第14話 文化祭本番、お化け屋敷の消えた小道具事件
文化祭当日、校舎中が非日常の空気に包まれていた。
教室ごとに、喫茶店や展示、ゲームコーナーが並び、廊下には、たくさんの来場者が行き交っている。
特事研の六人は、今日は自由行動の予定だった。
「まずは、どこから回る?」
和奏が言うと、大地がすでに、パンフレットに丸をつけていた。
「三年二組のクレープ屋さんと、一年五組のたこ焼き、それから――」
「大地、完全に食べ歩き目線だね」
信吾は前髪を払った。
「俺は、今日は探偵役に徹する。文化祭のトラブルも、ついでに解決してやろう」
「その台詞、フラグにしか聞こえないよ」
彩羽は、パンフレットの一角を見て、わずかに顔をこわばらせた。
「二年四組……お化け屋敷、か」
「彩羽、行くの?」
「べ、別に、行かないとは言ってない。ただ、優先順位は低い」
「その言い方、絶対避けたいだけだよね」
優助は、いつも通り静かに、パンフレットを眺めていた。
「あの、才川さんのクラス、演劇をやるみたいです」
「見に行くの?」
「はい、少し」
「優助、才川さんのこと、気になってるんだね」
「気になるというか、同じ空気の人だと思っているだけです」
美空は、目を輝かせながら言った。
「文化祭には、七不思議の検証にもってこいのイベントが多い」
「今日は、事件探しじゃなくて、楽しむ日だよ」
「事件は、探さなくても、向こうからやってくるものだよ」
その言葉通り、美空の予言は、すぐに的中することになった。
◇ ◇ ◇
午後、六人がお化け屋敷の前を通りかかると、二年四組の生徒たちが、困った様子で集まっていた。
「小道具が、なくなってるんです!」
クラスの実行委員らしき生徒が、六人に気づいて声をかけてきた。
「小道具?」
和奏が聞くと、実行委員はうなずいた。
「お化け役が使う、血のりのついた包丁の模型と、ろうそくが、開場前になくなってて。急遽、代わりのもので対応してるんですけど」
彩羽の顔が、みるみる青ざめた。
「お、お化け屋敷の道具が、勝手に消える、って……」
「彩羽、思考が一気にホラー方向に行ってるよ」
美空がホワイトボード代わりのメモ帳を広げた。
「霊」「本物のお化け」「購買部」。
「今回、二つとも霊関連なんだ」
「文化祭の中でも、お化け屋敷は、特別枠だからね」
「特別枠にしても、購買部は毎回いるよね」
信吾は前髪を払った。
「これは、対抗するクラスの妨害工作かもしれない」
「文化祭で妨害工作って、大げさすぎない?」
「出し物には、それぞれのプライドがある」
「その理論、今日はいつも以上に強引だよ」
大地は、実行委員に聞いた。
「小道具、いつからなかったの?」
「今朝、開場準備のときには、確かにあったんです。でも、開場直前に確認したら、消えてました」
優助が控えめに言った。
「あの、教室の入り口以外に、出入りできる場所はありますか」
「窓が一つ、開けっ放しになってました」
「そこから、誰かが持ち出したのかもしれません」
◇ ◇ ◇
六人はお化け屋敷の中に入ることになった。
彩羽は、入り口で完全に足を止めていた。
「べ、別に、今回は調査だから、入らないわけにはいかない」
「入る前から震えてるよ」
「これは武者震いだ」
「その言い訳、もう聞き飽きたけど、毎回言うよね」
教室の中は、黒い布で覆われ、赤い電球が不気味に光っていた。
美空が真っ先に進んでいく。
「これは、本格的な作りだね」
「美空、平気そうだね」
「未知への好奇心のほうが、恐怖より勝ってるからね」
奥に進むと、机の下に、隠れるようにして座っている小さな影が見えた。
彩羽が、その影に気づき、悲鳴を上げそうになった。
「ひっ……」
「彩羽、落ち着いて、あれ、人だと思う」
和奏が声をかけると、影は、びくりと動いた。
現れたのは、小学生くらいの女の子だった。
手には、なくなっていたはずの包丁の模型を抱えている。
「あっ」
女の子は、六人に気づき、慌てて隠れようとした。
「大丈夫だよ、怖くないから、出ておいで」
和奏が優しく声をかけると、女の子は、おずおずと机の下から出てきた。
◇ ◇ ◇
女の子は、実行委員の妹で、小学三年生だと分かった。
「お姉ちゃんの学校の文化祭、初めて来たの」
「それで、お化け屋敷に来たんだね」
「お姉ちゃんが、朝、準備してるところ見てたら、この道具、すごく怖くて、かっこよく見えて」
女の子は、包丁の模型を、大事そうに抱えたまま言った。
「開場前に、こっそり触らせてもらおうと思って。でも、途中で、お姉ちゃんに見つかったら怒られると思って、隠れちゃった」
「ろうそくは?」
「一緒に持ってきちゃった。暗いところで、光らせてみたくて」
実行委員の姉が、少し呆れた顔で、それでも優しく言った。
「もう、心配したんだから」
「ごめんなさい……」
女の子は、しゅんとした様子で頭を下げた。
彩羽は、まだ少し息を切らしながら、それでも優しい声で言った。
「怖がらせて悪かったな。私たちも、勝手に驚いちゃって」
「お姉さんも、怖がってたの?」
「べ、別に、怖がってはいない」
「今、めちゃくちゃ声、震えてたよ」
「それは、気のせいだ」
◇ ◇ ◇
小道具を無事に返却し、お化け屋敷は予定通り開場することになった。
女の子は、姉と一緒に受付を手伝うことになり、嬉しそうにしていた。
部室に戻り、美空がメモ帳に大きく書いた。
『文化祭本番、お化け屋敷の消えた小道具事件――解決』
その下に、少し小さく付け加える。
『犯人・実行委員の妹。動機・お姉ちゃんへの憧れ』
「動機、また優しいものだね」
和奏が言うと、美空は満足そうにうなずいた。
「本物のお化け説、今回も使わなかったよ」
「毎回、候補には出すのにね」
彩羽は、まだ少し疲れた様子でソファに座り込んだ。
「今日一日で、一生分、驚いた気がする」
「彩羽、頑張ったね」
「べ、別に、普通だ」
信吾は前髪を払い、決め顔を作った。
「俺は、探偵役として、今日も冷静だったな」
「一番最初に、悲鳴あげそうになってたと思うけど」
「あれは、彩羽をかばうための演技だ」
「毎回、微妙に苦しい言い訳をするよね」
大地は、買い込んだクレープの袋を見せながら言った。
「文化祭、食べ物、いっぱいあって幸せだった」
「今日は、それが一番の感想なんだ」
優助が、静かに言った。
「あの、才川さんの演劇、見に行きました」
「どうだった?」
「セリフ回しが、独特でした。でも、なんだか、話しやすそうな人だと思いました」
「今度、直接話してみたら?」
「はい、少し勇気を出してみようと思います」
窓の外、夕方の校庭には、文化祭の後片付けをする生徒たちの姿があった。
今日の放課後――いや、今日の文化祭も、事件は笑いながらやってきた。
そして今回は、小さな憧れが、事件の正体だった。




