなさい」
「ご、ごめんなさい。無断で食べて、すみませんでした」
たこ焼き屋担当の生徒は、少し笑いながら首を振った。
「大丈夫です。むしろ、美味しく食べてもらえて、嬉しいです。もしよかったら、これから正式に、差し入れ、受け取ってください」
「い、いいんですか」
瑠実の顔が、ぱっと明るくなった。
◇ ◇ ◇
その様子を、少し離れた場所から見ていた才川宏美が、芝居がかった仕草で近づいてきた。
「ふふ、食べ物をめぐる攻防、なかなか見応えがあったね」
「才川さんも、片付け、手伝ってるんですか」
優助が声をかけると、才川は驚いた顔をした。
「珍しいね、君のほうから話しかけてくるなんて」
「昨日、演劇を見て、少し、話してみたいと思っていました」
「光栄だな。僕の芝居がかった台詞回し、君には響いたかい」
「はい。僕も、口数は少ないですが、頭の中では、色々考えてることが多いので。なんとなく、似ている気がしました」
才川は、少し意外そうな顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。
「静かな人ほど、内側は賑やかなものだよ。僕も、そうだから」
「才川さんも、そうなんですか」
「舞台の上でだけ、饒舌になれるタイプさ。普段は、君と似たようなものかもしれない」
二人は、しばらく、片付けの様子を眺めながら、静かに言葉を交わしていた。
和奏は、その様子を少し離れたところから見て、微笑んだ。
「優助、良い話し相手見つけたみたいだね」
彩羽もうなずいた。
「あの二人、確かに、なんとなく似た空気がある」
◇ ◇ ◇
片付けが一段落したころ、部室に戻った六人は、疲れた様子で座り込んだ。
美空がメモ帳に大きく書いた。
『文化祭片付けの消えた差し入れ事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・宮本瑠実。動機・空腹』
「動機、今回はシンプルだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「片付け妖精説、今回も使わなかったよ」
「今回は、最初から怪しい人、近くにいたもんね」
彩羽は少し笑った。
「花村さんの叱り方、厳しいけど、面倒見が良さそうだったな」
「あの二人、いいコンビだよね」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「今回、俺の出番、また少なかった気がする」
「食べ物関連の事件、信吾の出番、少なめだよね」
「次は、もっと活躍できる事件が来てほしい」
「そのフラグ、大丈夫かな」
大地は、たこ焼き屋担当の生徒からもらったたこ焼きを、幸せそうに頬張っていた。
「文化祭、終わっちゃうの、寂しいね」
「うん、そうだね」
優助は、いつもより少しだけ、表情が柔らかかった。
「あの、才川さんと、今度、また話す約束をしました」
「良かったね、優助」
「はい。少し、楽しみです」
窓の外、夕方の校庭には、片付けを終えた生徒たちが、少しずつ帰り支度を始めていた。
今日の放課後も、事件は笑いながらやってくる。
そして今回は、事件の向こうに、空腹と、新しい友情があった。




